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第29話 リンネちゃんは、テストで負けたくない。

【前回までのあらすじ】 

星宮さんとのデートから戻ると、結人は小梅ばあちゃんに声をかけられた。聞かされたのは、小梅ばあちゃんだけが知る昔話。リンネちゃんのおじいちゃんも、始まりは偽の彼氏だったらしい。小梅ばあちゃんにリンネちゃんのことを頼まれる結人。ある日、リンネちゃんに18時まで限定のシンデレラデートに誘われる。そこで結人は、リンネちゃんの気持ちを聞かされ、初めてのキスをした。季節は7月。偽カレになって、既に2ヶ月が過ぎていた。



※※※ここから本文※※※


 7月も下旬になり、定期試験の季節になった。

 うちの学校でも来週から期末試験だ。


 「うーん」


 リンネちゃんは机につっぷしている。


 「リンネちゃん。どうしたの?」


 「あのね。ウチね。もうすぐテストだし、おばあちゃんに勉強で良いところを見せたいの」


 あれ、学校でも「ウチ」なのね。

 

 その気持ちはわかる。

 小梅ばあちゃんを安心させたいのだろう。


 だが、しかし。

 一つ問題があった。


 「勉強って、具体的には?」


 「テストでクラスで一番になりたい」


 「ちなみに、リンネちゃん。国語が苦手だったよね。前回の国語のテストはどんな感じだった?」


 「クラスで36番目……」


 ん。まてよ。

 うちのクラスって37人なんだが。


 それって下から2番目?


 「いや、リンネちゃん。それはちょっと欲張りすぎかも。平均点くらいを目指そうか?」


 「いややぁー。ウチ、山本くんより国語できるし」


 なーるほど。

 最下位は、俺の親友のオッパイ星人なのね。


 ってか、あいつ多分、日本語の単語10個くらいしか知らないぞ? そんなやつに勝ったと主張されても困るのだが。


 それにクラスの1位は星宮さんだ。しかも、2位以下と大差をつけての1位。


 「……じゃあ、せめて5位くらいを目指そうか?」


 リンネちゃんは頭をフルフルと左右に振った。


 「いやや。星宮さんに負けたくない……」


 それ無理ゲーだから。


 「いや、人には得手不得手があるしね。リンネちゃんの得意分野で勝負するとか」


 リンネちゃんは、机につっぷしていた顔を少しだけ上にあげた。


 「……ウチの得意って?」


 「可愛いさとか?」


 薄っぺらい返答でごめん。


 「じ、じゃあ。ウチ、星宮さんよりカワイイ?」


 「…………」


 リンネちゃんは頬を膨らませた。


 「どうなの?」


 確認されている。リンネちゃんは答えを聞きたいらしい。他人の目を気にするなんて、リンネちゃんっぽくないぞ。


 「え、えと……、一般的には?」


 我ながらに曖昧かつ失礼な答えだ。


 「えーんなっ!! もう結人くんのことなんて知らん」


 えーんな?

 よう分からんが、リンネちゃんは怒っているらしい。


 でも、リンネちゃんの気持ちは分かるし。

 俺にできる事なら、手伝いたい。


 「じゃあ、試験までの間、うちで勉強会しない?」


 「……いいの?」


 「うん。勉強会も恋人活動の一環といえなくもないし」


 1位とはいかなくても、1週間みっちりやれば、実力はかなり上がると思う。俺はその日から、リンネちゃんと勉強会をすることにした。


 その日の放課後。

 リンネちゃんは一旦家に帰ると、うちに勉強をしにきた。白いワンピースを着ている。


 「あれ。着替えたの?」


 「……うん。汗かいちゃったし」


 そういうリンネちゃんの右手には、何故か富士蔵が抱きしめられていた。


 「……リンネちゃん、筆記用具は?」


 すると、リンネちゃんはおもむろに富士蔵を逆さまにしてチャックに手を入れた。あぁ、そういえば、富士蔵は小物入れだったね。


 思い出の品を大切にしてくれるのは嬉しいんだけどね。ペンはペンケースに入れようね?


 「あのさ。まずはテストしてみようか」


 「うん。ウチがんばるよっ」


 いちいち可愛いな、この人。


 「じゃあ、前回のテストを参考に……、問1ね。 芥川龍之介の作品を1つあげよ」


 芥川作品は沢山あるからな。1つなら楽勝だろう。リンネちゃんは「うーん」と悩みに悩んで答えた。


 「……あばばばばば」


 は?

 なにそれ?


 「ファイナルアンサー?」


 「自信あるもん」

 リンネちゃんは自信なさそうに言った。


 さすが、山本とビリ争いしてるだけのことはある。なかなかの逸材だ。


 だが、なんと。

 念の為に解答例をみると、「あばばばば」というタイトルがあった。


 リンネちゃんは、エッヘンと胸を張った。


 だが、悲しいかな。


 「不正解。「ば」がひとつ多い」


 リンネちゃんは、口を尖らせた。


 「結人くんのケチ!! 先生はこの前、◎してくれたもん」


 まじか。あのエロ教師めっ。

 どうやら、リンネちゃんは、すでにかなり甘やかされているらしい。


 ってことは、……山本よ。

 お前は、本当は最下位ではないのかも知れない。


 さて、もう少し続けてみるか。


 「問2 「いんしょう」と漢字で書きなさい」


 今度のリンネちゃんは即答だった。


 「んと……『象印』」


 ん?

 ……魔法瓶?


 おそるべしリンネちゃん。

 あやうく、俺の正しい知識が改ざんされてしまうところだったぜ。


 ま、リンネちゃんは現代文が苦手って知ってたしね。他の科目で巻き返しできるように頑張ろう。


 リンネちゃんの方をみると、目を瞑って唇をすぼめている。


 「どしたの?」


 「ん〜っ。生徒のやる気を出すのは、先生のお仕事やよ?」


 チューしろってことか?

 さては、この人。早々に勉強に飽きたな。


 「ご褒美は、頑張った人にしかあげません」


 俺がデコピンしようとすると、お茶を持ってきた結衣に目撃されてしまった。


 「ママぁーー!! おにいがリンネちゃんのキスを断ってるぅぅぅ」


 ……気まずい。


 俺はすぐに、両親に呼び出された。


 (ふしだらだって説教されるのかな……)


 すると、父さんは真顔で言った。


 「ちゃんとキスしてあげなさい。女の子に恥をかかせては可哀想だろう。なんなら俺が代わろうか?……って、いたっ。母さん、冗談だよ……」


 父さんの脇腹には、母さんの右ボディーがめり込んでいた。


 要は、むしろ「もっとやれ」ということらしい。


 うちの両親は、リンネちゃん大好き派だったことを忘れてたよ。


 リンネちゃんは、それから毎日、俺の家に通った。そしてテストの本番では、なんとクラスで10位だった。実は日本史は得意らしく、それで挽回できたかたちだ。


 次の日の朝、リンネちゃんが玄関先まで迎えにきてくれた。


 「リンネちゃん。おはよ。その、テスト……1位にしてあげられなくてゴメンな」


 すると、リンネちゃんは笑顔になり、右手でVサインを作った。


 「ううん。おばあちゃんに褒めてもらえたよ。結人くん。ありがとう♡」

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