第17話 リンネちゃんは褒めて欲しい。
男風呂から出て部屋に戻った。
あの2人が出てきたら、どんなことを言われるのだろう……。
今から憂鬱だ。
はぁ。それにしても、肌が白いと、乳首というものはピンクになるらしい。おれは、今日また一つ、大人に近づいた気がするぜ。
それから20分ほどして2人は戻ってきた。
可愛らしい浴衣を着ている。
女湯は脱衣所に色んな柄の浴衣が置いてあり、好きなものを選べるようになっているらしい。
それに対して男の浴衣は、部屋にある一種類だけなんだが……男女の扱いに差がありすぎだろ。
(俺だって、かわいい浴衣を選びたいぃ〜)
結衣は紺地に白ユリの柄。
リンネちゃんは白地に桜柄の浴衣を着ている。
戻ってくるなり、結衣に睨まれた。
「おにい、最低。けだもの、ちかん、えろ!! 妹の……で欲情しやがって! この変質者」
まるで獣でも見るかのような目つきだ。
まぁ、実際に口でもケダモノと言われているが。
くそっ。
こっちからすれば、勝手に話し始めたのは結衣じゃないか。俺はむしろ、ハラスメントを受けた被害者なのだが。
お前の乳首の色なんて、知りたくもないわ!!
……そう言ってしまえれば、どんなにいいか。
だが、下手したら泣かれる気がする。
そして、泣かれた瞬間、善悪の基準は反転して、俺が完全に悪いことになるのだ。
だから、俺は反抗の言葉を、悔しさと一緒に飲み込んだ。
リンネちゃんは、……睨んではいない。
でも、頬が赤い。
「……エッチ」
その言葉にそこまで悪意を感じなかった。怒っているというよりは、拗ねているような。
悲しんでもいないようだ。
むしろ可愛い。良かった。
でも、なんで拗ねているんだろう。
結衣が言った。
「リンネちゃん、おにいで本当にいいの? 妹のわたしが言うのもなんだけど、こんな痴漢野郎より、もっと他に良い相手がいるんじゃないかなぁって」
ほんと、それな。
だが、痴漢については冤罪だがな!!
リンネちゃんは答えた。
「おにいで、じゃない。結人くんがいいの」
俺はドキドキしてしまった。
格助詞の「で」と「が」では意味が天と地ほど違う。リンネちゃんは、分かって言ってるのだろうか。
気を抜くと告白と勘違いしてしまいそうだ。
ふぅ。
ちょっと疲れたし部屋で休憩することにした。畳にゴロンと寝転んで横を見ると、テーブルの下から、リンネちゃんのくるぶしの辺りが見えた。白地の浴衣に真っ白な足首。はだけていて、膝上の方まで見えている。
……色っぽすぎる。
チッパイなのにこの色気。尋常じゃないぜ。
俺がじーっと見ているのも知らずに、リンネちゃんは体勢を変えた。すると、浴衣の裾がはだけて、真っ白な太ももが見えた。
えっ?
いま、パンツ履いていなかったような。
リンネちゃんと目が合った。
「リンネちゃん、下着きてる?」
俺が聞くと、リンネちゃんは不思議そうに答えた。
「え、だって。浴衣は下着は着ないでしょ?」
「いや、それってよくある誤解なんだけど、今は浴衣でも下着つけるよ。ないと透けちゃうし」
「……えっ?!」
やはり、下着をつけていないらしい。
俺は結衣の方を見た。
すると、結衣は急いで胸元を直した。
「こっち見るな!!」
結衣は真っ赤になっている。
どうやら、2人揃ってノーパンノーブラなようだ。
結衣はどうでもいいが、リンネちゃんは白地だからヤバいんじゃ。
俺はリンネちゃんの浴衣を、改めて見た。
すると、不思議と透けてなかった。
あぁ。なるほど。
リンネちゃんの場合、中身も色が薄いから透けないのか。
乳首もVラインも全然、透けていない。
ピンクの桜柄なのがいいのかも。
「大丈夫そうでよかった」
俺は言った。
だが、しかし。
「あ、やっぱ、ごめん。……大丈夫じゃなかったわ。結衣、乳首が透けてるぞ。茶……白い花の柄だしな」
すると、次の瞬間、視界に火花が散った。結衣のやつ、本当に湯呑みを投げやがった。
「死んだらどうすんだよ!!」
「うるさい、うるさいっ!! 茶色じゃないし!! マロン色だし!!」
結衣は涙目だ。
別に妹の乳首なんて、世界で一番どうでもいい情報なのだが。茶だろうがマロンだろうが、好きにしてくれ。
それにしても、こんなに怒っちゃって……自意識過剰なんじゃない?
