第22話 リンネちゃんのイタズラ。
準備をして、朝食会場に向かう。
すると、リンネちゃんが俺の顔を覗き込んできた。
「ねっ、結人くん。一緒に朝を迎えちゃったね」
「って、紛らわしい言い方しないでよ」
「ふふっ。だって、カレカノなら経験することでしょ? また、おばあちゃんにできる話も増えたかなーって」
「まぁ、それはそうだけど」
「……ほんとは誰にも言わないし、2人だけの思い出やもん」
いつもながら、どうもつかみどころがない。
リンネちゃんは、クスクス笑うと続けた。
「えと……、先に謝っとくね。さっき、結人くんにイタズラしちゃった」
「え? なになに?」
俺が自分の両肘を抱えるようにすると、リンネちゃんは、人差し指を自分の唇に添えた。
「なーいしょ」
なんだろ。
怖いんだけど……。
リンネちゃんは、そういうと先に行ってしまった。
テーブルにつくと、既に皆、座っていた。
俺らが席に着くなり、父さんは頭を下げた。
「リンネちゃん、すまんっ!! 昨日はみんなの部屋を占領しちまった」
「いえ、大丈夫です。お父さん、お仕事で疲れているのに、運転までさせてしまってすみません」
リンネちゃんはペコリと頭を下げた。
すると、父さんは本当にウルウルした。
「そんなこと言ってくれるの……リンネちゃんくらいだよ、うちの家族は当然って顔してるし」
たしかに。
家族旅行にきても、言葉に出して父さんを労ったことはなかったかも。
子供の頃から、何度も旅行に連れてきてもらってるのになぁ。きっと、慣れてしまったり、家族なら言わなくても分かってくれると、どこか油断してしまうのだと思う。
だから、リンネちゃんが言ってくれて良かった。
それにしても、リンネちゃん、さすが天然の人たらしだ。父さんの好感度が爆上がりしているぞ。
すると、結衣が会話に入ってきた。
「おにいは良いなあ。リンネちゃんと朝らかイチャイチャして。あたしなんて最悪だよ。パパのイビキで寝不足だよぉ」
「イチャイチャなんてしてねーし」
結衣は俺の首元を指差した。
「そんなのつけてよく言うよ」
俺の首に何かついてるのか?
俺が首元を触っていると、父さんがニタニタした。
「俺が言えた立場じゃないがな。キスマークついてるぞ」
はぁ?
キスマーク?
いつの間に?
リンネちゃんの方を見ると、リンネちゃんはそっぽを向いた。イタズラってこれのことか。
でも、偽カレにこんなことするかぁ?
やっぱり、少しくらいは好意もってくれてるのかな。それか、ただ、からかわれただけ?
いや、リンネちゃんが周りも巻き込むような悪ふざけをするとは思えない。だけれど、親切にもしてないし、口説いてもいないのに、リンネちゃんが俺を好きとか、それこそ、あり得ない。
あとで真相を追及してみるか。
朝食もビュッフェスタイルなので、リンネちゃんと一緒にまわることにした。
キッズコーナーにさしかかったとき、リンネちゃんが何かを指さした。その先にはタコウィンナーがあった。
「とってあげるよ。何個?」
「20個」
いやいや、乱獲しすきでしょ。
「ってか、タコウィンナー残り3つしかないよ?」
「じゃあ、3個」
リンネちゃんは不満そうだ。
すると、小さな男の子がタコウィンナーのお皿の前で立ち止まった。お母さんは周りにはいないようだ。
リンネちゃんは、その子の目線に合わせて身体を屈めた。
「ぼく、ウィンナー欲しいの?」
男の子は指を3本立てた。
「そっか。おねーさんがとってあげる♡」
リンネちゃんは、男の子にお皿のタコウィンナーを全部のせてあげた。
「美人のおねーさん、ありがとう」
男の子は笑顔でお礼を言った。あの年でリップサービスできるとは、将来は間違いなく大物ナンパ師だろう。
リンネちゃんも男の子が1人だと思ったらしい。
「ぼく、お母さんは?」
「あれ、ボクのママ」
リンネちゃんは、男の子を母親まで送り届けると、俺のところに戻ってきた。
「リンネちゃん、子供は好き?」
すると、リンネちゃんが答えた。
「好き。ってか、嫌いな人いるの?」
「いるでしょ。普通に」
「ふぅーん。その人も昔は子供だったのに、不思議だね」
まぁ、たしかに。
一種の自己否定だよな。
ってか、タコウィンナーなくなっちゃったよ。おれは、スタッフの人にタコウィンナーが追加できるか聞いてみたが、今日の分は終わりだと言われてしまった。
「ごめん、リンネちゃん。もうウィンナーないって」
「そうかぁ。……仕方ないよ」
好物なのに他人に譲って食べれないとか、少し悲しい。だから、何かしてあげたいと思った。
「リンネちゃん、次のお弁当は俺が作るよ」
すると、リンネちゃんは笑顔になった。
「結人くんのお弁当、すごく楽しみ」
俺は料理はできない。
でも、タコウィンナーを焼くくらいはできる。だから、お弁当箱いっぱいのタコウィンナーを持って行ってあげよう。
すると、急にリンネちゃんがモジモジした。
「どうしたの?」
「あのね、首のごめんネ?」
「あっ、そうそう。これ、いつの間につけたの?」
「あの、ね。結人くんの寝顔が可愛くて、ちょっとどこにするか迷ったんだけど、首にキスしたら唇の跡が付いちゃったの」
え?
