第11話 リンネちゃんはブタが好き。
吉川さんは言った。
「リンネ。あんた達、放課後デートとかしないの? いつも直帰してるみたいだけど」
「そ、そんなのするに決まってるじゃん。もともと予定してたし!!」
リンネちゃんは、今回もあえなく吉川さんの誘導に引っかかった。ってことで、俺は今、リンネちゃんと駅に向かって並木道を歩いている。
「買い物があるから付き合って」とのことだった。
俺とリンネちゃんは、学校まで徒歩圏内なので、一緒に駅周辺に来たことはない。いつも一緒に帰って、時々、家の周辺で会うくらいで、こういうのは、少し新鮮だった。
駅までの並木道を一緒に並んで歩く。
すると、俺は改めて実感した。
やはり、リンネちゃんは超美少女なのだ。
だって、すれ違う男性がほぼ100%振り向くんですもの。
まあ、それはそうか。リンネちゃんは、銀髪碧眼だが、モデルのような綺麗さというよりは、アイドルや女優さんのような可愛らしい顔をしている。たぶん、日本人受けのする顔立ちなのだ。
はぁ。
絶対に「釣り合わない」とか言われてる。視線が痛すぎて、穴があったら入りたい。
ところで、リンネちゃんは容姿についての自覚がないらしい。リンネちゃんと話すようになって気づいたのだが、自分で美少女とか言ってる割には、自己評価はそんなに高くないのだ。
むしろ、実際の美貌からしたら、かなり評価が低い気がする。
前にリンネちゃんは「ハーフって言われるのは好きじゃない」と言っていた。
「貴女は日本人じゃない」と言われている気がして悲しくなるらしい。もしかすると、真珠のように美しい銀色の髪も、海みたいにキラキラしている深く青い目も、リンネちゃんにとっては、コンプレックスそのものなのかも知れない。
変に八方美人なのも、そういうコンプレックスが関係しているのかなぁ、と思ってる。
ん?
額に水滴が当たった。
雨だ。
リンネちゃんは空を見上げて言った。
「わー。雨だぁ」
「傘は?」
「持ってない」
朝の天気予報。
降水確率100%だったんだけど。
どうやらリンネちゃんは、そういうのに頼らない派らしい。
「傘、一緒に入る?」
そう言うと、リンネちゃんは頷いた。
駅までの並木道を一緒に歩く。
あいあい傘効果だろうか。
なんだかいつもより距離が近い。
雨脚が強くなってきた。
俺の傘は折り畳みで、大きくない。さっきから繊細に位置を調節しているが、どちらかの肩が濡れてしまう。
このまま歩かせるのはちょっと……。
足をとめると、ちょうどカフェがあった。
こんな店、あったっけ。
すると、リンネちゃんが声を上げた。
「あ、この店、新しくできたんだよ。ブタカフェなんだって。最近は小さいブタが流行ってるみたい」
「へぇ。飲食店に動物か。大丈夫なのか?」
「デートっぽいし。ここで写真とったら、吉川さんも納得すると思う。はいろ?」
中に入ると、ブタの写真がたくさん貼ってあって、好みのブタを選べるようだった。何枚かの写真には「ただいま接客中」、「今週のNo. 1」などのシールが貼ってある。
なんだか、ホストクラブみたいだ。
なにやら、「トイレの管理も細かく行なっているので、粗相の心配はありません」と書いてある。生物相手で言い切るなんてすごい。よほどの自信があるのだろう。
リンネちゃんは、どのブタにも興味津々らしく、すごく迷っている。
(動物好きなのかな?)
「このブタなんてどう?」
そう聞くと、リンネちゃんは腕を組んで悩んだ。そんなに一生懸命になるほど、好きなのか。
うんうん。
思う存分、選んでくれ。
すると、リンネちゃんは呟いた。
「この子よりこっちの子の方が、ちょっと美味しそう。あ、こっちはイベリコ的な。お腹が空いてきた……」
ん?
美味しそう? 空腹?
可愛いの間違いじゃないの?
