第19話 リンネちゃんの独り言。
はぁ……。
目の前で、結人くんが寝ている。
同じお布団なんて。
緊張しちゃって、眠れないよ。
わたしは、結人くんを起こさないように、モゾモゾと背を向けた。
することもないし、さっきからスマホをいじっている。
(あ、今日の分の日記を書こうかな)
わたしね。少し前から、スマホのアプリで日記をつけているんだ。
「今日は、結人くんのお父さんが酔っ払って、なぜか結人くんと一緒のベッドで寝ることになった。もっと色々話したかったのに、結人くんは、すぐ寝ちゃった。つまらない」
……「保存」っと。
まだ眠れそうにないし、わたしは、過去の日記を見て過ごすことにした。
5月のある日、日記には「柏崎くんと、恋人のフリをすることになった」と書いてあった。
結人くんと偽恋人になって、もうすぐ2ヶ月かぁ。はやいな。
彼氏役を結人くんに頼んだのは、本当に偶然だ。たまたま隣の席で、たまたま隣の家だっただけ。
どこかの小説のように、実は子供の頃に知り合っていたとか、実は結人くんを好きだったとか、そんな運命めいたエピソードはない。
ただ、おばあちゃんを安心させたくて、将来を考えている恋人がいると言ってしまって。たまたま、頼みやすかった男の子。それが結人くんなのだ。
だけれど、おばあちゃんと私達の間だけの内緒だった恋人の設定は、気づけばどんどん、その範囲が広がって。わたしたちは、いつも恋人の真似をして過ごすごとになった。
わたしは、こんなに長い時間を男の子と過ごしたことはなくて。最初は、ちょっとイヤだったけれど。
毎日、一緒にお弁当を食べて。
ブタさんのいるカフェでデートして。
公園でずーっと話をしたりして。
おばあちゃんに「凛音は、よく笑うようになった」と言われた。
結人くんといると、すごく楽しいし、安心する。もっと一緒にいたいし、そんな時間がずっと続くのも悪くないって、思うようになった。
こういうのって友情?
わたしは男の子の友達が少なくて、よく分からないから、ある日、吉川さんに聞いてみた。
「一緒にいるのが楽しくて、もっと一緒にいたいって思うのって、友情なのかな?」
すると、吉川さんの答えは意外なものだった。
「それは、恋心だよ。それって柏崎くんのこと?」
「いや、べつに……」
「まぁ、2人は付き合ってるから、当たり前か。わたしは、好きって、特別なことじゃなくて、ただ一緒にいると楽しくて、もっと一緒にいたいって思うことなのかなって」
吉川さんって、理想のタイプは年商百億とか言ってる割には、ちゃんと話すと意外にマトモなんだよなぁ。
でも、だとすれば尚更。
私達は偽の恋人なのだ。
あまり、深入りしないようにしないと。
偽の恋人になるまで、正直、結人くんにはあまり関心がなかった。だから、気づかなかったのだ。
結人くんは、いつも星宮さんを見ている。
星宮 深月。
わたしと違って、黒髪が綺麗な女の子。目も黒くてキラキラしている。お淑やかで、茶道部で、家もお金持ちらしい。ちゃんと皆と馴染める日本人な女の子。
結人くんと親しくなってから、結人くんは星宮さんのことを話す時はすごく嬉しそうで……、結人くんは星宮さんが好きなのだと気づいた。
ごめんね。結人くん。
好きな子がいるのに、偽の恋人なんて、イヤな役を頼んじゃって。もし、先に知っていれば、違う子にお願いしていたと思う。
今からすれば、それは寂しいことだけれど。
きっとそうしていた。
ごめん。
でも、おばあちゃんは信じ切ってるし、すごく結人くんのことを気に入っている。
だから、今更、他の子にはお願いできないの。
だから……、あと少しだけ。
わたしの我儘に付き合って欲しいです。
その間にわたしは。
今の楽しい時間は期間限定の夢だと、頑張って理解するから。
さっき、ご飯の時にナンパしてきた男の子に 「どこの国から来たの?」って言われた。
わたしはみんなと、髪の毛の色も目の色も違う。子供の頃からずっとわたしは別物だった。そんなわたしは、結人くんに釣り合わない。一緒にいたら、結人くんも変な目で見られちゃう。
だから、この期間限定の夢の後は、結人くんは自分の好きな人……星宮さんみたいな、皆んなに溶け込める女の子と付き合って欲しいです。
でも、もし、おばあちゃんが居なくなって。
わたし、1人ぼっちになって。
結人くんにも頼れなかったら。
少しだけ、辛いよ。




