第7話 リンネちゃんは招きたい。
とある日曜日。
インターフォンがなった。
「結人、ちょっと出て」
母さんに言われ、俺は寝ぼけまなこを擦ってベッドから這い出た。
「ったく。面倒くさいな。誰だよ、休みの朝に……」
俺は階段を降りて、インターフォンの通話ボタンを押す。途中でチラッと鏡をみたが、寝癖が酷くてパーマみたいだ。
「はーい。どなた?」
「隣の木之下ですけど……」
モニター越しに立っているのは、リンネちゃんだった。
(この子、ご近所では、普通に木之下さんで生活しているのか)
モニター越しに話していると、通りがかった母さんが騒ぎだした。
「みんなっ、結人のお友達、めっちゃキレイ。外人さんみたい♡」
おい。
人に出ろって言ったくせに盗み見るなよ。
週末だったのが災いし、瞬時に柏崎家のメンバーが勢揃いした。
受験生の結衣(妹)までいる。
コイツ、俺が話しかけると時間の無駄ってキレるくせに、何ちゃっかり参加してるんだよ。
本人に自覚はないようだが、いまのこの時間ほど無駄なものはないと思うぞ?
そして、母さんに至っては、図々しくも俺の横に立って会話に割り込んできた。
「あらぁ。結人のお友達?」
リンネちゃんとしても、偽装恋人のことは極力、他人には知られたくないはずだ。
だから、へんなことは言わないだろう。
しかし、よく見たら、モニターの端にチラッと小梅ばあちゃんが映っているではないか。俺に隠れてリンネちゃんを監視しているっぽい。
ヤバい。
つまり、今のリンネちゃんに自由意志はない。
俺は止めようとしたが、時すでに遅しだった。
リンネちゃんは元気に答えた。
「わたし、結人くんの彼女ですっ!!」
あーあ……言っちゃった。
冴えない息子に彼女ができて、それがハーフ美人なのだ。今夜の柏崎家は、きっと拘留期限間際の取調室状態だろう。
リンネちゃんもカメラの向こうに柏崎家の面々が勢揃いしてるとは、夢にも思っていないのだろうな……。
「ええー?! こんな可愛い子が?! 結人、アンタ、彼女できたなら言いなさいよ」
そう言うと母さんは、有無を言わさず玄関ドアに向かった。
さすがリンネちゃん。
外見好感度120%らしい。
玄関ドアがあくと、天使のような美少女が満面の笑みで立っていた。
「はいっ!!」
リンネちゃんは、そう元気に答えた。
ここからも会話は普通に聞こえるが、母さんのリンネちゃんに対する印象は、かなり良いようだ。
「ちなみに2人は……どういうキッカケで?」
可愛すぎて、皆、彼女というポジションに半信半疑。たしかにアンバランス。そして興味津々。
すると、リンネちゃんは俯き申し訳なさそうに言った。
「結人くんがどうしても、付き合ってほしいって。一度だけでいいからって、何度も何度も必死に……。わたしも根負けして、それで押し切られて……キャッ♡」
おーい。リンネさんや。
息を吐くように嘘をつかないでくれ。
つか、なんか貴女の設定の中の俺は、「一回だけ」って拝み倒して若い子をホテルに連れ込むオジサンみたいなんだが。
しかも、あなた、いま外にいるんですよ?
俺のプライバシーが近所に丸聞こえじゃないですか。
俺は速攻で寝癖をなおすと、パーカーと財布を手に持って玄関ドアに走った。かかとを踏んで靴を履くと、リンネちゃんの手首を掴んで、そのまま家から飛び出す。
「ちょっと、まだ聞きたい事が……」
背後から母さんの声が聞こえるが無視だ。
リンネちゃんも何を言い出すか分かったものじゃない。とりあえず、この場から離脱せねば。
「痛っ、なにすんのよ?!」
その言葉、そのままお返ししたい。
あなたのせいで、俺の心はズタボロですよ。
リンネちゃんは、ブーッと口を尖らせている。
「お前、うちの家族に適当なこというなよ。後で大変だろ」
数十メートル歩くと、リンネちゃんはご立腹な様子で、俺の手を振り解いた。そして、人差し指をたてて抗議した。
「だって、ああ言った方が、別れる時に説明しやすくない? あぁ、フラれちゃったのね、相手があんなキレイで可愛い子じゃ、無理ないわって」
「って、なんで俺がフラれる設定になってるんだよ」
「だって、そうじゃん」
たしかに、俺からフッたことにしたら、家族に、バカだのなんだの非難された上に、命懸けで復縁しろって言われそうだ。だから、フラれたと言った方がスムーズだとは思う。
だが、しかし。
なぜか妙に腹が立つ。
「そういう理屈なら、当然、お前も自分の家には、俺に何度も告白して付き合ってもらった設定にしてあるんだよな?」
その方が、別れた時に復縁しろとか言われないだろう。
「……」
しかし、リンネちゃんは無言だった。
「ほら、言ってないんじゃん」
「だって、わたしの場合は、報告する時には、すでにおばあちゃんいないし、別れる時の設定なんて、考える必要ないじゃん」
いや、確かに理屈の上ではそうなのだが。
くそっ……。俺は何も言い返せなかった。
凛音め。
現代文赤点のくせに、こしゃくな。
「……もう、そういうことでいいよ」
すると、リンネちゃんが一瞬、ニヤッとした気がした。ってか、今更だが、この人、そもそもなんでウチに来たのだろう。
「リンネちゃん、うちに何か用事あったんじゃないの?」
帰ろうとしていたリンネちゃんは、ポンと手を叩いた。
「そうだった。おばあちゃんが、アンタを家に連れてきなさいって」
「え。ま、暇だから良いけど?」
