第4話 リンネちゃんはプライドが高い。
交際宣言から数時間後、俺は針のむしろになっていた。なにせ俺は、みんなのクイーンビーに手出しをした不届きな男なのだ。
昼休みになるとリンネちゃんの周りには、男女問わず生徒が集まった。
「リンネちゃん、柏崎くんのどんなところを好きになったの〜?」
質問されると、リンネちゃんは首を傾げた。
「ん〜っ。んー。んー……。取り柄がないところが決め手かな?」
……。
それ、世間では欠点って言うんだよっ!
まぁ、コントロールしやすいって意味なら、あながち間違いとも言えないけれど。
リンネちゃんは、あまり嘘がうまくないらしい。これは、少し仕込みをしておかないとダメかも。
質問はまだ続くようだ。
「リンネちゃん。彼氏くんとはどこまで進んでるの? A、B、C?」
リンネちゃんはまた首を傾げた。
「かれし?」
ピンときていないらしい。
たとえフリの彼氏でも、そこでの疑問形はちょっと傷つく。
リンネちゃんは、ぽんと手を叩いた。
「あ、うーん。Zくらいまで?」
どうやら、並びが後ろの文字ほどいいと思っているらしい。答えを聞いた女の子は真っ赤になった。
「Zって、Cの遥かに先の最終段階ってことだよね。リンネちゃん、付き合ったばかりなのに、さすが大胆っ。うちの学校の女王蜂!!」
「……ま、まぁね♡」
リンネちゃんは気分が良さそうだ。
俺には褒められているようには聞こえないのだが、リンネちゃん、もしかすると、意外におばかさんなのか?
まぁ、聞いてる方も聞かれてる方も、どちらも同水準の無知でよかったよ。
さて、それに対して、俺の周りには野郎ばかりが群がっている。相変わらず、リンネちゃんとの差がすごい。
コイツらはエロ本でかなりの知識を持っているからな。油断はできない。
「柏崎、リンネ姫の弱みを握ったのか?」
その質問は、おれとリンネちゃんは不釣り合いだと言われているようなもんだ。こっちの取り巻きは、野次馬の類らしい。
「いや、そういうのじゃないし」
俺はそう答えた。
実際に不釣り合いだし、キレても仕方ない。
「どういうキッカケで付き合ったの?」
隣の男子生徒が、さぞ興味ありそうに質問してきた。みんな美女を落とした攻略法が知りたいらしい。
「んー、向こうから言われたからかな?」
リンネちゃんからフリを頼まれたのだ。
これは嘘じゃない。
「へぇ。すげぇ。リンネちゃん、結人みたいな地味なやつが好みだったのかぁ。俺もワンチャンあったかな」
いやいや、おれもリンネちゃんに好みと真逆とか言われたし。お互いにワンチャンすらないと思うぞ?
視線を感じてリンネちゃんの方を見ると、すごく睨まれていた。
リンネちゃんは口をパクパクさせている。
どうやら、俺は今、「だら」と言われているらしい。
意外にプライドが高いからな。
リンネちゃんから告られたという設定が気に入らないのであろう。
……しかたない。
あとでDVされないように、姫のご機嫌をとるか。
俺は周囲を見渡した。
(よし、星宮さんは居ないぞ)
「ごめん、見栄はったわ。ほんとは何度も振られて土下座して付き合ってもらったんだ」
すると、リンネちゃんも周りの男子達も「ほほぅ」と満足そうな顔をした。こいつらは、そういう泥臭い展開をご所望だったらしい。
すると、遠巻きに見ていた男子が、俺に聞こえるように声をあげた。
「あーあ、こんなダサ男と付き合うとは、我が校のクイーンビーも地に落ちたもんだ。……単に発情期だったとか?」
明らかに挑発されている。
(こいつ、言わせておけば……)
フリだとしても、こういうのはいい気はしない。俺が立ちあがろうとすると、先にリンネちゃんが立ち上がった。ツカツカとその男子生徒のもとへ歩いていく。
もしかして、最弱の俺をかばってくれるのか?
(結構、いいところもあるじゃん)
リンネちゃんは、その生徒の前で、何かを呟き、お辞儀をすると、くるりと向きを変えて、俺の方に来た。
なんだ?
俺は被害者なのに、姫の逆鱗にふれたのか?
リンネちゃんは俺の横にくると笑顔で言った。
「結人くん。お昼たべにいこ♡」
リンネちゃんに引っ張られて階段をのぼる。
「凛音、もしかして、俺を助けてくれたのか?」
「だから、アンダーウッドさんでしょ? それに、わたしはああ言う人が嫌いなだけ。他に人がいなかったらビンタしてやったのに」
やっぱ、この子、いいやつなのか?
リンネちゃんは、俺に背を向けながら言った。
「それと、……わたしのために言い返そうとしてくれて、ありがとう。あなたのことは嫌いだけど、お礼は言っとくから」
ふぅーん。
意外に律儀な性格なのね。
「あの、昼ごはんは?」
「皆に、アンタと一緒に食べるって言っちゃったし」
「いや、俺、今日は弁当もってきてないし」
屋上につくと、リンネちゃんは自分の隣の床をポンポンと叩いた。
「ここ座って。おべんと分けてあげるから」
え。
意外な申し出だ。
隣に座ると、リンネちゃんは本当に、お弁当の唐揚げを1つくれた。
「ありが……」
するとリンネちゃんは笑顔で言った。
「感謝の気持ちは形のあるものでね♡」
「え?」
「はい。300円♡」
小さな唐揚げ1つで300円。
コンビニ惣菜より高いんだが。
「それ、高すぎっしょ」
「察しが悪いな……、まず、運搬費でしょ? それに調理費、材料費、美少女費、一緒に食べてあげる費。それとサービス料。しめて300円。適正価格だよ?」
おいおい。
美少女費とやらもサービス料の一部だと思うんだが。
ってか、どこのデートクラブだよ!!
でも、弁当もってないし、買いに行ってる時間もない。
俺は頷いて、唐揚げを譲ってもらうことにした。
すると、リンネちゃんは笑顔で言った。
「おいしい?♡」
ムカつく。
おれ、やっぱり、コイツのこと嫌い。




