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第21話 リンネちゃんは仲良くしたい。

 ん……。

 朝起きると、俺はリンネちゃんを抱きしめていた。


 腕の中のリンネちゃんは、まつ毛が長くて、陶器のように肌が白い。寝顔はまるで天使のようだ。


 寝てる間のことだし、不可抗力だよね?

 せっかくだし、この棚ボタな状況を満喫したい。


 俺は目を閉じて、しばらく寝たフリをすることにした。


 10分程するとリンネちゃんが動き出した。


 「……おはよぅ。結人くん」


 リンネちゃんの吐息が頬にあたる。

 ミントのような少し甘い匂い。


 寝起きから、良い匂いって。

 やっぱり、天使?


 ってか、俺が臭ってそうだ。

 俺は極力、息を吐かないように頑張ることにした。


 リンネちゃんは、俺が寝ていると思っているらしい。頬をツンツンしてきた。


 「……起きた時に、わたしが裸だったら結人くん、びっくりするかなあ」


 リンネちゃんは、モゾモゾしている。

 まさか、脱いでいるのか?


 リンネちゃんの独り言は続く。


 「……おちっこ……うぅ、結人くんの腕で動けない。もれる……」


 ……そろそろ寝たフリも終わりにしないとマズそうだ。でも、どう起きたら自然かな。


 目を合わせるのが、少し恥ずかしい。



 ガシャガシャ


 俺が悩んでいると、ドアに鍵を差し込むような音がした。


 バタン


 え?

 誰?


 ドアの方を見ると、結衣が立ち尽くして居た。


 「ママぁ。おにいとリンネちゃんが裸で抱き合ってるぅぅ!!」


 リンネちゃんはともかく、俺は着てるんですが?


 結衣は大声で実況中継すると、そのまま走り去った。リンネちゃんの方をみると、肩を出していた。ブラの肩紐が見える。


 目が合うと、リンネちゃんは真っ赤になった。


 「結人くんのエッチ!!」


 えっ。

 あなたが勝手に脱いだのに?


 ……理不尽だ。


 「ごめん」


 しかし、女の子に責められると反射的に謝ってしまう。男の悲しいさがだ。


 「わたし、トイレいきたいから、結人くんは目をつぶってここで待っているように」


 俺に謎の指令を出すと、リンネちゃんはトイレに行った。


 天井を見て放心していると、スマホが光った。

 父さんからのメッセージだった。


 「朝食は9時からだから、現地集合で」


 結衣が騒いで、それがどういう経緯で父さんまで伝わったのかが気になるが、直接、呼びに来ないあたり、一応は気を遣われているらしい。


 リンネちゃんは、トイレから出てくると、またベッドの中に潜り込んできた。


 「また、さっきみたいにして欲しいよ」


 どうやら、また抱きしめろということらしい。

 オーダー通りに抱きしめると、リンネちゃんは何故か無言になった。


 「リンネちゃん、寝起きは甘えん坊なの?」


 「……いまだけ……やもん」


 リンネちゃんの胸や太ももが押し付けられてくる。同じ布団の中にいると、リンネちゃんの体温がじんわりと伝わってきて、おれは自分の心拍数が跳ね上がるのを感じた。


 目を開けると、リンネちゃんが俺の顔を見つめていた。ターコイズブルーの澄んだ瞳は、何かの映画で見たアマルフィの海の色みたいだった。


 「おれ、リンネちゃんの瞳の色、すっごく好き。前に映画で見たアマルフィの海岸みたい」


 目や髪の色は避けるべき話題だと理解していたが、つい、本音が口から出てしまった。

 

