序章 第5話 訓練が終わり
作中でも述べられているように、結希は「男の娘」な見た目なの。
理由については、第1章の閑話で説明されるの。
結希との訓練を終え、ふと周りを見渡してみると……多くの者が、俺たちに注目していたようだ。
「あの状況から、相打ちに持ち込む?! ありえねぇだろう!」
「もう一方も厄介そうだな。 って、よく見たら「星付き」じゃないか!」
特に、ケン外から来た者たちが騒いでいるようだ。
こういう形で注目されるのは、悪くない。
ちなみに「星付き」とは、バグとの戦闘数が一定以上、かつ強力な個体を倒した者に与えられる、一種のステータスのことだ。
機体のエンブレムに、形状が定められた星を追加することで、実績をアピールすることができる。
「まだ見習いだよな。その段階で星付きって、ありえねぇだろう!」
「いや、確かデータベースに登録されていたはずだ。あいつらが噂のサラブレッドか……」
神崎夫婦は、共にヒーローの中でもトップクラスの知名度を誇る。
その子供ということで、俺たちも相当注目されてきた。
それに恥じない程度には、実力があると自負している。
ちなみに俺たちにとっては、明日に響かないよう軽めに流した「模擬戦」でしかない。
しかし周囲の目は、「真剣勝負」を前にしたようなものであった。
「連戦するのもいいが、今日はこれで終わりにするか。手の内はあまり明かしたくないだろう?」
「そうだね。それじゃあ……フェイズシフト!」
俺たちは、機体を送還した。
送還された機体は、そのまま整備スタッフのところに送られる。
明日の試験前までには、しっかり仕上がっていることだろう。
「「「おお~~!!!」」」
俺たちの姿を目にした者たちから、歓声が上がった。
視線を確認すると、明らかに俺ではなく、結希の方に集中している。
かなり、嫌な予感がしてきた。
「超絶美少女、キタ~!」
「上気した頬、パッチリした瞳、まさに俺の好みのど真ん中!」
「星付きなのに、なぜこんなにきれいな肌なの?! どんな美容法を使っているのかしら?」
男子からは色欲に満ちた視線を、女子からは賛美と嫉妬が混じった視線が注がれる。
結希の機嫌が、一気に悪化するのが分かり、緊張が走る。
普段は大人しい結希だが、女性扱いされることだけは許せないようである。
去年、電車の中で痴漢の被害に遭ってからは、なおさらのようだ。
これは、まずい。
「あいつ」の、焦った感情も伝わってくる。
「急いで帰るぞ、結希! 家までダッシュだ!」
「ああ! さっさと帰ろう!」
結希の口調が荒い。
俺たちは管理者にお辞儀をして、すぐにこの場を離れることにした。
走ることで、ある程度ストレス発散にもなるだろう。
家に着くころには、結希は冷静さを取り戻しているようで、一安心した。
スマホで確認すると、11時50分。
一戦しかしなかったうえ、走って帰ったため、いつもより早い時間だ。
「「ただいま~!!」」
鍵を開けて、家の中にはいる。
どうやら母は買い物に行っているようで、家には誰もいなかった。
「久郎、シャワーは僕が先で良いかな? 気持ち悪い視線で、冷や汗をかいたから……」
「ああ。俺は後で入ることにするから、遠慮するな」
先ほどの戦闘でも、結希の方が運動量は多かったはずだ。
更に冷や汗もかいたとなれば、早めにシャワーを浴び、さっぱりしたほうが良いだろう。
結希が浴室にいる間に、スマホで色々と検索する。
今日の気分はストレッチだったため、興味の湧いた動画を流し、やってみることにした。
ときどき両親に調整してもらっているとはいえ、自分でも体を整えておくと、可動域が広がる感覚があり、心地よい。
結希が出たため、俺もシャワーを浴びることにした。
訓練服を脱ぐと、まだ少し肌寒さを感じる。
熱めのシャワーが、気持ちよく感じた。
普段着になって、浴室から出る。
結希はプロテインを飲みながら、ため息をついていた。
「うう、何で男らしくならないのかな……。カルシウムやプロテインも、しっかりとっているのに……。」
「遺伝子の影響かもしれないな。とはいえ、お前の実力なら馬鹿にするやつらなど、相手にならないだろう?」
結希の実力は、極めて高い。
今回の模擬戦では、こちらが優位に進めていったのだが、それでも相打ち。
通算の勝率は、結希が大きく上回っている。
「でも、久郎は父さんに勝ったことがあるよ。僕は無いから、うらやましくって」
「いや、俺のやり方は真似するな。実力で倒してこそ、だろう?」
父の実力は、俺たちよりもはるかに上である。
だが、負け続けることに我慢できなかった俺は、奇策を用いることで何度か、父を倒すことに成功している。
ただ、お世辞にも褒められるようなものではないことを、自分でも自覚している。
加えて、奇策を使えば使うほど、それを見抜く父の眼力も上がっており、今対戦することになったとしたら、勝つのは相当厳しいだろう。
ちなみに奇策で勝った後は、性根を治すために徹底的にボコされたというオチが付く。
汚いやり方であることは自覚しているため、甘んじて受け入れたが。
「ただいま~! 悪いけれども、カゴを取りに来てちょうだい~!」
母が、買い物から帰ってきたようだ。
俺と結城、二人の思春期男子を抱えているため、買い物かごはいつも満杯になっている。
そのため、休日では俺たちがかごを、冷蔵庫の近くまで持っていくことにしているのだ。
このくらいの手伝いをするのは、当たり前だろう。
「分かった。すぐに行くから!」
「俺も手伝う。待っていてくれ」
玄関には、一杯になった買い物かごが2つ。
まとめ買いをして、上手く使い切ることができる母の手腕は、正直尊敬している。
俺たちはそれぞれかごを持ち、キッチンへ向かった。
一番上に、パンの詰め合わせが乗っていた。
恐らくこれが、今日の昼食だろう。
いろいろな味が楽しめる、俺たちのお気に入り商品だ。
昼食を終えて少し休んだら、ゲームをしよう。
勉強や訓練も大事だが、今はオンラインの友人と話したい。
結希と打ち合わせ、14時くらいからプレイすることにした。
それまでは、プライベートということで。
「あいつ」も分かっているようで、目を閉じているような感覚を受けた。
プライベートは、プライベートなの。
思春期の男は結構、大変だと思うの。