年頃の女の子が、生きてるミニブタをみてお腹を空かせちゃダメでしょ。
そんな見られ方をして、ブタが可哀想だ。
キリがないし、俺が選ぶことにした。
「もう、いいよ。俺が選ぶ。この、ピギ郎ってのにしよう」
「ピギ郎だって、へんな名前!!」
そう言いつつも、リンネちゃんはご機嫌だ。
ブタを膝の上で抱いて、席に座っている。
ワンドリンク制らしく、ジンジャーエールを2つ頼んだ。
「ピギーッ!!」
さっきから、ピギ郎が騒いでいる。
「なんで、わたしに懐かないんだろう……」
リンネちゃんには心当たりはないようだったが、きっとお肉とか言ってるから懐かないのであろう。
あー、店内はジメジメしていないし、快適だ。ブタ達も訓練されているのか、人間の邪魔をしないようにしてくれている。
さっきの話だが、銀髪も碧眼もリンネちゃんの個性なのだと思う。物珍しいんじゃなくて、純粋に綺麗だと思うんだけど。
うん。異性として可愛いんじゃなくて、性別関係なく、美しいと思うのだ。美しいんだから、自信を持って欲しいし、伝えるべきだ。
うちら、Bまでいった関係だし?
きっと思ったことを伝えても、大丈夫なはず。
「リンネちゃん」
「なに?」
「リンネちゃんの髪の毛の色、シルクみたいに艶々してて、すごい綺麗だと思う。それに瞳も澄んだ海の色みたいで、すごく好き」
リンネちゃんは黙った。
そして、少しの間をおいて顔が真っ赤になった。色白だと、こういう時にプライバシーが筒抜けで大変そう。
「あの、それって口説いてる?」
「あ、いや。ほんとに綺麗だなって。えと、偽だけど、こういうの伝えるのは彼氏の役割かなって」
「ふぅーん。偽カレなのに勤勉だぁ。……じゃあ、素直に受け取っておく。ありがとう♡」
リンネちゃんは笑顔になった。
あれ、今日のリンネちゃんは素直だ。
「ピギーッ!!」
すると、なぜか激昂したピギ郎がお尻を振り出した。
ぷりぷりっ。
「結人くん……、ピギ郎にうんちされた……」
見てみると、ピギ郎がいた場所は糞まみれだ。リンネちゃんのスカートとシャツが汚れてしまっている。なかなかに酷い状況だ。
店員さんに何度も謝られたが、仕方のないことだし、俺らはそのまま外に出た。
小雨になったが、まだ降っている。
どうしよう。
このまま歩いて帰らせる訳にもいけない。
リンネちゃんは泣いてしまっている。
「どうしよう。とりあえず、汚れをどうにかしないと」
すると、リンネちゃんは俺の頭上を指差した。
振り返ると、そこはラブホだった。
このへんに、こんなんあったっけ。
「あれ、新しくできたみたい……。あそこならシャワーあるかな……」
……。
「あのなぁ。あそこがどういう場所かわかってる?」
リンネちゃんは頷いた。
「結人くんは、わたしのイヤなことしないでしょ?」
ほんと、へんに信用されてるのも考えものだ。
いや、単に男として見られていないだけか。
それにシャワー浴びたとしても、その後、服もないしどうすんよよ。
家も近所なんだから、お金ももったいないし、そもそも制服で入れてもらえるのかも怪しい。
俺はタクシーをとめると、ドライバーさんに事情を話して、乗せてもらうことにした。リンネちゃんには、俺のジャージの上着を着てもらっている。これなら、車のシートを汚すこともないだろう。
リンネちゃんは俯いた。
「あのね、ごめんね」
「リンネちゃん。買い物は、また今度いこう」
「うん……。ありがとう」
リンネちゃんは、俺の手の上に手を重ねてきた。心細いのだろうか。
でも、リンネちゃんの手は、砂遊びの後の子供のようにガサガサだった。
(おててが糞まみれ……)
そう思ったけれど、言わないのが紳士だろう。
次の日、リンネちゃんはいつも通りだった。
でも、少し違うこともあった。お弁当にはハンバーグが入っていたのだ。蓋にへばりついているが、ハートマーク(?)のケチャップがかかっている。
「ハンバーグは初めてじゃん。嬉しい」
あっ、もしかして?
昨日のお礼のつもりなのかな。
俺の顔を見ると、リンネちゃんは笑顔になった。
「前に好きって言ってたでしょ? 今日は特別♡」




