第14話 リンネちゃんは車に弱い。
車では、前に両親。
後ろの席には、俺、リンネちゃん、結衣が座っている。
結衣は、リンネちゃんに興味津々らしい。
「リンネちゃんは、どこで生まれたんですか?」
「んー。イギリスだよ。お父さんがイギリス人なんだ。そのあと、小さな頃は金沢にいたよ」
俺も知らない新情報だ。
木之下さんだし、実は日本生まれの日本育ちなんじゃないかって思ってた……。
「すごい。うちのお父さん、ザ•日本人って感じだもん。超、羨ましいです」
「そうかな。わたしは、結人くんのお父さん、優しそうで素敵だと思うけれど」
ここからじゃ、父さんの顔は見えないけれど、きっとニヤニヤしているんだろうなあ。
「リンネちゃんは、おにいのどんなとこが好きなの?」
「……え?」
素で答えに困ってるようだ。
リンネちゃんは、しばらく考えると答えた。
「いつも、わたしのことを考えてくれることかな?」
前は、取り柄がないところが好き、みたいなこと言われていたので、それよりはマシになっているらしい。いまだ文末に「?」はついているが、とりあえずは及第点だろう。
「……ふーん」
結衣は不満そうだ。
ま、いかにもな回答だしね。
「じゃあ、趣味とかは?」
「んー、これといってないのだけれど、お料理は好きかな。あと、アニメも少し」
その後は、アニメ談義で盛り上がっていた。
少しじゃなくて、実は相当に好きみたいだ。
会ったばかりの結衣が新情報を聞き出すとは。おれ、リンネちゃんのことをあまり知らないんだなぁ。
車は高速に乗った。目的地までは、3時間くらいの予定だ。
そこで新事実が分かった。
リンネちゃんは、すごく車に酔いやすいらしい。
高速にのってしばらくすると、リンネちゃんが無口になった。話しかけても反応が悪いし、顔色が悪い。色白のせいで余計に顔色が悪く見える。
「大丈夫?」
「大丈夫じゃないかも……うぷ」
母さんが後ろに振り返った。
「それ、きっと車酔いよ。次のサービスエリアで休みましょう」
「すみません……」
サービスエリアは山間にあり、空気が美味しい。きっとマイナスイオンが出てる気がする。
車から降りるとリンネちゃんは、深呼吸をした。
「リンネちゃん大丈夫?」
おれが聞くと、リンネちゃんは手を押さえた。
「う…ぷ…トイレいってくる……」
マイナスイオンで簡単に治る状態ではないらしい。さっきまでイルカをもってはしゃいでた元気な姿は、見る影もなかった。
しばらくすると、リンネちゃんは戻ってきたが、分かりやすくフラフラしている。あ、足を踏み外した。
「ちょっと、あぶな……」
思わず、リンネちゃんの肩を抱いてしまった。
柔らかくて華奢な肩。フワッとシャンプーのいい匂いがした。
(初めて抱いた女の子の肩がゲ◯の匂いじゃなくてよかった)
俺は、そんなどうでもいい安堵感を覚えつつ、リンネちゃんをベンチに座らせた。
「ちょっと待ってて」
ジンジャーエールを買って、リンネちゃんに渡した。どうやら、車酔いには生姜がいいらしい。俺が横に座ると、リンネちゃんは、力なく言った。
「ありがと……あの、膝を借りてもいい?」
膝を借りる?
どういう意味だろ。
聞き返す間もなく、リンネちゃんはコテンと俺の太ももの上に寝転んだ。
通りがかる男性何人かにジロジロみられた。大学生くらいのグループの中の1人は、露骨に一瞬立ち止まって言った。
「なに、あの子。めっちゃ可愛くない? 金髪だよ。目も青い。うわ、まじで羨ましい」
リンネちゃんは弱っているのに、空気読めないヤツに腹がたった。だから、俺はリンネちゃんを俺の身体の方に向けた。
「どうしたの? 結人くん。もしかして、守ってくれようとしてる?」
「だって、こんなに辛そうなのに、面白半分で見られるのイヤじゃん」
「わたし、慣れてるから大丈夫だよ?」
奇異の目にさらされることに慣れてしまったというのだろうか。リンネちゃんがこれまで経験してきた事を想像したら、俺は少し悲しくなった。
「慣れたって大丈夫じゃないよ」
「……ありがと。結人くんにそう言ってもらえると嬉しいかも」
リンネちゃんは微かに笑った。そして、甘えるように俺の太ももに顔をなすりつけて来た。
俺は短パンなので、リンネちゃんの髪の毛が直に触れてこそばゆい。そのうち、リンネちゃんのアゴが、俺の股間のあたりに何度か当たった。
(ヤバい、股間が刺激されてる)
すると、リンネちゃんが言った。
「結人くん、ポケットに何か入れてる? 顔に硬いのが当たってる……」
……当たってるのはアレです。
(弱ってる子相手に、ほんとごめん)
俺は心の中で何度も謝った。
でも、コントロールできないのよ。
悪いのは全部、この若い身体なんだ。
「あれ? これ……何か温かいような」
リンネちゃんは不思議そうに、そう言った。
これ以上刺激されると、短パンの隙間から飛び出して「こんにちわ」なんてことになりかねない。
この状況から離脱しないと。
「もう治った?」
俺はリンネちゃんの身体を起こした。
すると、リンネちゃんはむくれた。
「もうちょっと甘えたかったのに……」
「……ごめんね」
切実な理由があったんだよ。
「あ、重かったのかな? ごめん」
リンネちゃんは全く気づいていないらしい。
そっち方面に無知で、本当に良かった。
リンネちゃんは言葉を続けた。
「あ、ポケットの当たったから気にしてる? 大丈夫だよ。すごく小さかったし。自転車の鍵か何かでしょ?」
「……」
(すごく小さかった……? 俺のライバルは自転車の鍵?)
無知は人を傷つけるっていうが、どうやら本当らしい。現におれ、メッチャ傷つけられてるもん。
……節操のない俺のチャリの鍵が悪いのだけれど。
あ、でも、さっきのって、いわゆるBだよね?
うちらの関係は、意図せずそして無自覚に、また一つ進んだらしい。




