第12話 リンネちゃんは夢を見る。
次の土曜日、母さんに叩き起こされて、家の前の掃除をするように言われた。
寝過ぎた。頭が痛い……。
今日、変な夢をみた。
思い出しただけでも、どうかと思う夢。
リンネちゃんが俺の嫁で、俺は小さな女の子と手を繋いでいる。夢の中のリンネちゃんは、今よりも鮮やかな金髪の巨乳で、俺の腕に抱きついてきて言うのだ。
「ねぇ、そろそろ2人目欲しくない? ♡」
あの子は友人で、俺は頼まれて恋人のフリをしているだけ。好みじゃないけど、俺とは不釣り合いな可愛い女の子。
はぁ、なんであんな夢を見たのだろう。
背の低い箒と塵取り持って掃いていると、物音を聞きつけたらしく、小梅ばあちゃんが出てきた。
「おはよう。結人くん。この前は、ジャージありがとね」
あっ、ブタのときに貸したやつのことか。
「あ、いえいえ。こっちこそ、すいません。あの後、リンネちゃん落ち込んでませんでしたか?」
「逆よ。瞳と髪を褒められたって、ご機嫌だったわよ。さすが彼氏さんね」
「どうして、さすがなんですか?」
「今までのあの子だったら、髪や瞳の色を褒められても嫌がったと思うもの。でも、結人くんに褒められるのは嬉しいみたい」
「そんなもんですかね」
「だから、もし、わたしが居なくなっても、あの子を頼むわね」
引き受けるのは無責任で、ちょっと心が痛むけれど。たとえ、恋人じゃなくても、支えることはできるし。
「……はい」
おれは、そう答えた。
「あ、それとね。今朝、凛音ちゃん、結人くんよ夢をみたそうだよ」
「えっ。実は俺も」
「ふふ。夢でもデートしてるのね。仲がいい事」
すごい偶然だ。
まさか、同じ夢をみていたりはしないよな。
家に戻ると、今度は母さんに声をかけられた。
「リンネちゃんのことで、お話があります」
俺は結局、家族にリンネちゃんを普通の彼女と紹介したのだ。詳しい事情を説明しようとも思ったが、うちは家族全員の口が軽いし、隣人ゆえに、いつどんなキッカケで漏洩されるかも分からない。
それで、何のお話なんだろう。
テーブルに座ると、みんな集まってきた。
父さんはお茶をすすると、言った。
「それで、リンネちゃんとは、うまくいってるのか?」
「え、あっ。まあ、普通かな」
母さんが割り込んできた。
「あんたね。分かってるの? あんたにあんなに可愛い彼女ができるなんて、今後もう二度と、天地がひっくり返っても起きない奇跡なのよっ!! 絶対に手放しちゃダメ」
手放すもなにも、元から俺のモノなんかじゃないし。それに、確かに本物の彼女なら奇跡的だとは思うけれど、さすがに天地の例え話まで持ち出されると、俺へのあまりの低評価に、若干、へこむんだが。
あー、もう。こうなるから言いたくなかったんだよ。
「いや、特に喧嘩もしてないし。心配には及ばないっていうか」
「来週に行く予定の家族旅行。リンネちゃんを誘いなさい!!」
おいおい。
無理いわないでくれよ。
「いや、普通に来ないでしょ」
「なんでぇ? 彼女なんでしょ? リンネちゃんが来てくれないとイヤだぁぁ。あのねぇ。こういうのは、家族ぐるみで外堀を固めた方がいいのよ。……逃げられないように」
イヤだぁぁって、おのれはガキか。
最後のフレーズ、普通に怖いし。
「まあ、声はかけてみるけど。期待はしないで」
来るはずないし。
昼飯を食べて、リンネちゃん家のインターフォンをおす。
「リンネちゃん。今日の分のデートいくぞ〜」
すると、タタッと足音が聞こえてきて、ドアが開いた。リンネちゃんだ。
「なんか部活行くぞ〜みたいなノリなんだけど」
「実際、そういうノリじゃん」
「だら」
そう言うと、ドアを閉められた。
なんなんだよ。あの態度。ほんと。
俺は知っているぞ。
俺は今、バカと言われたのだ。
こんな調子じゃ。
旅行なんて絶対、断られるでしょ。
10分ほどすると、リンネちゃんが出てきた。
涼しげな白と水色のワンピースがよく似合っている。態度が悪くてムカつくけれど、相変わらず可愛い。
5分ほど歩いたが、リンネちゃんは、やはり元気がない。
「なに? なんか機嫌悪くない?」
「だって、あんな夢見ちゃったし」
「どんな夢?」
「言わないっ!! だら、だらっ!! だらぶち」
今日のリンネちゃんは、すこぶる機嫌が悪い。
「言ってくれねーと分からないよ」
「義務みたいにデートされるのイヤ」
いや、だって。
実際に義務じゃん。
でも、それだけじゃない。
おれはここ最近の日々を気に入っている。
「義務だけど、悪くないって思ってる。小梅ばあちゃんが、ずっと元気だといいなって」
「ふんっ。そんなにいうなら、モテない結人くんのために、仕方ないから付き合ってあげる」
いつの間にか、俺が付き合ってもらっていることになっているぞ。
ま、いいか。
あ、旅行のこと。
忘れる前に聞いておくか。
旅行なんて、完全に偽装彼女の範囲をこえている。どうせ、断られるのだ。
「あのさ。来週、伊豆の方に家族旅行にいくんだけど。よかったら、一緒に来てくれないかな。その、両親が、ぜひ、リンネちゃんも誘えって」
「あのね。結人くんも、わたしの夢を見たんでしょ?」
会話の繋がりが見えない……。
「うん」
「どんな夢みたの?」
「え? ちょっと言いにくいというか。怒らない?」
「うん。教えて」
「リンネちゃんが、俺の奥さんになってて、子供を連れてる夢」
これ、絶対にドン引きされるよね。
だが、リンネちゃんは手を繋いできた。
おれもいつものように、握手のように握り返す。
「……あのね。ご両親の前でも、こんな繋ぎ方するつもり? 怪しすぎるんだけど」
「どういういみ?」
「にぶちん」
そういうと、リンネちゃんは握手した手を外して、互い違いに指を組み合わせるように握ってきた。
「これって?」
これって、恋人繋ぎなんじゃないの?!
リンネちゃんは、少し拗ねたような顔で見上げてきた。心なしか、頬が赤い気がする。
「こうじゃないと、不自然に見えちゃう。いまから練習」
「んで、旅行は?」
「へしないわ」
「え?」
「だから、さっきから行くって言ってるじゃん!!」
なんか、また怒られたし。
返事された覚えが全くないのだが。
……女の子って、よく分からない。
ちなみに、後から調べたら「へしない」とは「待ち遠しい」という意味らしかった。