ってことは……この首元のって。
普通につけられた本物のキスマークだったらしい。
それにしても、どこと迷ったのだろう。
気になる。
「おれ、これが生まれて初めてのキスマーク……写真に残しておこうかな」
すると、リンネちゃんが取り乱した。
「やめてよぉー。わたしだって初めてだし。恥ずかしいから」
食事を終えて、チェックアウトをして。
宿の前で皆んなで記念撮影をした。
帰り道、南伊豆の海岸線を走っていると、遊歩道があるのを見つけた。
父さんが休憩したいというので、しばらくの自由行動になった。父さんは仮眠、母さんと結衣はお土産屋にいった。
「うちらは、どうしようか?」
「えと、わたし、散歩してみたい!!」
遊歩道を歩いていくと、奥まった岬の方に続いていて、展望台があるようだった。
しばらく歩くと、小さな柱にぶら下がった鐘があった。近くにはスマホを置く台もあり、もしかしたら、撮影スポットなのかもしれない。
鐘の下には錘がついていて、紐がぶら下がっている。リンネちゃんは紐を持ちながら言った。
「結人くんも一緒に鳴らすの!!」
リンネちゃんの横にならび、一緒に紐を引っ張る。
コーン。
「なんか、良い音だね」
「うん、人いないし、もう少し鳴らしちゃおうか?」
なんだろう。一緒にいるだけでこの幸福感。
リンネちゃんの人柄がいいからなのかな。
星宮さんといるとドキドキする。
でも、リンネちゃんといると、ほんわかした気分になる。
星宮さんに対するのは恋愛って分かるけれど、リンネちゃんのは何なんだろう。
女の子との友情って、こんな感じなのかな。
女友達が少なすぎてよく分からない。
コーン。
コーン。
そんなことを思いながら、鐘をさらに2回鳴らした。
「うふふ」
リンネちゃんは嬉しそうだ。
その様子を見ていると、俺も嬉しい。
そのあとは、富士蔵と富士山を一緒にとりたいというリンネちゃんの謎のオーダーにより、富士蔵の写真を何枚かとった。
「そろそろ、戻ろうか」
俺がそういうと、リンネちゃんが言った。
「あ、わたし、あの説明文みてくるねっ!!」
リンネちゃんは、何か一生懸命読んでいる。
こういう観光地では、しっかり学びたい派らしい。
んっ。
なにやらチラチラとこっちを見ているぞ?
へんな説明文だったのかな。
しばらくすると、リンネちゃんがタタッと戻ってきた。
「鐘の説明、なんて書いてあったの?」
すると、何故かリンネちゃんは赤くなった。
「……内緒やよ」
なんだろ。
まぁ、いいか。
駐車場に戻ると、既に母さんと結衣も車に戻っていた。待たせてしまったかな。結衣は不満そうだ。
「2人とも遅いよー」
「ごめん、なんか遊歩道の先に鐘があってさ」
「あぁ、恋人岬の鐘ね。いいなぁ、2人ばっかり。わたしも彼ときたいー!!」
「恋人岬? え、なにそれ?」
「は? おにい、知らないで鐘ならしたの?」
「そうだけど」
「あのね、あの鐘はね。大切な人のこと考えて3回ならすと、その人と結ばれるって言われてるんだよ。リンネちゃんは知ってたよね?」
リンネちゃんは、頬のあたりを掻いた。
「……そ、そうなの? 初耳です……」
あー、この人。
絶対に嘘ついてる気がする。




