第十七話:効率絶対主義者の漂流、ナンパ師レイジ
1. 効率の再計算と異常な結論
ユノによる計算外の敗北を喫した後、レイジ(伊達ソウジ)は、隠れた場所で三日間にわたり活動を停止し、自己のシステムログを再構築していた。
彼の結論は、極めて異常だった。
(私の敗因は、非効率な「感情」のエネルギーを計算に組み込むことができなかった点にある。ならば、その非効率なエネルギーを、最も効率的かつ非技術的な方法で収集・制御する必要がある)
レイジが導き出した新たな「最短ルート」は、従来の冷徹なソロの美学とはかけ離れたものだった。それは、「人間関係、特に異性の感情を操ることで、そのエネルギーを自身のために利用する」という、極めて非効率で無秩序な戦略だった。
彼は、自身の黒いアサシン装備を脱ぎ捨て、派手な白い軽装のコスチュームに着替え、髪の色を鮮やかな金色に変更した。そして、彼の顔には、今まで一度も見せなかった軽薄で能天気な笑みが貼り付けられていた。
2. 変貌したナンパ師
四日目の昼、レイジは初期都市ステラリスの広場に姿を現した。彼の変貌ぶりに、周囲のプレイヤーたちは騒然となった。
「おや、そこの可愛らしいレディたち。お一人ですか? 私と一緒に、この世界で最も美しい場所へエスコートさせていただけませんか?」
レイジは、通りすがりの女性プレイヤーたちに、甘ったるい言葉で声をかけ始めた。彼の声は、かつての絶対零度の声ではなく、感情を過剰に込めた、まるで恋愛シミュレーションゲームのキャラクターのような口調になっていた。
彼の行動は、徹底的に非効率で、無駄が多く、常に他者の感情に依存している。しかし、彼自身はそれを「感情データの高速収集」と称していた。
彼は、ナンパ相手の機嫌を取るために、わざとらしく失敗し、謝罪し、そして高価な回復ポーションをプレゼントした。
(ログ解析:成功率35%。感情的満足度90%。これは、ユノから得た感情エネルギーの『反作用』を中和するのに役立つ。非効率だが、現状、感情を制御する唯一のルートだ)
レイジの行動は、完全に自己破壊的でありながら、彼の中では「新しい効率の追求」として正当化されていた。彼は、かつての冷徹な天才から、極端な感情依存症のナンパ師へと転落していた。
3. アヤとの再会と軽蔑
その光景を、リスポーン地点で一人、レベル上げを再開していたアヤが目撃した。彼女は、敗北のペナルティで全ての装備を失い、初期装備の粗末な鎧を着ていた。
アヤは、変貌したレイジを一目見ただけで、彼の精神の崩壊を理解した。
「レイジ……貴様、一体何を……」
レイジは、アヤの存在に気づくと、軽快な足取りで近づいてきた。
「ああ、アヤちゃんじゃないですか! 久しぶりですね、レディ。おや、ずいぶん初期装備で可愛らしくなりましたね。最高のソロプレイヤーも、こんな姿になるなんて、人生は面白い」
レイジは、かつて彼女に隷属契約を強いたことを微塵も感じさせない、軽薄な態度でアヤに接した。
「今までの冷たい私は、貴女の魅力を理解できていなかった。さあ、私と一緒に、ステラリスの夜景でも見に行きませんか? 私が、貴女の失ったものを、愛で満たしてあげますよ」
アヤは、怒りや屈辱を超えて、純粋な嫌悪感に襲われた。
「やめろ! 貴様は……私が知っているレイジではない! 貴様は、卑怯な手段で私を打ち負かした後、今度は感情というノイズに、自ら溺れている!」
アヤは、かつて最強のソロプレイヤーであったレイジが、自ら精神を崩壊させ、最も嫌悪する「感情と馴れ合い」の沼に落ちていく姿を見て、深い絶望と、ある種の勝利を感じた。
「貴様は、ユノの非効率な一撃に、自己の存在意義を破壊されたのだ。哀れな道化師め」
アヤは、そう言い捨てて、レイジから背を向け、去っていった。レイジは、その言葉にも表情を崩さず、次のナンパのターゲットを探し始めた。絶対零度のソロプレイヤーは、自らの手で、最も効率の悪い「道化」へと堕ちたのだった。
アヤの視点
私は、レイジの姿を見て、初めて心から笑ってしまったかもしれない。笑いというよりは、嘲笑だった。
彼は、ユノという感情の塊に敗北したことで、彼が信じていた「効率絶対主義」の根幹を破壊された。その結果、彼は極端な反動として、彼が最も嫌悪し、排除しようとした「感情」というノイズに自ら身を投じた。
白い軽装、金髪、そしてあの空虚な笑み。あれは、彼が感情を理解できず、ただデータを収集するためだけに貼り付けている、最も非効率な仮面だ。
彼は、もう私の敵ではない。彼は、自分で自分を破壊した。私が隷属契約で受けた屈辱よりも、彼自身の精神崩壊の方が、よほど重い罰だ。
私は、レイジに敗北し、全てを失った。だが、私は精神までは壊されていない。私は、初期装備から再び立ち上がり、最強を目指す。
一方、レイジはすべてを捨て、愛と感情という名の、無秩序で非効率なデータを追いかけている。彼は、この世界で最も哀れな道化師だ。
これで、私の目標は明確になった。私は、レイジが自ら作り上げた「感情の沼」から脱出する前に、この世界で再び最強の座に返り咲く。彼の存在は、もう私にとって、無視すべきノイズでしかない。




