第二話:ソロプレイヤーの静かな拒絶と取引
1. 拒絶と分析
レイジ(伊達ソウジ)は、目の前に群がる少女たちの集団に、一切の興味を示さなかった。彼の周りには、ピンク髪のユノを筆頭に、金髪のアリス、弓使いのリサなど、五人の少女が興奮気味に立ち尽くしている。
「あの、レイジさん! 改めて、私たちを助けてくれて本当にありがとうございます!」
ユノが代表して頭を下げ、その後に続く四人も同様に深々と礼をした。
「お礼をさせてください! 今日のドロップ品、全部差し上げます!」
「そうよ、そうよ! 私たち、結構高価な素材も持ってるの!」
ソウジの脳内で、彼女たちの提案の価値を計算する。献上されるアイテムは、彼の採集目標である幻影草の価値と比べて、さほど優位性はない。それよりも、彼女たちが発する「ノイズ」のコストが高すぎる。
「不要だ」
レイジは表情一つ変えず、冷たく言い放った。
「あなた方の騒音のせいで、私の金策が妨害された。その埋め合わせと考えるならば、すぐにこの場から立ち去り、二度と私の視界に入るな。それがお礼だ」
その言葉は、まるで氷点下の刃物のように冷たかった。少女たちの引きつった顔を見て、ソウジは内心でこれで決着だと考えた。彼は他人の感情に配慮する必要性を微塵も感じていなかった。
しかし、ピンク髪のユノに続き、金色の髪をした魔法使いのアリスが、一歩前に出た。彼女はレイジの冷たい視線にもひるまなかった。
「待ってください、レイジさん。私たちはあなたに助けてもらったことに感謝しています。ですが、その言い方は、あまりにも寂しすぎませんか?」
「寂しい?」レイジは、彼女たちにしっかりと向き直った。彼の視線は、一切の情を欠いていた。
「私はソロゲーマーだ。寂しいと感じる感情は、私には無用。目的を達成する上で、他者の介入はノイズであり、妨害でしかない」
「私たち、レイジさんの強さが必要なんです!」アリスは力強く訴えた。「この世界をもっと楽しむために、あなたの技術を教えてほしい! 一緒に、私たちのギルドに来てくれませんか?」
「断る。私は誰ともパーティを組まないし、ギルドに入るつもりもない。あなた方も、さっさと自分の仕事に戻るがいい」
ソウジの拒絶は、揺るがなかった。彼にとって、集団行動は非効率の極みだ。強くなる道は、自分一人で、自分の能力だけを信じて突き進むものだと、VR格闘ゲームの世界で証明してきた。
2. 交渉という名の利用
しかし、少女たちは驚くほど粘り強かった。
「そんなこと言わずに!」弓使いのリサが言葉を継いだ。「私たち、あなたの『FFO』の動画を見て、いかに無駄が多いか反省したんです。でも、私たちだけでは完璧に動けない。だから、お願い! 一回だけでいいから、私たちが無駄を減らせるように、指導してくれませんか?」
ユノが目を潤ませて懇願する。
「お願いします! 私たちがこのVRMMOを楽しむには、もっと強くなきゃいけないんです! お願い、レイジ先生!」
「先生?」ソウジはその呼称に眉をひそめた。
「あなたたちの非効率な動きを矯正するのに、どれだけの時間と労力が必要になるか、理解しているのか」
「分かっています!」アリスが食い下がった。
「だから、お礼として、私たちはあなたの金策を完璧にサポートします! 誰も来ないようにこのエリアを警戒しますし、ドロップ品も献上します! あなたの目的のためなら、私たちは何でもします!」
(金策のサポート……)
レイジ(ソウジ)の脳内にある効率計算の歯車が、わずかに軋んだ。彼の金策は常に、モンスターの出現パターンと他者の干渉というリスクを背負っていた。彼女たちは高レベルの装備を身に着けているため、その戦闘力と警戒能力は高い。彼女たちが外周を警戒し、静寂を保ってくれるならば、彼の採集効率は確かに向上する。リスクが下がり、時間を短縮できる。
「……私の目的は、このエリアの幻影草を全て採集することだ。それが終われば、あなた方とは完全に無関係になる。それを了承するならば、採集が完了するまでの間、私に話しかけるな。私に指示を仰ぐな。ただ、静かに、周囲の警戒だけをしろ」
レイジは、妥協案を提示した。それは、彼女たちの提案に乗ったのではなく、あくまで自分の効率を最大化するための、一時的な「道具の使用」に過ぎない。