実際に暇なのだ。
家に帰っても針のむしろだろうし、いっそ、しばらく失踪したい。
すると、リンネちゃんは眉に皺を寄せて不満そうな顔をした。
「いや、むしろアンタは断りなさいよ」
いや、誘いに来たのアナタでしょ。
ムチャクチャだ。
「断る理由ないし」
どうやら、リンネちゃんは来て欲しくないらしい。これは、是が非でも遊びに行きたくなってきたぞ。
「ぐぬっ。アンタ、さっきの仕返しでイジワルしてるでしょ?」
フフッ。
気づいたところで、どうにもできまい。
すると、リンネちゃんのスマホに、小梅ばあちゃんからメッセージが届いたようだった。
「なんだって?」
「早く連れてきなさいだって……。しかたない。でも、わたしの部屋に入っても、何も見ないし、息もしないでっ」
「いや、生物は息をしないと死ぬから」
「とにかく、そうなのっ」
「リンネちゃん、イライラしてるけど、もしかして、せい……り」
グハッ
右脇腹に強い衝撃が走った。
どうやら、リンネちゃんに右ボディーブローを入れられたらしい。
この凶暴さをクラスの連中にも暴露してやりたい。
おれは結局、リンネちゃんの家に行くことになった。
「あらまぁ、結人くん。よく来たわね。お昼ご飯でも食べていきなさい」
小梅ばあちゃんは嬉しそうだ。
家に入るとダイニングに通された。俺はテーブルに座って、2人が準備している姿を眺めている。
リンネちゃんはTシャツと短パンに黒タイツのカジュアルな服装で、エプロンをつけている。
露出はないのだが、脚が動くたびに光を反射して、なんだか妙にエロい。
(エプロンもよく似合うな。あんな色っぽい嫁さんがいたら、嬉しいんだろうな。あくまで一般論だが)
俺は我に返って、首を横に振った。
ナイナイ。
リンネちゃんは、俺の好みではないのだ。
でも、改めて見てみると。
俺の好みは横に置いておくとしても。
(銀髪碧眼&女子高生のエプロン姿って、ホントどこの天使だよ)
そんな風に思わずにはいられない。
(リンネちゃんって、毛髪以外も銀髪なのかな……)
聞く機会は一生なさそうだが、気になる。
手際よく準備が進んでいる。
2人は本当に仲が良さそうだ。
それにしても、小梅ばあちゃんは、余命宣告されてるとは思えない元気さだ。肌艶もいいし。
しばらくすると、料理が出揃って、リンネちゃんも席についた。
メニューは、カキフライ、うなぎの白焼、牛肉と玉子の炒め物、肉じゃがだった。
昼から随分と豪勢だ。
「リンネちゃん家のお昼って、いつもこんな感じなの?」
「まさか。こんなのいつも食べてたら太る」
ふーん。
ってことは、俺のために準備してくれたのか。
小梅ばあちゃんのウェルカム感が心(良心)に刺さる。
いただきますをして食べ始めると、どれも美味かった。素材もだが、味付けが抜群に美味しい。すごく好みだ。
特に玉子と牛肉の炒め物が好みだった。
「この炒め物は、小梅ばあちゃんが作ったんですか? すげぇ美味いなって」
小梅ばあちゃんはニヤニヤした。
「それは凛音ちゃんが作ったものよ。あと肉じゃがも。あらあら、結人くんは、凛音ちゃんの味付けが好みなのね。これは結婚後も安心ね」
言わなかったが、肉じゃがも最高に美味いと思った。
リンネちゃんは和食も作れるらしい。てっきり、冷凍食品専門家なのかと思ってたぞ。
見た目からすると、キッシュとか紅茶が似合いそうな雰囲気なのに、煮物とか、ちょっと意外だ。
「結婚後も安心って、どうしてですか?」
俺が質問すると、小梅ばあちゃんは、さらに笑顔になった。
「よく、胃袋を掴めって言うじゃない」
「あれ、よくドラマとかで見るけど、本当なんですかね?」
「考えてみて。仕事を終えて疲れて帰ると、毎日、エプロン姿の凛音ちゃんと美味しい晩ご飯がお出迎えしてくれるのよ。……どう?」
「控えめに考えても、最高です。毎日、定時で帰ってきちゃうかも」
ま、エプロン姿が星宮さんだったら、だがな。
っと。気づけば、パクパクと食べすぎてしまった。お腹がはちきれそうだ。苦しい。
そういえば、今日のメニューって、どれもがメインっぽくて、なんだかバラバラな気がする。
「ところで、すごく豪華ですけど、今日の献立って、何か意味があるんですか?」
すると、小梅ばあちゃんはニヤリとした。
「結人くん、亜鉛ってしってる?」
「あ、はい。この前、テレビでみました。なんでも男性機能を向上させるとか」
でも、テレビでは元気がない中年男性に効果があるみたいな話だったような。なぜ、高校生の俺にそんなことを聞くのだろう。
「そうなのよ。今日の料理はね。どれも亜鉛がタップリなの」
……え?
小梅ばあちゃん?
俺にそんなに亜鉛を摂取させて、どうすんのよ。
なんとなく身の危険を感じて席を立とうとすると、小梅ばあちゃんがよろめいて、床にこてんと転がった。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫。でも、少し不安だから、結人くん、亜鉛が吸収……こほん、わたしの体調が落ち着くまで、うちに居てくれないかしら」
「いや、でも……」
「わたしに何かあったら、凛音ちゃんだけじゃわたしを持ち上げられないのよ。お願いします」
万が一、本当に体調が悪かったら、大変やことになってしまう。……これじゃ断れないよ。
いや、でも。
老兵の狡猾な罠にかかっている気がするのだ。考えすぎだろうか。




