第16話 リンネちゃんは、お風呂に入りたい。
俺らの部屋は、3階の桜の間だ。
鍵には桜の花が彫られたキーホルダーが付いている。
鍵を開けて部屋に入った。
玄関の先は一段高くなっていて、奥は二間続きになっていた。その先の広縁には囲炉裏まである。部屋に踏み入れると畳のいい匂いがした。
正面には景色が見えていて、3人にしては、かなり広い。
(洋室は狭いらしいし、皆が集まるのは基本はうちらの部屋か)
ここの旅館は、過剰なサービスをしない方針らしく、仲居さんの案内はない。荷物を置くと、リンネちゃんがお茶を淹れてくれた。
我が愚妹は、普通に座っている。
……結衣には、リンネちゃんの外見よりも中身を真似て欲しい。
リンネちゃんがお茶を片付けていると、結衣は、荷物からトランプを出した。
おい、妹よ。
お前がすべきは、遊戯具を出すことよりも手伝うことなのであろう。
って、俺も座ってるし棚上げか。
「リンネちゃん、手伝うよ」
俺は湯呑みを受け取り洗った。
すると、結衣は、ひゅーっと口笛を吹いて「よっ、お二人さん、おあついねぇ」と言った。ほんとコイツは……。お前は、まず手伝え。
部屋にはそれぞれの荷物が置いてある。
リンネちゃんの荷物は、空気の入った浮き輪、イルカ、それに富士蔵があって、無駄に多い。
俺は小さなリュック一つだ。
すると、結衣が耳打ちしてきた。
「おにい、そんな小さな荷物一つでゴム入ってるの?」
……。
俺は結衣にデコピンした。
こいつ……。お茶も入れないくせに、余計なことばかり言いやがって。それに、お前がいたら、良い雰囲気になっても普通に無理だし。
俺は結衣の荷物の方をみた。
「お前こそ、勉強道具は持って来たのかよ」
結衣は鼻を鳴らした。
「わたしは、メリハリはっきりしたタイプなの。旅行の間は一切、勉強はしない!!」
……立派な心がけだが、こいつはいつも「おにいと話す時間は無駄、受験の邪魔でしかない」と言っている。旅行を満喫されたらされたで、ややムカつくのたが、気のせいだろうか、
一息ついて風呂に行くことにした。
ここのお風呂は男女どちらにも眺望のいい露天風呂があるらしい。すごく楽しみだ。
大浴場の場所は男女一緒で、紺色と朱色の暖簾で左右に分かれている。
「俺、風呂、大好きなんだよね」
すると、リンネちゃんも話にのってきた。両手を後ろで繋いで、お尻を向こう側に突き出している。
「わたしもお風呂大好き♡」
「ご趣味が合いますね、よければ今度、ご一緒しますか?」
「え? え? え?」
リンネちゃんは戸惑い、富士蔵を抱きしめた。
……つか、お風呂に富士蔵持ってきちゃダメでしょ。こいつ中に綿が詰まってるし、濡れたら一週間くらい乾かなくて、ほぼ確実に生乾きで臭くなるぞ?
「富士蔵、置いてきたら?」
「イヤっ。富士蔵は連れて行く」
まあ、どうしようとリンネちゃんの自由だけど。富士蔵の目はガラスみたいにキラキラしてるし、下手したら盗撮カメラと思われそう。
「殿」の暖簾をくぐると、俺は身体を軽く洗って露店風呂に入った。他に人は居なかった。露天風呂の枠と向こう側の海が繋がっているように見える。確かに絶景だ。
風呂でボーッとしていると、普段考えないことを考えてしまうものらしい。気づけば、リンネちゃんのことを考えていた。
リンネちゃんは良い子だ。
もう少し分析的に考えてみると……。
リンネちゃんの性格は?
八方美人だが、そこを越えれば裏表はない。不快になるような人の悪口も言わない。たまに「だら」と言っているが、ほぼ俺に対してのものだし、陰湿さはない。むしろ素直でピュアだと思う。
顔は?
俺の好みはさておき、一般的には、かなり可愛い。間違いなくうちの高校では、ダントツの一番だ。
身体は?
真っ白でスラリとしている。胸は小さい、身体のラインが女性っぽくて、貧相な感じはない。髪も艶々で、巨乳に拘らなければ、すごく良い身体だと思う。
うん。
客観的に考えて、極上の女の子だ。
極上の子が偽彼女。
これは幸運というより不幸だな。
リンネちゃんと比較したら、他の子は見劣りしてしまう。エッチなんてしてしまった日には、今後の俺の人生は、きっと不能になるだろう。
仮に万が一本当に付き合うとしても、俺とあまりに釣り合いが取れていない。だから、失うのが怖くて、俺は嫉妬に狂ってしまうかも知れない。
恐ろしい……。
一歩、踏み入れたら沼だぜ。
お近づきになりすぎないように、くれぐれも気をつけねば。
すると、女の湯から声が聞こえてきた。
結衣の声だ。
「リンネちゃんの乳首、綺麗なピンク。可愛い」
するとリンネちゃんの声も聞こえた。
「結衣ちゃんこそ、中学生なのに大きいし形も綺麗」
「わたし、自分の乳首の色が好きじゃないんだよね。くすんでいるというか……」
俺はなぜか男湯にいながら、リンネちゃんと妹の乳首の色を知ってしまった。ピンク……やばい、想像してしまう。本気でダブルベッドじゃなくて良かった。
それにしてもコイツら。
丸聞こえで、乳首カラー暴露大会になっている事実に、絶対に気づいてないよね。
他の人が入ってきたら、大変なことになるぞ。
やはり、教えてあげるべきだよな……。
できれば、自分で気づいて欲しいのだけれど。
「ごほん、ごほん」
俺は2、3回、咳払いをした。
頼む、気づいてくれ。
俺の願いも虚しく、結衣の話は続いた。
「……で、わたし下の方も脱毛したいんだよね。リンネちゃんは下の方……すごい……」
すごいって、なんだ?!
どうすごいのか具体的に言ってくれ!!
気になって、10日間くらい不眠症になりそうなのだが。
それにしても、やばい。
この先は、本気で聞いてはいけない気がする。
くそ、くそっ。
結衣のせいで、余計に声をかけづらくなったじゃないか。
今更、声をかけたらどんな反応をされるか……。
いや、俺が犠牲にさえなればいいのだ。
俺は勇気を振り絞った、
「おーい、お前ら。全部、聞こえてるぞ」
すると、結衣の声がピタッと止まり、数秒後に風呂桶が飛んできた。
「おにい、変態っ。信じられないっ!! リンネちゃんも、何か言ってやって!!」
「だらぶちっ!!」
くそ。
俺は身を挺してお前らを守ったんだぞ!!
少しすると、全部は聞き取れないが何か悪口らしいものが聞こえてきた。変態だのエロだの、シスコンだのの単語が聞こえてくる。
理不尽だ。
リンネちゃんも思いっきり俺の悪口言ってるし。
他人の悪口言わない女の子のハズなのに……前言撤回します!!




