第15話 リンネちゃんは富士山がほしい。
リンネちゃんと目が合う。
すると、何故か目尻に涙をためていた。
「どうしたの? まだ気持ち悪い?」
「ううん。せっかく誘ってくれたのに、こんなでごめんね」
こんなことで泣いちゃうとは。
俺の偽彼女は、どんだけピュアなのよ。
「いや、旅行に来てくれてありがとう。お土産屋さんに行ってみない?」
リンネちゃんとサービスエリアのお土産屋にいくことにした。
「みんなは?」
リンネちゃんは、キョロキョロしている。
「みんなはフードコートだよ」
「結人くん、食べなくて良いの?」
「リンネちゃん、食べたらヤバいでしょ?」
「付き合わせちゃってゴメン」
「あ、いや。俺も腹減ってないし。旅館でいっぱい食べるから」
リンネちゃんは笑顔になった。
店内を物色していると、リンネちゃんが立ち止まって何かをジーッと見ている。
視線の先には、富士山のぬいぐるみがあった。まさかの本当に山の形をしているぬいぐるみだ。
数多の動物達を差し置いて、地形のぬいぐるみとは、かなり攻めてると思う。
ちなみに、一応、目や手足あるが、正直、可愛いくない。しかも、無駄にでかい。
「ほしいの?」
「別に……」
リンネちゃんは富士山を凝視している。
俺はぬいぐるみを手に取ると、レジに持って行った。
「いや、いらないから」
リンネちゃんは言ったが、きっと嘘だ。
だって、さっき物欲しそうに見てたし。
店員さんがバーコードを読みとった。
「3,776円になります」
意外に高い。
値引きして3,776円ならまだわかるが、定価って普通もっとキリのいい金額なんじゃないの?
めっちゃ刻んできてる。
するとリンネちゃんが口をワァと開けた。
「富士山の高さだ♡」
富士山って3776メートルなんだっけ?
言われてみればそんな気もするけれど、ピンポイントすぎて一部の人にしか刺さらんよ。
ま、現にここに刺さっている人がいる訳だが。
フォルムも価格も、マニア向けすぎるぜ。
「どうぞ。もしいらなかったら、捨てちゃってもいいし」
おれはそう言って渡した。
すると、リンネちゃんは、ぷーっと頬を膨らませた。
「捨てる訳ない。富士蔵、ずっと大切にするもん」
大切にしてくれるなら、もっと可愛いぬいぐるみを選んで欲しかったのだが……。
ところで、富士蔵って誰?
リンネちゃんは、さっそく変な名前を付けたらしかった。ニックネームが漢字とは、なかなかに硬派だ。
すると、リンネちゃんが手を繋いできた。
指を組み合わせる恋人繋ぎだ。
「リンネちゃん、ここには知り合いいないし、フリしなくても大丈夫だよ?」
リンネちゃんは口を尖らせた。
「だら……」
え、なんで?
なんか怒られたんだけど。
女の子はよく分からないや。
休憩の後は、リンネちゃんを後部座席の窓際に座らせて、窓を開けた。
すると、風が顔に当たるのが嬉しいらしく、リンネちゃんは、「わー」と声を出したりして遊んでいた。
インターを降りて海岸沿いを30分ほど走ると、旅館が見えて来た。
「わぁ」
後部座席の3人は思わず声を上げた。
父さんが奮発してくれたらしく、思ったより豪華な旅館だったのだ。旅館は立派な門構えで、屋根には黒い瓦がのっている。扉の右側には古木の杉を彫った大きな看板がかかっていた。
あらゆるものが物珍しいらしく、リンネちゃんは、家族の中でダントツにはしゃいでいた。
連れて来た方は、大袈裟に喜んでくれるくらいがいいらしく、両親は「連れて来て良かった」という顔でその様子を眺めている。
フロントで受付して、鍵を1つ渡された。
「結人と凛音ちゃんは、この鍵ね」
この鍵ねって……。
俺とリンネちゃん、同じ部屋なの?
