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第18話 リンネちゃんはタコウィンナーが食べたい。

 夕食の時間になった。


 この旅館の夕食はビュッフェスタイルで、大人であればアルコールも飲み放題だ。レストランもいわゆる食べ放題という感じではなく、雰囲気が良い。ライブキッチンではコック帽のシェフが様々な料理を提供している。


 受付で名前を伝えると、窓際のテーブルに案内された。着席すると、システムについての簡単な説明があって、各々、自由に料理をとりに行くことになった。


 俺も好き勝手にまわろうと立ち上がると、右袖を引っ張られた。振り返るとリンネちゃんが袖を掴んでいた。


 「富士蔵いないから、心細い……」


 あぁ、そうだった。

 俺が富士蔵は置いてきなさい、と言ったんだった。


 家族の中に、部外者が1人だけなんだもんな。

 きっと心細いよね。


 「じゃあ、一緒にまわろうか」


 俺は、リンネちゃんとまわることにした。

 リンネちゃんは、俺の浴衣の帯の下のダブついた布を掴んでいる。


 小さな子供みたい。


 料理コーナーはかなり広く、一通り見るだけでも大変そうだ。

 

 どこからまわろうかな。

 和洋中、一通りの料理はありそうだ。


 「リンネちゃん、好きなものは?」


 「タコウィンナー」


 これまた拘りの強いとこきたね。

 

 「普通のウィンナーならありそうだけど」


 「たこ……」


 どうやらタコウィンナーじゃないとイヤらしい。……リンネちゃん、他に食べられるものはあるのだろうか。


 「他には、好きなものはないの?」


 「お肉」


 肉食系女子なのね。


 「他には?」


 「お魚と野菜……」


 なんだよ。心配させやがって。

 何でも食べられる健康優良児じゃん。


 リンネちゃんとフードコーナーをまわって、色々と取ってあげる。


 トングで置こうとすると、「ここ」とお皿の中で配置する場所を指定された。意外に細かいらしい。


 途中、お皿が足りなくなってリンネちゃんから離れた。棚にもなかったので、スタッフさんに頼んで出してもらい、数分して戻ると、リンネちゃんが見知らぬ男性グループに囲まれていた。


 大学生くらいだろうか。


 「おねぇさん。どの国から来たの? 可愛いーねっ!! 俺らと一緒にまわらない?」


 リンネちゃんは困っているようだ。


 それにしても、ここ旅館だよ? 

 1人で来てるわけないし、声かけるとか非常識すぎる。


 どこの大学か知らないが、偏差値低すぎだろ。

 とりあえず、声をかけないと。


 「あの、俺のツレに何か用事ですか?」


 すると、話しかけていた男は、俺を見るなり鼻を鳴らした。


 「これ、カレ? いや、……それはないか。バランスとれないし」


 こいつ、失礼なヤツだな。

 不釣り合いなのは自覚してるんだから、再確認させないでくれ。


 「あの、失礼じゃないですか」


 リンネちゃんは俺に気づくと、俺の後ろに隠れた。


 「あ?」


 男は眉を吊り上げた。

 可愛い子を前に、イキってるのだろう。


 異変に気づいた宿泊客が何人か足を止めた。

 皆、俺らの方を見ている。


 今にも喧嘩をふっかけられそうだ。

 やばい、どうしよう。



 「おにい大丈夫?」


 その声の主は結衣だった。

 結衣はらしくなく、俺の腕に抱きついてきた。


 「ちっ、しらけちゃったな。んじゃ、彼女、またね」


 男は気まずくなったのか、舌打ちして自分の席に戻って行った。


 「ごめん、結衣。ありがと」


 結衣はピースサインをした。


 気を取り直してライブキッチンにいくと、刺身をさくから切り分けていた。リンネちゃんは身を乗り出して見ている。やがて、切った刺身をお皿にのせてもらうと、嬉しそうに言った。


 「このおさかな、きときとやよ」


 アホに絡まれたが、楽しんでくれているようで良かった。


 それにしても、キトキトって何だろう。

 知らない言葉は、相手から学ぶのが言語学習の本来の姿だ。試しにキトキトを使ってみるか。

 