「ま、どちらにせよ2人とも早めに下着を付けた方がいいぜ?」
「おにいは外に出ててっ!! それと振り返るな!!」
結衣に背中をグイグイ押され、俺は部屋から追い出されてしまった。
んだよ。
また悪者は俺かよ。
俺は富士蔵を抱きしめて、廊下でポツンとしていた。富士蔵は、部屋から追い出される寸前に、リンネちゃんが渡してくれたのだ。
リンネちゃん、やっぱ優しい。うちの妹と大違いだ。富士蔵を抱きしめると、リンネちゃんの匂いがした。
それにしても、リンネちゃん、上も下も透けてなかったなぁ。足を組み替えた時も、それらしいものは見えなかったし。
やはり、さっきの「すごい」っていうのは、すごいツルツルってことか?
まじか。
だったら、まじでテンションあがるわ。
もう学校で、隣の席のリンネちゃんの顔を直視できないかも知れない。
すると、風呂を終えた母さんが通りがかった。
「結人、何、締まりのない顔してんのよ」
「いや、……って訳でさ。部屋を追い出された」
俺は事情を説明した。
よくよく考えれば、母さんが結衣に下着のことを教えてくれていたら、こんなことは、そもそも起きなかったのだ。
「あ、あれ。本気にしちゃったのかしら」
母さんは言った。
「え?」
「結衣が、浴衣は下着を付けないの? って聞いてきたから、リンネちゃんもいるから、どうせ気づくだろうし、……面白いかなって」
「下着はいらないって言ったと?」
母さんは笑いながら手を団扇のようにパタパタとした。
「だって、普通すぐ気づくでしょ。スースーするし」
……この人が原因か!!
「リンネちゃんは素直の塊でできているんですよ? そんなの被害者が2人に増えるだけだし」
「あらまぁ、でも、結人が教えてあげたらいいじゃない。うふふ」
この人、完全に他人事だな。
奴らに教えてあげた結果が、廊下で富士蔵と過ごす、この情けない状況なんですけれど。
「そういえばさ。リンネちゃんが拗ねているんだけど、なんでだと思う?」
すると、母さんは口に手を当てて、大袈裟に驚いた。
「ホントに分からないのぉ?」
いるよねー。こういうどうでもいいことでマウントとりたがる人。分からないから聞いてるのよ。
「全く分からん」
「はぁ。……リンネちゃんに浴衣の感想を言った?」
「あ、言ってない」
透過の話しかしてないや。
「あのねぇ。女の子は、好きな人にはちゃんと自分のことを見て、変化に気づいて欲しいものなのよ」
ふーん。そんなもんかね。
でも、うちらは偽恋人だし、そもそも俺に言われても喜ばないと思うんだけど。
母さんは、「ちゃんと感想いうのよ」と言い残すと1人でラウンジにビールを飲みに行った。せっかくのフリードリンクなのに、1人でいくのか。
夫婦って、そんなもんなのかね。
富士蔵と待っていると、リンネちゃんが出てきた。母さんに言われたの試してみるか。
「リンネちゃん、浴衣似合ってる。おれ、ちゃんと見てるから」
すると、リンネちゃんは笑顔になった。
やはり、拗ねていた原因はこれだったらしい。
「ちょっと待ってて」
そういうとリンネちゃんは、富士蔵をひっくり返した。ビックリなことに富士蔵の尻側にはチャックが付いていたのだ。
さっきから持っていたのに全然気づかなかった。コイツ……ただの高いヌイグルミだと思ったら、高性能なのな。さすが3,776円。
リンネちゃんは、チャックを開けて富士蔵に手を突っ込むと、小さなチョコを出した。よくコンビニとかで一粒単位で売ってるやつだ。
リンネちゃんは、すでに富士蔵をオヤツ入れとして活用していたらしい。
「これ、さっき結人くんに買ったんだ。あげる♡ ふふっ。富士蔵のお尻から出た、わたしのきもち……」
リンネちゃんはニコニコしている。
富士蔵のお尻からでた(おそらく)茶色の物体……。
お尻からって、……おい、言い方!!
ま、嬉しいんだけどさ。
「ありがとう。でも、なんで?」
ホント、富士蔵のお尻から出てきたのが微妙。……もしかして、俺は今、地味に浴衣をスルーした仕返しをされているのか?
「なんでもいいの!! ありがたく受け取る」
「あぁ、ありがと」
包み紙を開けると、ホワイトチョコにピンクのハートがプリントされていた。
俺はチョコを口に入れた。
「美味しい?」
「うん。甘酸っぱいよ」
「そっか♡」
リンネちゃんから貰ったチョコ(富士蔵から出土)は、甘酸っぱいラズベリーの味がした。




