第23話 リンネちゃんはお揃いがいい。
旅行も終わり、また日常に戻った。
ピンポーン。
インターフォンが鳴った。
きっと、リンネちゃんだ。
「ちょっと、5分くらい待ってて」
モニター越しにそう伝えると、おれは大量に焼いたタコウィンナーを弁当箱につめて、急いで制服に着替えた。
「おはよぉ。結人くん」
旅行に行って、変わったことがある。
リンネちゃんが甘えん坊になった。
この前までは、手を繋いでいたが、今日は腕を組んで登校するらしい。
そして、それに比例してまわりの男どもの視線が、更に痛くなった。
「ふっ、美女をはべらすのもイージーじゃないぜ」
「だら」
ん?
なにか今、俺の独り言にツッコミが入ったような。
そして、俺のキスマークは消える気配すらない。とりあえず、絆創膏を貼っているが、ごまかしきれるだろうか。
あれ?
なんかリンネちゃんも首に絆創膏をつけているぞ。
「リンネちゃん、首のソレどうしたの?」
「カレカノは、お揃いするもんでしょ? だから、わたしも付けるの」
2人で絆創膏つけてても、カップルのお揃いとは違う気がするが。
「ふーん」
「……結人くんがつけてくれないからじゃん。だらっ」
「ん?」
「なんでもないっ!!」
リンネちゃんは口を尖らせて言った。
……朝から喜怒哀楽が忙しい子だ。
そらからしばらく歩いて、大通りに出る手前で声をかけられた。
「結人くん」
小梅ばあちゃんだった。
「おばあさん。……おはようございます」
神出鬼没なばあちゃんだ。
スエットみたいなのを着ている。
どうやら、朝の散歩中だったらしい。
ってか、どこから見ても病人に見えないんだが。
「結人くん、凛音ちゃんから聞いたよ。色々と進展したらしいね?」
「いや、それほどでも。ははっ。じゃあ、俺らは行きますんで」
はたして、どこまで行ったと思われているのだろう。傍観していたリンネちゃんがニマニマした。
「おばあちゃん、わたしたちが最後までしたと思ってるみたい」
まじかよ。
ウチの家族に伝わったら、本気で責任取れみたいな話になりかねないんだが。
俺はリンネちゃんの顔を見た。
(ま、こんな美少女に対して責任が生じたら、大半の男は喜びそうだけど)
はぁ。
リンネちゃんと目が合うと、キラキラとした目で俺を見ている。
なんだか、朝っぱらから疲れるぜ。
「凛音っ」
吉川さんだった。
「んで、旅行はどうだったー?」
吉川さんはニヤニヤしている。
リンネちゃんは、カバンに手を入れてゴソゴソすると、小さな富士蔵を出した。
「これ、お土産。……わたし、吉川さんと話があるから、先にいくねっ」
2人には積もる話があるらしい。
なんだかんだいっても、リンネちゃんと仲がいいよな。
吉川さんの男の好みはどうかと思うが、富士蔵を笑顔で受け取ってくれるあたり……、悪い子ではないのだろう。
教室に行っても、同じような席配置なんだがな。別行動する意味はあるんだろうか。
リンネちゃんは、手を振ると吉川さんと先に行った。
……1人になっちゃったな。
すると背後から声をかけられた。
「おはよう。柏崎くん」
声の主は、星宮さんだった。
数日ぶりなのに、久しぶりな気がする。
「おはよう、星宮さん」
「その絆創膏は? ケガしちゃったのかな」
やべ。
キスマーク、星宮さんには知られたくない。
「あ、いや。これは……。それより、今日は車じゃないの?」
星宮さんは、通学カバンを前で持ち直した。
「ふぅーん。はぐらかしたね? 怪しいなぁ……。今日は、結人くんと登校したくて、歩いてきたの。ふふっ。なぁんて」
「あ、呼び方が名前になった」
何かの心境の変化だろうか。
「結人くんはイヤ?」
「そんなことないけど」
「よかった。わたしのことも深月って呼んでね。じゃあ」
そういうと星宮さんは、先に教室に行ってしまった。俺と通学したかったというのは、リップサービスだったらしい。
「深月……か。あ、コレって呼び捨てでも良いって意味なの?」
お決まりのよく分からないやつだ。
いきなり地雷踏みたくはないし、とりあえず、『さん』はつけておくことにしよう。
「よぉ。柏崎」
歩き出すと、また誰かに声をかけられた。
今度は男の声だ。
(今日はよく声をかけられる日だ)
「よ、山本」
「さっき、結衣ちゃん見かけたんだけど、やべーな。あの年でDカップくらいあるんじゃね?」
