第1話 リンネちゃんはみんなに優しい。
新連載です。よろしくおねがいします(*´꒳`*)
恋人すなわち「彼女」とは、ある日、突然、嵐のように。……望みもしない形で発生するものらしい。
俺は柏崎 結人。
彼女いない歴15年の15歳。
私立 成奈学園に通う高校一年生だ。
そんな俺は今、隣の席の女の子に困っている。彼女の名前は、リンネ•アンダーウッド。
誰にでも人当たりのいい、いわゆる八方美人の女の子。
銀髪碧眼のハーフ。目はパッチリ二重で大きい。髪はロングで一纏めにして肩から前に下ろしていて、ブレザーの制服が異様に似合っている。
噂では、お父さんはイギリス人で、中学までロンドンに居たらしい。でも、気取っていなくて人懐っこい。可愛さも相まってクラスの人気者だ。
ただ、この子。
人当たりが良すぎて、天然のクイーンビーなのだ。俺は、勘違いして撃沈したヤツを何人も見てきた。
「リンネさん、付き合ってください!!」
「えーと、わたしそういうのまだ早いっていうか。ごめんね♡」
ほらね。
これが日常なのだ。
今日もまた、目の前で茶番劇が繰り広げられている。毎日、こんな調子なのである。
何が困っているのかって?
たしかに、有象無象が何人フラれようが、俺には関係がない。
でも、リンネちゃんを見ていて、あることに気づいてしまったのだ。
「……だらぶち」
ほらね。今回もやっぱり言った。
リンネちゃんは、振った相手が見えなくなると、いつもそう言うのだ。
ちなみに、だらぶちとは、金沢弁で「あほ」という意味らしい。
リンネちゃんは、ただの良い子ではない。
一筋縄ではいかない危険な予感がする。
幸い、リンネちゃんは俺には興味はないらしい。ま、こんな頭も顔もよくない男なんて気にならないわな。だから、極力、関わりあいになるのはやめておこうと思っていた。
だが、そんなある日、「だらぶち」と言ったリンネちゃんと目が合ってしまった。
「……聞いた?」
リンネちゃんは眉間に皺を寄せると、そう質問した。口と目は、いつもの笑顔のリンネちゃんだ。でも、なんだか怖い。
これは、言い逃れした方が良さそうだ。
「いや、だらぶちとか意味しらないし」
「いまの世の中ね、検索すれば一瞬でしょ?」
「別にいいじゃん。悪口くらい。誰でも言うよ」
「やっぱ、意味、知ってるんじゃん。それじゃダメなの。盗み聞きとか、さいてぃ」
いや、隣の席だし普通に聞こえるし。
うーん。
今日のリンネちゃんは、虫の居所が悪いようだ。
それから、リンネちゃんは俺にだけ厳しくなった。クラスの皆んなにはニコニコなのに、俺は1日に10回くらい引きつった笑顔で「だらぶち」と言われている。
5月のある日、クラスの親睦のために自己紹介をすることになった。なんで今更? とも思うが、担任いわく、今更だから効果があるものらしい。
……俺は人前で話すのが苦手だ。
自己紹介は席順でまわってくるので、自分の順番までジリジリと緊張感が高まってきて、まるで歯医者の待合室にいる気分になった。
そして、ついに俺の番がきてしまった。
大丈夫、大丈夫。
こんな時のために、爆笑もののネタは考えてある。
「ええと、俺は柏崎結人といいます。15歳のなんの取り柄もないやつですが、取り柄がない事がむしろ取り柄なので、よろしくお願いします。ちなみに、誕生日は8月7日なので、プレゼント待ってます」
しーん。
皆んな無反応。
(やばい。外したぁぁぁ!!)
「8月は夏休みだよ? あげられないじゃーん」というツッコミ待ちの俺的鉄板ネタなのだが、ツッコミが入らないとただの強欲なヤツになってしまう。
だが、俺には突っ込んでくれるような相方がいなかった。
これじゃあ、ただの性悪モブじゃねーかよ。最悪だ。俺の高校生活、終わったかも。
俺が凹んでいると、次はリンネちゃんの番になった。
「ええと、わたしは、リンネ•アンダーウッド、イギリスからキマシタ。将来の夢は、特殊部隊のSAS(Special Air Service)に入って、いけてる美人秘書になることでーす♡」
……は?
