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第27話 リンネちゃんは知らされてない。

 小梅ばあちゃんは、手に買い物袋を下げていた。


 「結人くんは、今帰り? 少し話したいことがあるのよ。今は、凛音ちゃんもいないし、少し上がっていって」


 お邪魔すると、お茶と和菓子を出してくれた。


 「あの、リンネちゃんは?」


 「買い物があるとか言って、どこかに出かけたよ」


 そっか。

 ちゃんと自分の時間を過ごしてくれているなら良かった。


 「そうですか」


 「でも、なんだか元気がなかったのよね」


 やっぱり、俺のせい?

 いや、考えすぎか。


 「それで、今日はどういう……」


 すると、小梅ばあちゃんは、正面に座って湯気のあがる湯呑みをすすった。


 「んー。あの世に行っちゃう前に、わたしの思い出話をしておこうかなって」


 「あ、はい……」


 そんなんリンネちゃんに話した方がいいのでは?


 「なんで凛音ちゃんに話さないんだろうって思ってるでしょ? 結人くん。これは君に聞いてほしい話なの」


 ごくり。

 おれがお茶を飲み込むと、小梅ばあちゃんは話し始めた。


 「わたしの実家は、金沢の名家でね。物心ついた時から、結婚相手が決められてたの」


 なんか時代を感じる話だ。


 「はい」


 「お相手は公家に連なる家柄で。眉目秀麗で秀才な紳士……今で言うところのクールな人。でも、わたしはそのお相手がどうしても苦手で……、それで思いついた苦肉の策が、偽の恋人を連れていって、親に諦めてもらうことだったんだ」


 「え……」


 「たまたま近所に住んでいた男の子。顔もよくなくて、勉強も優秀とは言えない、優しいだけが取り柄のような男の子。その子を父親に紹介したらね」


 「はい」


 「父は烈火のように怒って、その子を殴る蹴るの暴行……でも、その子、血だらけになりながらも父に縋りついて。「お嬢さんの幸せは自分で決めるものです」って」


 「血だらけって、すごかったんですか?」


 「時代が時代だったからね。酷かったよ。歯も2〜3本折れていたわね。んでね、気づいたら私は、その男の子と結婚してた」


 小梅ばあちゃんは幸せそうに笑った。


 「それがね、お爺さんなの。お爺さんは本当に優しい人でね。わたしたちは、なかなか子供に恵まれなくて。でも、父も母も家を残すことに執着していて……あれこれ口を出してくる。今で言うところの、子なしハラスメントね。そうしたらね、お爺さん、どうしたと思う?」


 「え、想像もつきません……」


 「ある日、いきなり、小さな女の子を連れてきたの。「進駐軍の兵隊さんとの間に子供ができて、途方に暮れて身投げしようとしていた女性から貰ってきた」って。信じられないでしょ? でもね、戦後はそんなことはザラにあったのよ」


 ってことは、リンネちゃんは……、小梅ばあちゃんと血縁はないのか?


 小梅ばあちゃんは話を続けた。


 「んで、そこから繋がって今は凛音がそばにいてくれる。でね、何が言いたいのかというと、……わたしは、お爺さんのおかげで、すごく幸せだったってこと」


 「その話って、リンネちゃんは?」


 「もちろん、知らないわ。凛音どころか、母親の凛々りりかも知らない。ま、なんとなく気づいているかもだけどね」 

  

 小梅ばあちゃんにとって、血が繋がっているかは、大きなことではないのだろう。


 「どうして、そんな大切な話を俺に?」


 「これは、今では世界で私1人しか知らないことよ。そのまま墓場までもっていくつもりだったのだけれど、結人くんに会って気が変わったの。あなた、なんだかお爺さんに似てるのよ」


 「え……」


 「なんだか、すごく似ている。顔とかじゃなくて、魂の色がすごく似てる。だから、わたしは確信してるの。貴方は、必ず凛音を幸せにしてくれる」


 「え、でも、俺は……」


 (偽の彼氏です。ばあちゃんを騙している大嘘つきなんです!!)


 「自信なんてなくてもいいのよ。うちのお爺さんなんて、わたしが適当に連れていった偽物の恋人だったんだから。始まりなんてどうでもいいの。結人くん。凛音をよろしくお願いします」


 そういうと小梅ばあちゃんは、頭を下げた。


 リンネちゃんの温かさの理由が、少しだけ分かった気がした。この人に育てられた娘さん、そして、その人の娘のリンネちゃんも、きっと同じように心の温かい子なのだろう。



 俺は家に帰っても、お爺さんの話をする小梅ばあちゃんの幸せそうな顔が、ずっと忘れられなかった。

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