「おまえ、ほんとブレないな」
「まぁ、そういうなよ。な、F超えしたら、妹ちゃん俺にくれよ」
「お前にはやらん」
「代わりに、瑠衣やるからさ」
そう言うと、山本は俺の肩を叩いた。
ちなみに、瑠衣ちゃんは山本の妹さんだ。
今は中2だが、結衣と同じ学校の部活の後輩で、山本に似ずに、なかなかに可愛らしい顔をしている。
まあ、でも。
仮にやると言っても、結衣が従う訳がない。
処分権のない者同士の勝手な取引。
結衣に聞かれたら、ビンタされそうだ。
でも。山本の妹は、なかなかの美少女だからな。実は割のいい取引ではある。
だが、妹をリリースするということは、何か瑠衣ちゃんに含むところがあるのだろうか。親友として相談に乗れることもあるかも知れない。俺は聞いてみることにした。
「なぁ、山本よ。瑠衣ちゃん何カップだ?」
「え、Eだけど?」
F>E。
なるほど。単純に算数の問題だったか。
妹枠に対する加点も減点もないらしい。
ほんとにブレないやつだ。
山本と別れ、教室についた。
ドアを開けると、なにやらワイワイしていた。
「おはよう」
俺から挨拶をしたが、1人か2人、俺の方をチラ見しただけで、大半のヤツは振り向きすらしない。
(ま、こんなもんだ)
俺は無言で人だかりの横の席に座った。
つまり、そうなのだ。
俺の横の席、リンネちゃんの周りに人だかりができている。
「その絆創膏って、キスマーク?」
野次馬の質問にリンネちゃんが答えた。
「ち、違う」
リンネちゃんは、割と本気で困っているようだ。もっと人気者の自覚を持って、ドンとしていてほしい。
ヘルプするか。
「……って、暑いな」
俺はそう言うと、首元をのばし、これ見よがしに、パタパタと下敷で扇いだ。
者どもよ、見るがいい。
これが本物のキスマークだ。
匂わせて、リンネちゃんから注意をそらし、そして、たまたまの偶然ですって流れ。我ながら完璧。
しかし、誰も俺のことを見ていない。
くそ。
自分の空気っぷりが口惜しいぜ。
すると先に席についた山本が、突然、俺の絆創膏を剥がした。
「なにこれ?」
「ちょ、お前なにすん……」
やばい。
匂わせで良かったのに、ダイレクトにバレてししまう。
すると、山本は目をまん丸にした。
「柏崎、お前、やべーよ。首に乳首できてる。もしかして、これ巨乳生えてくるんじゃね?」
首から乳が生えたらホラーだろうが。だが、とりあえずはコイツがアホで良かった。
しかし、山本の大声で振り返った1人が言った。
「……おい、柏崎の首にキスマークがあるぞ」
注目が一斉に集まる。
その中の誰かが言った。
「ってことは、お相手はリンネちゃん?」
こんな話、星宮さんに聞かれたら最悪だし、キスマークをつけるくらいなのだ。リンネちゃんと最後までしてると思われかねない。そんなことになったら、カレカノが終わった後にも影響が出かねない。それは、リンネちゃんもイヤだろう。
「……いや、それは違……」
「え、じゃあ、他の女につけられたの? 最低」
誰かのその発言で、ザワザワは、面白がる声から、一気に女子が俺を非難する声に変わった。その中の1人が声を上げた。
「リンネちゃんに謝りなさいよ!!」
あー、どこにでもいるよね。こういう人。
自分に関係ないことだと、無駄に正義感でちゃうヤツ。
(ってか。なんか俺、非難されてる?)
これは、リンネちゃんの八方美人スキルの反射ダメージか。どうやら俺は、女の敵の浮気大魔王に仕立て上げられてしまったらしい。
しかし、ここに。
本物の慈愛の戦女神が降臨した。
……いや、事故って降臨してしまった。
リンネちゃんは立ち上がった。
「違う。これ結人くんにつけてもらったの!! 結人くんのもわたしがつけたの!!」
半分は本当だけど、半分は完全なる妄言。
しかも、ダメージ甚大。
おれ、このパターンの先の展開わかるし。
絶対、星宮さんに見られて終わるヤツだし。
……。
俺は周りをみまわした。
しかし、星宮さんは居なかった。
(ホッ……。よかった)
すると、さっきの正義漢な誰かが言った。
「なにほんと。心配させて。ほんと柏崎くんって人騒がせ」
いやいや、人騒がせなのはお前だろ。
(ばーか、ばーか)
あー、おれ。
このクラスのヤツら嫌いかも知れない。