この人、どこまでがネタでどこまでが本気かわからんし。
俺より滑ってる気がするけれど。
……大丈夫か?
しかし、俺の予想に反して、ドッと笑いが起きた。
「リンネちゃーん、うけるー。可愛いだけじゃなく冗談もうまい♡」
などと優しくツッコミが入っている。
俺の時と、随分と反応が違うのだけれど。
どうやら、このクラスでは「可愛い」は正義らしい。
……やっぱりあれはネタだったのか。
そうだよな。将来の夢がSAS仕込みの美人秘書とか、芳ばしすぎるし。
でも、リンネちゃんは冗談にされたのが不満らしく、机につっぷしてしまった。
もしかして、美人秘書って本気で言ってたのかな。だったら、少しだけかわいそうだ。
隣の席のよしみだ。
何かフォローをするか。
「……SASって、テロとかで活躍するイギリスの特殊部隊でしょ? すごいね」
ふふっ。
ちょっとはフォローできたかな。
姫は手間がかかるぜ。
だが。
「気の毒なぁ」
リンネちゃんは笑顔でそう言った。
気の毒って、俺の自己紹介のことか?
なんだよ、こいつ。
超、性格悪いじゃん。
ほんと最悪なんだけど。
俺は腹が立ったので、その日はリンネちゃんと話さなかった。
家に帰っても、イライラが収まらない。
ベッドでふてっていると、母さんが一階で何か叫んだ。
「かあさん、何?」
「結人。先月、お隣さんが引っ越してきたの知ってる? アンタと同い年の子がいるのよ。挨拶がてら、これ持って行って。あ、「いただいたお菓子、美味しかったです」と伝言もお願い」
そう言われて、ケーキ屋の名前が入った小さな紙袋を渡された。
要は、ていのいいお使いだ。
(菓子ってなんだよ。おれ、食べてないんだけど?)
正直、めっちゃ面倒くさいが、断ったら母さんがキレそうなので、しぶしぶ持って行った。
賃貸なのか持ち家か分からないが、お隣さんは、古い日本家屋だ。平屋で2階はない。とはいえ、庭もあって貧相な訳ではない。いわゆる、古民家に近いかもしれない、
お隣の門柱をみると、表札が変わっていた。新しく来たのは、木之下さんらしい。
俺はインターフォンを鳴らした。
(同い年の子がいるんだっけ。男子だったら嬉しいな。友達になれるかな)
10秒ほど経つと、家の中からお婆さんの声が聞こえてきた。
「ごめん、話せないからちょっと出て」
「はーい」
女の子の声がして、タタタタと階段を降りるような軽快な音がする。
(お隣さん、お婆さんなのね。子供さんは女の子か。残念……)
ドアが開いた。
「えと、なにかご用ですか?」
可愛らしい女の子の声だ。
「あ、隣の柏崎です。これ。いただいたお菓子のお礼みたいです」
「あ、ご丁寧にどうも、って、え?!」
「え?!」
俺とお隣さんは、お互いに顔を見合わせた。
「えーっ!!」
お隣さんは、隣の席のリンネちゃんだったのだ。
でも、名前が。
木之下……木の下……アンダーウッド。
リンネ•アンダーウッドさんは、木之下りんねさんらしい。
「木之下 りんねさん?」
……これって真名的な設定のやつ?
なに、この子。実は厨二病なの?