「いや、さすがに同じ部屋は」
「2部屋しか取れなかったの。広めの和室とダブルの洋室。あんた達、どうせ結婚するつもりなんでしょ?」
しかも、ダブルベッドかよ!!
よく、男女が友人同士なのに布団がくっつけて敷かれちゃって、後から離すというシーンを見るが、……ダブルベッドは物理的に分離不可能だ。
最悪、真ん中に富士蔵を設置するか。
しかし、残念なことに、富士蔵はすぐに転ぶぞ?
やはり、ダメだ。
「いや、そうなんだけど、さすがにダブルベッドは……」
「木之下さんのおばあちゃんも良いって言ってたし。凛音ちゃんはいい?」
リンネちゃんは、ちょっと考えて、ギュッと富士蔵を抱きしめて答えた。
「……結人くんがイヤじゃないなら」
え。
拒否しないの?
信用されているのかな。
それとも、チャリの鍵サイズだから、無害と思われているの知れない。
でも、ダメでしょ。
色々と我慢できる気がしない。
初体験が偽カレなんて、リンネちゃんにも申し訳なさすぎる。
「いや、ごめん。ちょっと厳しい」
俺の顔を見ると、母さんは、特大のため息をついた。
「ったく、仕方ないわね。お父さんイビキうるさいし、一緒に寝るのイヤなんだけど……」
結局は父さんと母さんさんがダブルの洋室になった。母さんは本気で嫌がってる。
……ウチの両親、大丈夫なのか?
実は仮面夫婦だったりしないよね……。
ってことは、俺と結衣とリンネちゃんで和室か。リンネちゃんだけ1人って訳にもいかないし、まあ、妥当なところか。
チェックインが済むと、夕食まで解散になった。
俺はリンネちゃんと、ラウンジに行くことにした。この旅館はドリンクインクルーシブで、館内の飲み物と軽食が自由に飲食できる。
リンネちゃんは席を確保すると、富士蔵を横に置いた。すると、富士蔵はすぐに転んで、リンネちゃんは何回か位置を変えたが、結局は諦めて転がったまま放置した。富士蔵は安定感抜群な台形のくせに、余計な手足がついているせいで、すこぶる不安定だ。
高い割に低性能すぎるだろ。
俺はコーラ、リンネちゃんはオレンジジュースを注いでソファーに座る。すると、リンネちゃんがどこからかピザを持って来た。
「これ、ハチミツかけるみたいだよ♡ 結人くんも食べる? はい、あーん」
フリをするということは……うちの両親がいるのかと思ったが、いないようだった。
リンネちゃん、すっかり彼女モードなんだけど、どういうつもりなのだろう。
「リンネちゃん、今はフリしなくても大丈夫だよ?」
「旅行の間はするの。ほら、いつどこで誰が見てるか分からないし……」
旅行の間ずっと……、あぁ、それでさっきはダブルルームを了承したのか。まぁ、伊豆まで来て、誰かに会うとは思えないのだが。
「だから、ほら、あーん」
リンネちゃんは、再びピザを差し出した。
「あーん」
正直、緊張でピザの味なんて分からなかった。
だが、今日、俺の人生初の「あーん」の相手は、目の前にいる銀髪碧眼の美少女になった。
リンネちゃんはパクパク食べている。
「結人くん、これ焼きたてなんだって。美味しいね」
「……そんなに食べてると、夕食を食べれなくなるぞ?」
「お昼も食べなかったし、これからプールにいくから大丈夫……げふ」
ゲフとか言ってるし。
リンネちゃんは既に満腹らしい。
ちなみに、この後、プールには行かなかった。
せっかく水着に着替えたのに、リンネちゃんは直前になって、脱衣所から出てこなくなった。そして、水着姿を見せられないから今日は行かない、と言い出したのだ。
……リンネちゃんの水着姿、見たかったな。




