序章 第7話 久郎の闇
久郎がどんな人物なのか、少し触れることになるの。
ヒーローとしては、かなり異質だと思うの。
ログアウトすると、大体17時くらいであった。
夕食まで少し時間があるため、まどろむことにした。
頭の中で、これからの予定について考えているところに、声がかかる。
(それにしても……雑然とした部屋だな。頭の中も、散らかっているように感じられるぞ。お前はいったい、どこを目指しているというのだ?)
声をかけてきたのは「あいつ」であった。
俺の部屋は、かなり散らかっている。
また、本棚の部分は特にひどい状態だ。
ライトノベルと資格の本、実務の参考書などが、本棚に一緒に入っている。
俺は正直、どう生きるかを迷っている。
ヒーローとして戦うだけであれば、今持っている資格はほとんど役に立たない。
逆に就職を目指すのであれば、即戦力として魅力的な存在だろう。
ヒーロー見習いの部屋として、かなり異質であることは自覚している。
「ヒーローは、離職率がかなり高いからな。いざという時に備えるのは、悪くないだろう?」
俺は頭の中の問いに対し、声に出して答えた。
この世界では、回復魔法が存在している。
そのため、腕や視力を失ったとしてもなお、現場に復帰することは可能だ。
しかし、体の傷は治すことができても、心の傷は別問題である。
戦う事ができなくなり、離職する者は後を絶たない。
それに備えて、俺はいくつもの資格をとっている。
IT系、会計系、法律系、心理学……。
資格の数は、恐らく同年代でトップクラスだろう。
事実、行政書士試験合格時の取材で、その数に驚かれたほどだ。
(しかし、偏りがあるな。リーダーシップを養うものは少なく、独立するために必要な資格の本が多い。父の後を継ぐつもりはないということか?)
「ああ。俺は明らかに、人の上に立つタイプではないからな。結希が継ぐべきだろう」
両親、及び俺たちは「ヒーローズネスト」という名前の組織に所属している。
昔は「日本ヒーロー協会」がトップにあり、都道府県ごとに支部が存在していたのだが、協会の腐敗が酷くなったころから独立の動きがみられ、今では協会からの指示は無視されるほど、関係は悪化している。
そしてシズオカのヒーローは、ソロでやっていくという例外を除き、ほぼ全員「ヒーローズネスト」に所属している。
その「ヒーローズネスト」のトップが、神崎広大。
俺たちの「父」にあたる存在だ。
それだけの規模の組織をまとめながら、なお前線で戦い続けるその姿は、シズオカのヒーローにとって、理想の一つだ。
そして、理事の一人が「母」のミフユ。
二人の子であるため、俺たちに対する注目度は非常に高い。
早くも、どちらがトップを継ぐかという派閥争いが起きつつあるほどだ。
だが、俺は父を継ぐ意思は全くない。
元々単独で行動する方が向いている上、話し方も下手で、上から目線になりがちだ。
組織のリーダーよりも、そのサポート、あるいは独立する方に適性があるだろう。
(そもそも、ヒーローになりたい理由からして、他の者たちとは違うようだからな)
「あいつ」の言う通り。
俺がヒーローになりたい最大の理由は、「成年擬制」を得るためだからだ。
「あいつ」の世界では、成年年齢の引き下げと共に廃止されたこの制度。
だが、こちらの世界では正式な「ヒーロー」になることで、成年擬制が働く。
理由は「危険な任務を伴うため、行為能力者が自らの意志で行動している」ことにするためだ。
出撃の際に、保護者が取消権を行使したため混乱したことがあり、こちらの世界ではこの制度がヒーローに適用されることとなった。
なお婚姻は18歳以上、飲酒喫煙は20歳以上と法律に年齢が入っているため、ヒーローになったからといって制限が解除されることはない。
しかし、俺にとっては大事なところで、成年擬制が大きな意味を持つ。
(行政書士法の、欠落事由か。家を片付ければ、事務所スペースは作れるだろうからな)
行政書士法には、行政書士になれない「欠格事由」が列挙されている。
その筆頭にあるのが「未成年者」だ。
「まあ、開業するかどうかは別だが。それでも、できることを増やすことに意味がある」
正直、俺はヒーローとしてバグと戦う事をあまり、好んでいない。
対する結希は、バグと戦う事に対して積極的だ。
バグによって被害を受け、救いを求めている者に手を伸ばすのは、彼の行動原理と一致する。
どう考えても、結希の方がヒーローらしく、リーダー向きでもあるだろう。
(それでも、3年間は結希とともに、ヒーロー科で戦うのだろう? であれば、ヒーローとしての責務は十分果たすことになると思うぞ)
それは、確かに。
高校の3年間で、どれだけの戦いを行うことになるのかは、未知数だ。
また、その間に俺、あるいは結希の考え方が変わることも、十分予想できる。
(もしかしたら、3年以内に事態が終息する可能性もあるからな。先のことばかり考えず、学生という今を楽しまなければ、損だぞ)
学生生活、確かに今だけしか楽しむことができないものだ。
ヒーロー科ということで、普通の学生とは異なる生活になるだろうが、それでも貴重な時間であることは間違いない。
まあ、バグの方は20年以上前から断続的に表れているので、終息は考え難いが。
「だが、俺は恐れている。果たして3年間、結希についていけるかどうか、だ」
(なるほど、それが本心ということか)
先ほどの模擬戦で、あれだけ有利な状況に持ち込んでなお、相打ちになってしまった。
戦闘能力という点において、結希は俺よりも高い。
しかも成長速度の面でも、明らかに上だ。
(とはいえ、そもそも結希とお前はセットだろう? シンクロニティもあるのだから)
「だからこそ、だ。その状態で足を引っ張ることになるのが、俺は怖い」
結希との合わせ技「シンクロニティ」。
協調して相互に強化するものだが、共に戦っているときにのみ発動できる。
つまり、俺が足を引っ張る可能性は十分考えられるのだ。
(そうなったらそうなった時に、考えればいい。そもそも汎用型のお前と、戦闘特化の結希を比べること自体が、誤っていると私は思うのだが)
「それでも、あいつは弟なんだ。兄として、足を引っ張りたくない」
(あまり気負うな。そろそろ夕食の時間だから、気持ちを切り替えたほうが良い。まして明日まで引きずるようだと、試験結果にも影響するぞ)
そうだな。
考えすぎるのも、俺の悪い癖だ。
分かってはいるのだが、ついやってしまう。
目を開く。
和風だしと醤油の香りが、かすかに感じられる。
俺は部屋を出て、キッチンに向かうことにした。
合わせ技「シンクロニシティ」は、第1章で出てくるの。
どんな技なのかは、その時に説明されるの。