プププっ。
俺が笑ったので、リンネちゃんはご立腹らしい。
「うるさいです!! 学校では絶対に、その名前で呼ばないでよねっ!!」
「真名なんでしょ? 別にいいじゃん。漢字はどう書くの?」
「りりしいの二点水の凛に音……」
すると、奥からお婆さんが出てきた。
「あらまあ。凛音ちゃんのお友達? 立ち話もなんだし、上がってもらいなさい」
さすがに悪いし、そもそも、俺とリンネちゃんは仲が良くないのだ。気まずい。
俺が断ろうと口を開くと、リンネちゃんが先に言った。
「この人、もう帰るから」
どうせ断ろうと思ってたけれど、他人に言われると妙に腹が立つものらしい。
だが、お婆さんは言った。
「そんなこと言わないで。夕食たべていってね」
リンネちゃんを見ると、すでに観念しているようだった。きっと、おばあさんは、言い出すと引き下がらない性格なのだろう。
そんな訳で、俺は、リンネちゃんの家で夕食をご馳走になることになってしまった。
玄関から入ると、年季の入った柱にアンティーク調の振り子時計がかかっていた。玄関脇には互い違いになった棚があって、生花が飾ってある。
古いが掃除が行き届いていて、センスがいいと思った。
お婆さんが食事の準備をしてくれている間、リンネちゃんとテーブルで待つことになった。
すると、俺は急に、学校で「気の毒」と言われたことを思い出した。
「さっき、気の毒とか言われたの、酷くない?」
フォローの返事が気の毒とか、ないでしょ。
リンネちゃんは何か言い返そうとしたが、料理を運んできてくれたお婆さんが、代わりに教えてくれた。
「あのね、「気の毒な」は金沢弁で、ありがとうって意味なのよ。気を悪くしないであげてね」
そうだったのか。
さっきはどうやら、お礼を言われたらしい。
てっきり、けなされたのかと思ってた。
(ちょっとはマシなところもあるじゃん)
お婆さんは続けた。
「それにしても、凛音ちゃんが、お友達の前で金沢弁使うとはねぇ……。もしかして、凛音ちゃん、この子が例の子?」
例の子ってなんだ?
俺が聞こうとすると、リンネちゃんに口を押さえられた。指先からフワッと良い匂いがする。
「そ、そうなの。この子が例の彼なの。おばあちゃんに紹介できて良かったなぁ」
リンネちゃんは、そう言うと俺に相槌を求めた。
彼?
それって、heのこと? boyfriendのこと? どっち?
リンネちゃんとは、むしろ仲が悪い。
だからきっと、前者の意味か。
それなら問題ない。
俺は頷いた。
すると、お婆さんは涙ぐんで目を擦りながら言った。
「まぁ。お隣さんなんて運命ね。リンネちゃん。結婚したい恋人ができたって本当だったのね……」
えーっ?!
なんだか、とんでもないことになっているんだが。
お婆さんが席を外すと、さっそく問いただした。
「リンネちゃん、どういうこと? おれら、恋愛以前に友達かすら怪しいレベルなんだけど」
リンネちゃんは俯いた。
「おばあちゃん、実は身体が悪くて。いつ何があるか分からないの。死ぬ前に、凛音の彼に会いたいって、ずっと言われていて。……喜ばせたくて、つい結婚を考えてる彼氏がいるって嘘ついちゃったの」
「いや、でも、相手が俺って無理あるだろ。せめて、他のヤツに頼むとか」
「だって、わたし、マトモに話せる男の子の知りあい、アンタくらいしかいないし。それにもう手遅れ。おばあちゃん、相手がアンタって完全に思い込んでるもの。ね、お願い。お婆ちゃんの前だけでいいから。合わせて?」
マトモっていうか、おれも「だらぶち」って一方的に言われてるだけの関係なんだけど……。言われてみれば、リンネちゃんはモテるけど、仲がいいのは同性の友達ばかりな気がする。
でも、いくらなんでも厳しい。
俺とリンネちゃんの現在の友好度、きっと、ゼロ以下ですよ? 歴史シュミレーションゲームで使者を送ったら、贈り物だけ奪われて使者は殺されるヤツだ。
「お婆さんの体調って、そんなに悪いの?」
すると、リンネちゃんは泣きそうな顔になってしまった。
「長くてあと3ヶ月だって。お医者さんに言われた」
3ヶ月なんて、アッという間だ。
事情は知らないが、リンネちゃんはイギリス人とのハーフで、お婆さんと2人暮らしで。
(きっと、お婆さんに心配かけたくないよね)
席も家もお隣さんなのだ。
赤の他人でもないし、それくらいなら付き合ってあげるべきだと思った。
「……わかった」
俺は頷いた。
お婆さんは戻ってくるとニコニコしながら言った。
「お婆さんなんて他人行儀だわ。短いお付き合いはなってしまうかも知れないけれど、わたしのことは小梅おばあ……小梅ちゃんって呼んでちょうだいね♡」
……ところが、このお婆さんが思いの外、友人が多かったりして。俺らはこの後、自らついた嘘に翻弄されることになるのだ。