 すると、リンネちゃんはニコニコした。


 「ありがとう。そんな綺麗な海に例えられて、光栄です。わたしね、結人くんのそうやってクサイ事をサラリと言えるところも、いいなって」


 「あ、うん……」


 クサイことをサラリと言えるのは、むしろ欠点だと思うんですが……。


 「結人くん、イタリアには行ったことある?」


 「ううん、ない」


 「そっか。わたしは、小さなころ、パパに連れて行ってもらったことがあるんだけど、アマルフィ海岸にね。チェターラって街があるんだ」


 「うん」


 リンネちゃんの子供時代。

 どんなだったんだろう。


 「小さな漁村で、海岸にカラフルな可愛いお家が並んでて、漁を終えた漁師のおじさん達が、昼からバールのテラス席でワインを飲んで楽しそうに笑ってるの」


 「いいね、楽しそう」


 俺の頭の中では、おじさんなんかよりも。

 子供のリンネちゃんを想像していた。


 「うん。きっとそれはおじさん達の日常で、普通なことなの。でも、すごく幸せそうで、いいなぁって。夢っていったら大げさかもだけど、わたしもいつか、そうやって日常を大切にして、大切な人と毎日を楽しく過ごせたら幸せだなぁ……って…」


 リンネちゃんは、俺の手を握ってきた。

 ぎゅっと、いつもより力が入っている。


 リンネちゃんの夢。


 イタリアといえば、オシャレな感じだが、その内容は、きっと、ささやかな毎日に幸せを感じて暮らしたいってことで……すごく控えめで、なんていうか。好ましい。


 「そんなことない。すごく素敵な夢だよ」



 「うぅ……」


 リンネちゃん、……もしかして、泣いてる?


 どうして? 

 どうして、いつかの幸せを想像すると泣いちゃうの? 


 ……わからない。


 「リンネちゃん?」


 「ごめん、なんか。旅行が楽しくて、寂しくなっちゃったのかも……」


 「気が早いなぁ(笑)。旅行は、まだ今日もあるよ?」


 「ぐすっ……うん。そうだね。楽しもう」


 リンネちゃんの手から、少しだけ力が抜けた。

 リンネちゃんは、小声で言葉を続けた。



 「それと、あのね……」


 「ん?」


 気づけば、リンネちゃんは耳まで真っ赤になっている。


 「あのね、わたしのお腹のところに当たってる……よ? 結人くんの男の子の……」


 やばい。

 朝の生理現象だ。


 それにしても、リンネちゃんの夢の話を聞いた後なのに、俺の息子、節操がなさすぎる……。


 「ごめん」


 俺は腰を引いた。


 「ん。別に仕方ないことだし、いいの。わたしのこと、女の子って思ってくれているなら……嬉しい……かも」


 やばい、リンネちゃんが可愛すぎる。

 我慢できない。


 「リンネちゃん!!」


 俺はリンネちゃんの手首をつかむと、リンネちゃんの上になった。


 「リンネちゃんのこと欲しい……ん、ですけれど」


 すると、リンネちゃんは微笑んだ。


 「……結人くん。わたしとしたら、幸せに気持ちになれる? 後悔しない?」


 「ごめん、分からない」


 俺の答え、最低だ。


 だけれど、リンネちゃんは怒る様子はなくて、優しい口調で、俺の頭を撫でながら答えた。


 「ううん、結人くんは悪くない。わたしたちは、仮の恋人なんだし。……きっと後から辛くなっちゃう。だから、この先はやめとこ?」


 リンネちゃんは、俺を気遣ってくれている。


 偽の彼の間は、リンネちゃんのこと大切にするって、昨日、誓ったばかりなのに。俺ってやつは。さっそく、泣かせてしまうところだった。


 「……ごめん、うん。やめとこう」


 「うん、でも、結人くん、何故か敬語だった。『リンネちゃんのこと欲しい……ん、ですけれど』かぁ。ププッ。録音しとけば良かったかな♡ かわいい」


 コイツ……。

 天使っていうより、小悪魔じゃないか。


 「かわいくなんてないし」


 「ううん。結人くんといると楽しいんやもん……ねっ、準備して、ご飯にいこう」


 あぁ。


 からかわれてるけれど。

 一緒にいられるだけで、幸せだ。


 いま、この瞬間。

 俺は幸福なんだと思う。

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