第5話 リンネちゃんはお弁当を食べてほしい。
ここ数日は、リンネちゃんの有料お弁当のお世話になっている。
実のところは、リンネちゃんのお小遣い稼ぎに利用されている気がして、一度、丁重にお断りしたのだ。
しかし、「おばあちゃんが彼の分も持っていけっていうし、わたし1人で、2人分あっても困るのっ!!」と言われて、お断りをお断りされてしまった。
確かに最近のリンネちゃんのお弁当箱は、1人分にしては大きい。
価格についても応相談らしく、俺のあくなき交渉の成果もあって、適正価格まで後一歩のところまできている。
唐揚げ一粒300円から考えれば、感涙ものの改善だ。
リンネちゃんのお弁当は冷凍食品が多いので、意外に当たり外れがなく普通に美味しいし、たまには、ゆで卵等の手間のかかったものも入っている。
屋上で一緒にお昼を食べることにも慣れてきたし、もう一層のこと、このまま有料お弁当を続けてもいい気がしてきていた。
そんなある日、すごいことが起きた。
なんと憧れの星宮さんに、声をかけられたのだ。
「わたし、今日のお弁当作りすぎちゃって、柏崎さん、よかったら一緒に食べてくれませんか?」
まじかよ。
めっちゃ嬉しい。
いや、でも。
俺と星宮さんは、ほとんど話した事がないのに、なんでだろう。
それにリンネちゃんの例もある。
お金取られるのかも?
「あの……、有料だったりしますか?」
おそるおそる聞くと、星宮さんはクスクスと笑った。
「そんな訳ないですよ。むしろ、困ってるので、食べてくれると助かります」
そうだよ。
これが普通なんだよっ!!
リンネちゃんの悪影響で、あやうく、俺の中の普通の概念が狂ってしまうところだったぜ。
俺は即答でOKした。
(あ、一応、リンネちゃんにも断りを入れておくか)
隣の席なので、こういう時には便利だ。
「あの……。今日は、お昼は別の人と食べるから要らないです」
もしかすると怒るかな、って思ったが、リンネちゃんは、意外にも笑顔だった。
「そっか。正直、作るの負担だったし。今日は、前の小さなお弁当箱で来ちゃって、足りないかなーって思ってたの。そういうことなら、おばあちゃんにも理由を言えるし、他で食べてくれるなら、わたしとしても助かる。んじゃ、お弁当は昨日で最後ってことで」
なんだ、全然気にしてないじゃん。
寂しいほどアッサリしている。
俺が気を遣いすぎていたみたいだ。
(ま、偽彼氏だし、こんなもんか)
お昼休み、星宮さんと校庭の脇のベンチで待ち合わせをした。並んで座ると、星宮さんが、俺の分のお弁当箱を渡してくれた。
(大きなお弁当箱が一つなのかと思った。もともと誰かと約束でもしていたのかな?)
星宮さんのお弁当は家庭的なメニューで、どれも手作りだ。
お弁当の中に鳥の唐揚げがあった。
カラッとしていて、かじると肉汁が出てきた。
「これって、手作り?」
星宮さんが首を傾げた。
すると、ぱらりと艶々な髪の毛が肩からおちた。
「手作り以外に何があるんですか?」
星宮さんは不思議そうな顔をしている。
(やっぱ、手作りなんだ。星宮さんめっちゃ家庭的。冷凍唐揚げが一粒300円の相方とは大違いだぜ)
他のおかずも美味しくて、満腹大満足だ。
「ごちそうさまでしたぁ」
そう言って俺が立ち上がると、星宮さんに呼び止められた。
「あの、よかったら、明日もどうですか? お弁当」
「え、いいんですか?」
「はい。1人分も2人分も、作る手間は変わらないので……」
思いがけずのラッキーだ。
これからはお昼ごはんに迷うこともないし、星宮さんと毎日話せる。
おれは、即答でOKした。
リンネちゃんは、友達が多いし。
きっと今頃は、女子グループで食べているだろう。
わけもなく風に当たりたくなって、屋上に出た。
(俺も、昼休みの屋上が習慣になっていたのかな)
すると、柱の陰から見慣れたレジャーシートが見えて、誰かが足を出していた。白くて綺麗な足。
見覚えがある。
「凛音?」
(え。まさか。ひとりでランチしてたの?)
俺が声をかけると、足は陰に引っ込んだ。
(あぁ、呼び方だっけ)
「きの……アンダーウッドさん?」
近づくと柱の陰にいたのは、やはりリンネちゃんだった。
「アンダーウッドさん、もう昼休み終わ……」
目に飛び込んできたのは、大量のお弁当を必死に食べたであろう、戦いの後だった。まだ半分近く残っている。
リンネちゃんは下唇を噛んだ。
「食べ終わらないから、手伝っ……」
俺は、勝手に唐揚げを摘み上げた。
(あぁ、この子。プライドが高いんだっけ)
「あっちのお弁当、足りなくてさ。授業中にお腹がなりそう。ちょっと食べさせてよ」
そういえば、今日のお弁当には、俺が好きなフライが多い。これでは女子1人では、とても食べきれないであろう。
食べきれないなら残せば良いのに。
この子、変なところで生真面目なんだよな。
俺はリンネちゃんの隣に座って、本腰を入れて食べることにした。
途中で始業のチャイムが鳴ってしまい、リンネちゃんはあたふたしていたが、なんとか食べ切ることができた。
「木之……アンダーウッドさん。お昼は1人だったの?」
俺が質問すると、リンネちゃんはそっぽを向いて答えた。
「最近は、アンタと食べてたから、今更、1人って言い出せなくて……。あと、呼び方。いつか木之下って間違われそうだから、凛音でいい」
そうか。俺のせいで、ランチの相手がいなくなっちゃったのか。
「じゃあ、凛音」
リンネちゃんは一瞬、何か言いたげだったが、言葉を引っ込めた。俺は話を続けた。
「その、ゴメン」
「別に、アンタが謝ることなんてないし。清々したし」
この子、きっといま、強がってる。
「あのさ。明日から、またここで食べよう」
「……わかった。アンタがどうしてもって言うなら。あのさ」
「ん?」
「明日から、サブスクでいいから」
え? サブスク?
意味わからないんだが。
「だから、1ヶ月1,500円で良いって言ってるのっ!!」
価格交渉の末、どうやら月額料金に移行されたらしい。
原価もあるし、さすがにタダは悪い。
だから、これは十分すぎる成果だ。
「分かった。サブスクでお願いします」
「毎度あり」
そう言うリンネちゃんは、笑顔だった。
なんだかまばゆくて、俺は不覚にもドキッとしてしまった。
「別に……星宮さんのお弁当、ちょっと量が少なかったし、ま、そっちは断ろうって思ってたし」
(あーあ、もったいない。でも、あんな笑顔を見せられたら……、仕方ない。向こうを断るか)
すると、リンネちゃんは口を尖らせた。
「星宮 深月と食べてたの? ……この、浮気者っ。だら、だらっ。だらぶちっ!!!!」
「え?」
もしかして、嫉妬?
……まさか、ね。
「ほんとは、星宮さんと食べたい?」
「そんなことは……でも、どうして?」
「今日、結人、なんか嬉しそうだったし。あの……ごめんね。わたし邪魔してるのかも」
「そ、そ、そんな嬉しそうになんかしてない……よ?」
やばい。顔に出てたか。
リンネちゃんは、頬をふくらませた。
「歯切れが悪いし……嘘つきっ!! サブスク、やっぱ、月額15,000円にするっ!!」
「えーっ!? 姫っ、高すぎです」
俺のあくなき価格交渉は、これからも続くらしい。