第6話 リンネちゃんは自覚がない。
リンネちゃんの前の席は、吉川さんだ。吉川さんは近隣お婆ちゃんの孫で、監視カメラでもあるのだが、リンネちゃんは吉川さんとも仲が良い。
そんな2人が話している。
いわゆる女子トーク。
メンツ的には興味がなくても、健全な男子としては内容は気になる。
2人とも、昨日テレビで放送された恋愛映画を見たらしく、話題は理想の出会い方についてらしかった。
吉川さんが興奮気味に話している。
「やっぱり、年商100億円くらいのアパレル会社の社長で、20代前半のイケメンで高学歴で、性格よくてスポーツ万能な人なら、考えてもいいかな」
すげえ強気。
そんなヤツがいたら、ほぼ人外だと思うが。
しかも二十代前半って……。
精神と時の部屋にでも入らないと不可能だぞ。
人外相手でもマウントとれるその自信を分けて欲しい。
吉川さんって、いかにも控えめそうで大人しそうな雰囲気なのに。ま、俺には関係のないことだ。将来、彼氏になるヤツ乙。
おっと、まだ会話は続いているらしい。
「分かるぅ」
リンネちゃんが相槌をうつ。
さすが共感力の申し子リンネちゃん。
分かっちゃいけないことでも、余裕で分かっちゃってるよ。
まあ、でも。
女の子の異性の好みって、みんなこんなもんなのかな。
男子は違うぞ。
もっとピュアだ。
俺は前の席は山本だ。山本は中学からの男友達で、短髪メガネの標準的なアホだ。
山本に聞いてみよう。
「山本の理想の出会い方ってどんなの?」
「巨乳」
即答だった。
この人、どうも問題文を理解していないらしい。
ま、ピュアすぎる故にそんなこともあるさ。
「いや、だから。身体の好みじゃなくてシチュエーションというか……」
「巨乳!!」
会話が通じん。
標準的ではないアホを選んでしまったっぽい。
「じゃあ、出会いは学内と学外ならどっち?」
「巨乳!!!!」
よく分からんが、強い意志を感じる。
巨乳とは、ある意味、シチュエーションである気がしてきた。
巨乳は正義。
100億円アパレル社長よりはマシだ。
「分かるぅ」
俺はクネクネしながら、そう言った。
「巨乳!!」
巨乳星人よ。
頼むから、そろそろ違う事を言っておくれよ。
そういえば、山本がリンネちゃんにデレデレしてるのを見た事がない。
「山本ってさ。リンネちゃん推しじゃないの?」
「巨乳っっ!!」
「いや、だからたまには巨乳以外のことも言ってくれ……」
ふと、リンネちゃんのチッパイが視界に入った。小さい。A……いや、ギリBカップくらいか。
(ふっ、そういうことか)
俺は理解した。
ごめん。巨乳星人よ。
今回ばかりは、君が圧倒的に正しい。
隣の席のでは、恋愛談義が続いている。
今度は、吉川さんがリンネちゃんに質問しているようだ。
「で、リンネちゃんの好みは?」
さて、リンネちゃんの好みはどんなのだろうか。年商1000億円とか言い出しそうだ。
「えーと、たとえば、通学の電車でいつも一緒になる知らない男の子がいて、吹雪で電車が止まって、仕方なく一緒にいると、恋が芽生えちゃうようなの。運命っていうか?」
ほお。
リンネちゃんの好みは、意外にロマンティックらしい。
リンネちゃんはチラッとこっちを見ると、ニヤッとして言葉を続けた。
「……そして、年収5,000万円くらいの男の子」
ケッ。
守銭奴が。
お前らの条件を満たす男子、どんだけいんの。
いっそ、偶然の出会いなんてものには頼らずに、マッチングアプリでピンポイントに探した方がいいんじゃないか?
「わかるぅ」
吉川さんは激しく同意してクネクネしている。
(お前は、分かるな。反省しろ)
すると、山本が問いかけた。
「んで、そういう柏崎の好みのシチュエーションは?」
なんだよ。
設問を理解していたのか。
「え、おれは……、通学バスで偶然一緒になった女の子と、バスが吹雪で立ち往生して、一緒に暖をとってるうちに、仲良くなっている、みたいな?」
山本は不満そうに言った。
「それだけ? 重要な要素が抜けてない?」
巨乳星人の期待に応えるか。
「んで、巨乳!!」
リンネちゃんと目が合うと、頬をぷくーっと膨らませていた。
フッ。なんとなく優越感だぜ。
すると、山本が言った。
「でもさ、お前とリンネちゃんの言ってること似てない? 偶然の出会い、一緒にいざるを得ないような状況、それがキッカケの恋愛」
吉川さんも手を叩いた。
「たしかに、似てる♪ さすがラブラブカップル」
俺らは恋人の真似をしてるだけで、ラブラブとか心外なんだけど。断固として抗議せねば。
俺とリンネちゃんは同時に言った。
「そんなことない!!」
山本が言った。
「いや、似てるって。あ、でも、柏崎さ。前に、胸のサイズはどうでもいいって言ってなかったっけ?」
吉川さんも手を叩いて言った。
「うん。絶対に2人の好み似てる。リンネちゃん、前に、男の子は普通に仕事してくれてれば、お金持ちじゃなくていいって言ってなかったっけ?」
え?
そなの?
リンネちゃん、普通の人でいいみたい。
よく考えたら、俺らは小梅ばあちゃんのために、偽装カップルをしないといけなくなって、毎日一緒にいるんだよな。
これって、理想のシチュエーションにかなり似てるような。
いや、ないない。
相手はリンネちゃんだよ? ないって。
リンネちゃんも、あり得ないって思ってるはずだし。
そう思ってリンネちゃんを見ると、リンネちゃんは顔を真っ赤にして、俯いていた。
それを見たら、俺もなんだか気恥ずかしくなって、下を向いてしまった。