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第3話 リンネちゃんは宣言したい。

 学校につくと、俺は大きく息を吐いた。

 ようやくセーフティエリアにたどり着いたぜ。


 リンネちゃんも一安心したことだろう。

 とはいえ、現地解散になるわけでもなく、学校でも隣の席なのだが。


 「よかったな、リンネちゃん」


 すると、リンネちゃんに睨まれた。


 「気軽に話しかけないで。それに、わたしの名前は、アンダーウッドさんでしょ?」


 おいおい。

 ここでは、おれは名前を呼ぶことすら許されないのか(笑)。


 1人だけファミリーネームで呼んでる方が不自然だと思うのだが……。それに、普段から慣らすとか言ってたのアナタじゃん……。


 「アンダーウッドさんって、呼びにくいんだけど。いっそのこと木之……」


 ガンッ


 リンネちゃんは机を蹴飛ばした。


 「ん。なぁに? 柏崎くん?」


 「いえ。なんでもないです。アンダーウッドさん……」



 ふんっ。俺の方こそ、学校でも恋人ごっこなんて、まっぴらごめんだぜっ。


 なにせ、このクラスには、俺の好きな子…… 星宮 深月(ほしみや みづき)さんがいるのだ。黒髪で前髪パッツンの正統派お嬢様。高嶺の花にして、俺の密かなマイラバー!!


 ……初恋だからな。

 ゆっくりと大切に関係を築いていきたい。


 星宮さんとは、まだ、ちゃんと話したことはない。だが、1ヶ月に1回くらい目が合う(5月現在2回)し、根拠はないが、脈ありな気がする。



 先ほどから、俺とリンネちゃんの様子をチラチラと横目で見ていたクラスメイトの女子が、俺を凝視した。


 彼女の名前は吉川 彩奈あやな


 肩までのボブで、メガネ。地味だけど、肌と目が綺麗な女の子。たぶん、メガネを外したら化けるタイプだ。リンネちゃんの友達で、一つ前の席に座っている。


 吉川さんは俺を睨みつけて言った。


 「おばあちゃんから聞いたんだけど、2人は付き合ってるんだって? おばあちゃんが、2人で手を繋いでいるのを見たって」


 すると、ザワザワしていたクラスの連中がピタッと無言になった。みんな、聞いていないようでいて、しっかり聞いているらしい。


 ……吉川さんって、さっきフィアンセがなんたらって言ってた婆ちゃんの孫か?


 くそっ。まさかあの婆さんと繋がってるとは。だが、伝えるなら正確にお願いしたい。


 俺らの手繋ぎは、シェイクハンド。限りなく握手寄りであって、恋人同士のソレではなかったはずだ。爪もめり込んでたし。


 数秒すると、クラスは再び、さっきよりも大きくザワついた。クラス中の注目が俺とリンネちゃんに集まる。


 ど、どうしよう……。


 目立たずに3年間過ごす予定だったのに、リンネちゃんに関わったがために、無駄に注目を集めている。

 

 俺はリンネちゃんの方を見る。


 (俺はクラスでも恋人ごっことか困るんだよ。まだ始まってもいない星宮さんとの恋が終わってしまう)


 きっと、リンネちゃんだってイヤなはずだ。

 俺はウィンクしてアイコンタクトを送った。


 リンネちゃんは頷いた。


 (ほっ……。分かってくれたみたいだ。よかった)


 リンネちゃんは口を開いた。


 「あの、みんなに発表があります!!」


 え。なにを発表?

 正直、イヤな予感しかしない。


 「わたくし、リンネ•アンダーウッドは、昨日から、柏崎くんと、結婚を前提にお付き合いすることになりましたぁぁぁ!!」


 リンネちゃんは、大声で宣言した。


 まじかよ……。

 勘弁してくれ。


 俺はリンネちゃんの二の腕のあたりをトントンとした。


 「リンネちゃんだって、学校でも恋人ゴッコとかイヤでしょ? なのにどうして……」


 俺は小声でクレームを入れた。

 すると、リンネちゃんは口を尖らせた。


 「だって、仕方ないじゃん。吉川さんの他にも、どこにスパイがいるか分からないしっ!! おばあちゃん勘がいいのよ。完璧を期さないと。それに、わたしだってイヤなんだから。アンタと恋人とか最悪なんだけど。ほんと、だら。だら。だらぶち!!」


 おいおい。

 最悪なのは俺の方なんだが。


 「いや、だって。うちら、まだ高一だよ? キラキラな高校生活は、まだスタートしたばっかりなの!! へたすると、丸々3年間、恋人擬態しないといけなくなっちゃうんだけど?」


 高校生の本物の恋人の平均交際期間は、3〜4ヶ月らしい。偽物の俺らが、そんなに長続きしてどうすんの……。   


 それに俺だって。『……地味なモブ男子高校生が、いつの間にかの無自覚ハーレム展開』、そういうものに、人並みに憧れを持っている。


 だが……。


 リンネちゃんは無駄に可愛い。この子がいたら挑んでくる女子は皆無だろう。つまり、そばにいるだけで、女避けの完全防御障壁なのだ。


 この子といたら、俺には確実に彼女ができない。


 俺がぼやいていると、リンネちゃんも小声で言い返してきた。


 「……適当なところで別れたことにすればいいだけじゃん」


 「いや、たしかに実際には3ヶ月くらいのことなのかも知れないけれど……でも」


 小梅ばあちゃんの体調を考えれば、それくらいなのだろう。


 リンネちゃんの眉は吊り上がった。


 「は? それって、おばあちゃんに3ヶ月で死んで欲しいって意味? ほんと、最低」


 「いや、ずっと元気で欲しいよ。それこそ、俺らが大人になってもずっと」


 「は? ずっとって……成人まで恋人ごっこ続けたら、本当に結婚させられるかもしれないんだけど。もしかして、今の状況を悪用して、まさか、ほんとに結婚する気なの?!」


 「え?!」


 ……どうしてそうなる。


 「こんな美少女と結婚できてラッキーとか思ってるんでしょ?!」


 「いや、そんな気ないし。その、結婚したら夫婦生活だってあるし」


 「アンタ、これに乗じて、ゆくゆくは、わたしのカラダまで手に入れるつもり? ほんと最低」


 はぁ?

 もうこの人、いやーっ。


 疲労感でリンネちゃんから目を逸らすと、マイラバーの星宮さんと目が合った。星宮さんは微笑んで少しつまらなそうな顔をすると、教室から出て行ってしまった。



 おれの初恋。

 始まる前に終了みたいだ。

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