 「リンネちゃんもきときとやね」


 すると、リンネちゃんは赤くなった。


 「人にきときとって言わないし。わたし新鮮じゃないし」


 ほほぅ。新鮮という意味なのか。

 それはそれでアリな気はするぞ。


 「リンネちゃんはキトキト」


 「……なんか恥ずかしいよぉ」   


 ふふっ。

 リンネちゃんは、すぐに赤くなるから楽しい。


 「リンネちゃんは金沢にいたの?」


 「うん。小学校の途中まで金沢にいたよ。お母さんが金沢出身なんだ」


 「へぇ」


 一気にプロフィールを教えてもらうのもいいけれど、こうやって少しずつ知っていくのも悪くない。


 席に戻ると、俺ら以外の3人は既にテーブルに戻っていたので、俺らは結衣の横に座った。


 父さんはツマミ、母さんはサラダ、結衣はハンバーグやパスタを山盛りで持ってきている。


 さて、みんな揃ったことだし、大人組は生ビール。俺らはソフトドリンクで乾杯だ。 


 「かんぱーい」


 それからは、学校のことや普段の生活の話で盛り上がった。うちの家族は皆んな、リンネちゃんに興味があるようだった。父さんなんて、リンネちゃんが娘になる前提で、今後の人生プランを考えているらしい。


 さすがリンネちゃん。八方美人の達人。

 うちの家族にすごく気に入られている。


 ……偽カノが、良い子すぎるのも問題だよな。ビッチよりはマシだけれど。


 父さんはフリードリンクでテンションが上がってるらしく、ビールを水のようにガバガバと飲み続けている。


 (父さん、こんなに飲んで大丈夫なのか?)



 すると案の定。


 「おれ、ちょっと先に部屋に戻って寝てるわ……」


 と言い残し、父さんは先に部屋に帰った。

 

 おそらく、酔っ払いなりに、リンネちゃんの前で醜態を晒したくなかったのだろう。



 「はぁ。酔っ払いってイビキがうるさいのよ。ヤダヤダ」


 母さんは憂鬱そうだ。


 俺らはそのあと、しっかりデザートまで満喫し、途中で、ため息まじりの母さんと別れて部屋に戻った。


 「あれ。部屋の鍵どこに入れたっけ」


 俺らが部屋のドア前のアルコープで鍵を探していると、母さんが俺らの部屋に来た。


 「ねぇ。お父さん、部屋に居ないんだけれど……」


 え。大丈夫か? 泥酔で風呂に行ってひっくり返ったりしてないよな? 


 それか、まさか……。


 おそるおそる部屋のドアを開けると、「ぐおーっ」というイビキが聞こえた。


 ふすまをあけると、父さんが大の字になって寝ていた。


 「父さん、おきて!! ここ違う部屋だから」


 声をかけても揺すっても、父さんは全く起きる様子はない。


 「んじゃあ、そういうことで……」


 母さんは、父さんを置いて居なくなろうとしている。


 「ちょっと待ってよ。これ、どうすんの?」 

 

 俺がそう声をかけると、母さんはペロッと舌を出した。


 父さんを移動するのは無理だ。

 と、いうことは、部屋割りを変えないといけない。



 どうしよう。


 和室は、俺とリンネちゃんと爆睡父さん。


 いや、それはないわー。


 じゃあ、和室に俺、父さん、母さん?

 それか、父さん、母さん、結衣の組み合わせか。


 洋室は狭くてエキストラベッドを置けそうにないし、いくら女性でもダブルベッドに3人は厳しそうだ。それに、女の子同士といえども、初対面のリンネちゃんと結衣ってのはどうなんだろう。


 俺が困り果てていると、母さんが言った。


 「リンネちゃん。見ての通り、お父さん、和室から動かせなそうなの。リンネちゃんに洋室を使ってもらおうと思うんだけれど、一緒の部屋は、結人と結衣、どっちがいい?」


 リンネちゃんは、少し悩んで、俺を指さした。


 「結人ね。うん。付き合ってるんだし、そうよね」


 母さんは腕を組みながら、そう答えた。


 まぁ、そうなるわな。

 偽だが一応は彼氏なんだし。


 そんなわけで、俺はリンネちゃんと、ダブルベッドの洋室で一夜を過ごす事になってしまったのだった。

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