「やったー!」
ユノとアリスは、顔を見合わせ、喜びの声を上げた。その歓声は、再び森の静寂を破り、レイジを苛立たせた。
「静かにしろと言ったはずだ」
レイジの冷たい一喝で、少女たちは慌てて口に手を当てた。
「は、はい! 承知いたしました、レイジ先生!」
「先生と呼ぶな」
「え、じゃあ、レイジ様?」
「……レイジでいい。無駄な愛称は不要だ」
レイジ(ソウジ)は採集作業に戻り、少女たちは顔を見合わせて小さくガッツポーズをした。
こうして、絶対零度のソロゲーマー、レイジと、賑やかな五人の乙女たちの、期間限定の奇妙な共同作業が始まったのだった。レイジは、この取引によって、自分の静かな生活を守り抜いたつもりでいた。しかし、彼の効率至上主義が、最も非効率的な「人間関係」というノイズを引き寄せてしまったことに、彼はまだ気づいていなかった。
3. 深まるノイズ
共同作業が始まって数時間。レイジは驚くほど採集が捗ることに気づいた。ユノたちは、レイジの「静かに」という指示を徹底し、周囲を完璧に警戒し、モンスターが近づく前に排除してくれていた。
(悪くない。想定以上の効率だ)
ソウジは内心で評価しつつも、彼女たちへの態度は変えなかった。彼は採集が完了するまで、一切彼女たちと目を合わせず、声もかけなかった。
しかし、少女たちはただの道具ではなかった。
「レイジさん、採集お疲れ様です! これ、私が作った回復薬です! ポーションより効果が少しだけ高いんですよ!」
ユノがそっと、レイジの横に小さなガラス瓶を置いた。
「レイジさん、このオークの爪、きっとレア素材ですよ! どうぞ!」
リサが、ドロップしたばかりの素材を差し出した。
レイジは、彼女たちの行動が全て「無償の奉仕」であることに気づいた。彼女たちは、彼の採集効率を上げるという契約内容を超えた、個人的な好意を示していた。
彼は、その回復薬にも素材にも手をつけなかった。
「私への献上は無用だ。それよりも、あなたたちのレベルアップに使うべきだ」
「えー! だって、レイジさんに感謝を伝えたくて……」ユノががっかりした顔をする。
「感謝は、静かに作業を続けることで示せ」
レイジの冷たい返答に、ユノたちは再び静かになった。
ソウジは、なぜ彼女たちがそこまで自分に執着するのか理解できなかった。効率を求めるならば、もっと協調性のある強いプレイヤーを探せばいい。
彼が再び幻影草に意識を集中しようとしたその時、背後でユノが小さな声でつぶやいた。
「ねえ、レイジさんって、ログインした時からずっと一人なの?」
「……」
「私たち、初めて会った時から、レイジさんがすごく寂しそうに見えたんだ……」
レイジはピタリと動きを止めた。
(寂しい? 私が? ありえない)
彼は振り返らず、感情のない声で言い返した。
「それはあなた方の勝手な憶測だ。私に私情を押し付けるな。さっさと持ち場に戻れ」
少女たちは慌てて持ち場に戻ったが、レイジの心臓は、久しく感じていなかった不快な動揺を感じていた。彼は、感情という名のノイズを、最も苦手としていた。そして、この少女たちは、そのノイズを遠慮なく彼に投げつけてくるのだった。
効率計算上、あの少女たちの協力は最善だった。想定以上に短時間で金策を終えられた。リスクの回避、時間の短縮、全てが私にとって有益だった。彼女たちを「利用した」という認識で、この取引は完了している。
しかし、彼女たちが示す「私情」は、全く理解不能だ。なぜ、見返りも要求せず、契約以上の奉仕をするのか。「寂しそうに見える」など、くだらない憶測で私の内面に踏み込んでくる。感情という、最も非効率的で無意味な要素を、彼女たちは私に押し付けてくる。
私は、彼女たちの存在をあくまで「道具」として処理しようとした。だが、彼女たちの行動は、私の設定した枠組みを逸脱している。
(寂しいだと? ありえない。私のVRライフに、そういった感傷は一切必要ない)
私は、彼女たちの存在がもたらすこの微かな動揺、この不快なノイズを、極めて危険なものだと認識し始めた。採集が完了次第、彼女たちとは完全に距離を置く。それが、私の「静寂」を守るための、最も効率的な方法だ。




