第20話 結人くんの独り言。
あーぁ。
結局、リンネちゃんと同じベッドで寝ることになってしまった。
ほんとは、もっと色々と話したかったのに。
同じベッドにいるのが気まずくて目を閉じていたら、リンネちゃんは俺に背を向けて、すぐに寝てしまった。
こんなに綺麗な女の子が、身体を密着させて俺の隣にいる。リンネちゃんが動くたびに、柔らかなお尻が当たって、良い匂いがしてきて……こんなん、……眠れる訳がない。
少しくらい胸とか揉んでも、気づかれないかな?
いや、でもっ。
前にどこかで、小さいものほど敏感とか聞いたことあるかも。
……うん。やめとくか。
そんな訳で、俺は目を瞑って、高校に入ってからのことを考えてみることにした。
俺には、好きな子がいる。
それは、リンネちゃんではない。
クラスメイトの星宮さんだ。
星宮さんは、可愛くて、ザ•お嬢様という感じだ。もちろん、顔も好みなのだが、好きな理由はそれだけじゃない。
あれは、高校の入学式の前の日。
俺はたまたま、星宮さんが子猫を拾うのを見かけた。
子猫は、痩せ細っていてすごく汚れていて。
子猫は必死に「ミーミー」と鳴いていたが、誰も助けようとはしなかった。何人か足を止める人もいたが、眉をひそめて何かいうと、また通り過ぎる。
俺も、同じだ。
前に猫を飼いたいと言ったが、両親にダメ出しされたことがあって、数分悩んだが、諦めて、その場を立ち去ろうとした。
すると、子猫の前で高級車が止まった。
車から出てきたのは、俺と同い年くらいの綺麗な黒髪の女の子。
その子は、何の躊躇もなく子猫を抱き上げた。子猫は、きっと臭くてノミとかもついている。
俺が数分悩んでも越えられなかった壁を、その子は、いとも簡単に乗り越えたのだ。
高校に入学して、その女の子がクラスメイトの星宮さんだと分かった。そして、俺は、星宮さんのことが好きになった。
最近は、お昼ご飯にさそわれたり、星宮さんに話しかけられることが増えた。目が合うと笑いかけてくれる。
前は決して手の届かぬ高嶺の花だったが、最近は、もう少しで手が届くのではと思ってしまうこともある。
まぁ、いまはリンネちゃんとの約束もあるが、それが終わったら、俺はどうしたいのだろう。
リンネちゃんに嘘はつきたくないので、星宮さんとのことも出来るだけ話すようにしている。
すると、リンネちゃんは、特に気にする様子もなく、背中を押すようなことを言ってくれるのだ。
「がんばれ」って。
たまに妬いているようなことも言うが……、それはきっと、偽装恋人の延長上かなと思う。
ちょっと寂しいけれど、俺がもし、星宮さんと付き合うことになっても、本気でイヤがることはないのだろう。
最初は、リンネちゃんに綺麗という印象しかなかった。でも。
毎日、一緒にお弁当を食べて。
ブタカフェでデートして。
公園でずっと笑い合って。
リンネちゃんと一緒にいると楽しい。また明日も一緒に居たいと思ってしまう。明日もいたら明後日も。1週間後も。1ヶ月後も。
そのうち、俺は勘違いして、おばあさんが亡くなっても、ずっと一緒に居たいと思ってしまうかも知れない。
俺は星宮さんのことが好きなのに、これはどちらにも不誠実なことだと思う。だから、リンネちゃんと仲良くなりすぎるのが怖い。
リンネちゃんは綺麗だ。純粋で裏表がない。
俺にはもったいない。俺はそんな子には釣り合わない。
もし、偽装恋人が終わって、俺がリンネちゃんを忘れられなくても、辛いだけなのだ。
でも、もし星宮さんと付き合ったら、リンネちゃんとは今みたいに会えなくなると思うと、胸が痛くなる。
星宮さんと付き合えるのは嬉しいけれど、悲しい。なんだか、すごく矛盾してる。自分で自分の気持ちがよく分からない。
リンネちゃんがこっちに寝返りをうった。
目が開いていた。
目尻が少し潤んでいるように見える。
リンネちゃんは起きてたらしい。
(胸、揉まなくてよかった……)
リンネちゃんは少し悲しそうな顔をすると、俺の二の腕のあたりに頬を擦り寄せて、口を開いた。
「結人くん。偽の恋人が終わったら、星宮さんと付き合って。……好きなんでしょ? 付き合わせてごめんね。わたしは大丈夫やから」
「え?」
あまりに脈略のない申し出に、俺は思わず聞き返した。リンネちゃんは言葉を続けた。
「でもね、わたしのカレのフリしてくれている間は、星宮さんより、わたしのことを見て欲しいんやよ」
「……うん。もちろん」
いま考えたって仕方のないことだ。
いまは、リンネちゃんを大切にしたい。
……。
……。
夢を見た。
リンネちゃんは、堤防みたいなところに座って、海のずっと、ずっと向こうを見ている。
やがて、風が止んだ。
夕凪だ。
昼から夜に変わり、陸風が吹きはじめた。
空のオレンジは海に伝わって、夜の帳がおりる。
それは寂しげで。
でも、美しかった。
なんで、あんな夢を見たのだろう。




