第28話 リンネちゃんは練習したい。
ある日の午後、リンネちゃんから電話がかかってきた。
「リンネちゃん?」
リンネちゃんが電話をしてくるのは珍しい。
「あ、結人くん。あの……ね。この前の星宮さんとのデート、うまく行った?」
「んー。楽しかったけど、リンネちゃんのことばっかり考えてて。相手に失礼だよね」
「そっかぁ。あのさ、明日って暇?」
確か明日は、小梅ばあちゃんはいないハズだ。プライベートで遊びに誘ってくるのって、珍しい。
「暇だよ」
「あのさ。実は、わたし気になる人がいて。ちょっとデートの練習に付き合って欲しいんだけど」
リンネちゃんに気になる人?!
俺はショックだった。でも、自分には星宮さんがいるのに、リンネちゃんはダメとか都合が良すぎるだろう。だから、気持ちを抑えて答えた。
「わかった。でも、いつも偽恋人のデートしてるじゃん? それとは違うの?」
「明日はリアル志向で、ホントの本気の恋人の練習」
「……分かった」
いつもの偽装恋人と、明日の本気の恋人の練習。何が違うか分からないけれど、きっとリンネちゃん的には違うのだろう。OKした。
次の日の朝、リンネちゃんが迎えにきた。
ドアを開けた時、俺はいつもとの違いが分かった気がした。
リンネちゃんは、なんていうか。
いつも可愛いけれど、もっと可愛かった。
肩を出していて、メイクもちゃんとしていて。
「あの、すごい可愛いよ」
思わず、本音が口からでた。
すると、リンネちゃんは笑顔になった。
「そっ? ありがとう。結人くんのために頑張ったの♡」
どうやら、ホントの恋人の練習は、もう既に始まっているらしい。歩き始めると、リンネちゃんはピトッとくっついてくる。
いつものリンネちゃんも人懐っこいが、俺に対して一線を引いている。しかし、今日はそれがない。
「あのさ、なんかドキドキしちゃうんだけど」
俺がそういうと、リンネちゃんはニコニコした。
「わたしもだよ。結人くんに会えると思うと、ドキドキして眠れなかった」
とりあえず、駅に向かうことにした。
すると、いつものことだが、すれ違う男性が、みんなリンネちゃんのことを振り返る。
「あの、なんかジロジロみられて落ち着かないね」
ま、見られているのはリンネちゃんなんだけど。
俺がそういうと、リンネちゃんは、俺の腕にしがみ付くようにした。
「そお? わたしは、結人くんだけウチを見ていてくれたらいいんやけど。あ、ちょっと待って」
リンネちゃんは、腕時計をいじった。
「18時まで。18時までホントの恋人ねっ」
「シンデレラみたいね」
「あはは。たしかに〜。あ。シンデレラからの注意事項。今日、ウチが言うことすること、全部、練習だよ? いちいち演技ですって断らないから、勘違いしないように♡ ……ねっ。ブタさんに会いにいこ?」
なるほど。
たしかに、いちいちお断りいれてたら興醒めだし練習にならないもんね。了解です。
そして、今日の一人称は「ウチ」らしい。
やっぱ、ブタカフェはリンネちゃんとだよな。
リンネちゃんはブタを抱きしめている。
今日のリンネちゃんは、いつにも増してよく笑う。リンネちゃんは、ブタをナデナデしながら言った。
「ウチね。ほんとはね。結人くんと星宮さんがデートして、すごいヤキモチ妬いちゃった」
「え……」
これって練習的なやつだよね?
「泣いちゃった」
「俺のせいでごめん」
すると、リンネちゃんは俺の目を見た。
「ウチ、結人くんのこと好きやよ」
「これって、本気ゴッコ的なやつだよね?」
どう答えていいか分からない。
もし、俺もって答えたら、そのまま本物の彼女になってくるんだろうか。
「んー……、ご飯いこっか」
リンネちゃんは笑った。
その後は、自分で揚げる串カツ屋さんにいって、たくさん食べた。
なんか、今日のリンネちゃんは本当に可愛くて、いつかリンネちゃんに本物の恋人ができるのかと思ったら、自分がすごく嫉妬していることに気づいた。
俺は星宮さんのことが好きなのに、自分で意味がわからない。
だんだんと空がオレンジ色になってきた。
帰り道に手を繋いで歩いていると、急にリンネちゃんに引っ張られた。そして、キスをされた。頬とか間違って触れたのではなく、本当のキス。
リンネちゃんが舌を入れてきて、唇を離した時に唾液が糸になっていた。リンネちゃんは息を荒くしながら言った。
「はぁはぁ……。ウチ、ウチ。結人くんを他の人に渡したくない。今日は楽しくて、ウチ、シンデレラの夢がさめるのイヤや」
リンネちゃんが袖をひっぱる。
その方向には、ラブホが光っていた。
リンネちゃんは言葉を続けた。
「ウチ。エッチしたら……結人くんと最後までしたら。ずっと夢の中に居られるかな……?」
わからない。
でも、もっと仲良くなったら、この胸の中のモヤモヤが消えるんだろうか。
リンネちゃんの瞳は潤んでいる。
「ウチ、結人くんのことス……」
ピピピピ
リンネちゃんの腕時計のアラームがなった。どうやら、18時になったらしい。リンネちゃんは、俯いて。チョンチョンと袖を引っ張ってきた。
「リンネちゃん。18時だよ?」
すると、リンネちゃんは頷いた。
「シンデレラタイムは終わりっ。……色々、本気にしちゃダメだよ?」
リンネちゃんは笑った。
「なんだよ。ビックリしたぁ。リンネちゃん迫真の演技すぎ……」
すると、リンネちゃんはピースサインを作った。
「えへへ。わたし、主演俳優賞とれるかな? でも、キス。わたしの初めてだよ。結人くんにあげる♡」
「あ、それで。気になるヤツって誰だったの?」
リンネちゃんは振り返って笑った。
「もう18時過ぎちゃったから……秘密♡」
その後は手を繋いで、一緒に帰った。
家の前でいつものように別れた。
その日から変わったことがある。
手の繋ぎ方が、また恋人繋ぎに戻った。




