序章 第3話 朝食と凶報
ちょっと暗い話が含まれているの。
鬱っぽい人は、この話はスキップしても多分、大丈夫なの。
俺たちは二人で、ダイニングに入る。
美味しそうな匂いが漂っており、食欲をそそられる。
「おはよう、久郎、結希。悪いけれども、食事をテーブルに運んでくれる?」
青髪の美女が、こちらに向けて笑みを浮かべた。
彼女の名は「神崎ミフユ」。
俺たちにとっての「母」だ。
ストレートの青い髪に、青い目。
30代半ばとは到底思えないほどの若々しさであり、しばしば俺たちの「姉」と勘違いされることがあるほどだ。
普段着にエプロンをつけているだけなのに、華やかさがある。
性格は基本的に、穏やかなタイプだ。
しかし、意外と頑固なところもある。
そして、本気で怒ったときの怖さは……思い出したくない。
現在は積極的に活動していないものの、ヒーローとして超一流の実力者でもある。
魔法に長けており、父とのコンビで戦況をひっくり返したこともあるほどだ。
更に手加減も、自由自在。
そんな人物が繰り出す「お仕置きの魔法」は、俺たちのトラウマとなっている。
余談になるが、この世界は「あいつ」の世界と異なり、髪や目の色がさまざまである。
しかも、赤や青、緑などのような「向こう」では存在しないような色合いすら、ごく当たり前に目にすることができるのだ。
したがって結希の金髪碧眼も、それだけで特に目を引くということはない。
「あいつ」いわく、ニホン人はほぼ全員、髪と目は黒一色だったらしい。
そのため、最初はかなり戸惑っていたようだ。
遺伝子のもたらす法則が、全く異なるのかもしれない。
それはさておき、今日の朝食は、モーニング風にしたようである。
ベーコンエッグにサラダ、スープにトーストをテーブルに運ぶ。
我が家はリビング、ダイニング、キッチンが一体となっており、一階全体をエアコン一台で冷暖房できるように設計されているのが特徴だ。
父の姿が見えないため、母に尋ねてみた。
「父はもう、仕事に行ったのか?」
「そうよ。明日の試験に向けて、仕事があるみたい。朝のキスを済ませて、すぐに出て行ったわ。」
父と母の仲は、非常に良好である。
良好すぎて、こういう恥ずかしい会話が出てくるのは、悩みどころであるが。
なお父も若々しく、俺たちの「兄」と間違われることがあるため、見た目のバランスはとれているのが救いだろう。
話をしているうちに、料理を運び終えることができた。
結希と俺が椅子に座り、母が座ったところで声をそろえる。
「それでは、手を合わせて……いただきます!」
三人で、朝食をとることにした。
盛り付けも上手で、まるでお店で出される朝食のように感じさせられる。
味についても、言わずもがなというところだ。
母の趣味の一つが料理であり、毎日美味しいものを食べられるというのは、幸せなことだと感じている。
その時、リビングの方から心をざわつかせる、嫌なノイズが聞こえてきた。
つけっぱなしにしていたテレビから、キャスターの声が流れる。
「次のニュースです。
首相をめぐる汚職事件を告発した職員の家から、反社会的勢力とのつながりを示唆する文章が発見されました。
職員は規定違反も繰り返していたようであり、捜査当局は、告発の信ぴょう性は疑わしいと、声明を述べております」
現在の首相である「クマサカ」は、独裁的な政策で地方の反発を招き、また多くの疑惑を抱えており、 勢力圏意外では唾棄するほど嫌われている人物だ。
それに対し、良識のある者が内部告発を行うことも、何度か行われている。
だが全ての事例において、告発した側に非があるような事実が判明し、結果すべての告発が闇に葬られているという、異常な事態が発生しているのだ。
上部……恐らく検察、公安などによる情報操作、改ざんなどが行われていなければ、こんなことにはならないだろう。
更に首都圏において、明らかに異常な支持率を有しており、地方でも一定数の狂信者がいるらしい。
結果として、総選挙による政権交代も期待できないというのが現状だ。
一応、救いはある。
首都圏に住んでいる者の間で、地方に移住する動きがみられている。
その移住先としてもっとも人気があるのが、この「シズオカケン」だ。
(ふざけているとしか、言いようがないな。首都圏の奴らは、洗脳でもされているのではないか?)
「あいつ」の怒り交じりの疑問は、俺自身も感じているものだ。
事実、そうとでも考えなければおかしいと思うほど、ひどい政策を次々と打ち出している。
貧富の差をさらに広げるものや、地方自治を犯そうとするもの、公共の福祉の名の下に行われる人権侵害、政教分離の原則に反するものまでが、法案に含まれている。
国会がまともであれば、それらを認めるような法律が成立するはずがない。
更にひどいのが、行政、司法もそれに追随していることだ。
行政については、首相の言いなりであり、立場の弱い者たちは搾取される一方である。
それにもかかわらず、首都圏では一部の者たちを除き、反発する大きな動きがみられないのもまた、不気味な話だ。
そして、司法。
生活保護を受けている者、警察官の権限濫用による被害者、そして地方自治体など。
法律を正しく解釈すれば、間違いなく勝てる状況であったとしても、政府にとって都合が悪ければ、法を捻じ曲げて不利な判決を下し、切り捨てる。
それを最高裁判所が、平然と行っているというのが今の「ニホン」の有様なのだ。
判例や学者の意見が、全く無視されている状態としか言いようがない。
そのような事態に対し、もはや我慢できないと、半ば国から独立する形をとる自治体も存在している。
この「シズオカ」もその一つである。
とある事情により、財政状況は極めて豊かになっており、地方からの移住者も多い。
加えて前述のとおり、首都圏から逃げ出した者たちの流入がある。
そのため人口は爆発的に増加しており、もしかしたら「都」になるかもしれないとのことだ。
「あいつ」のいた世界では、考えられないような事態だという。
バグという外患、クマサカという内憂。
ニホンの現状は、かなり酷いものだと言わざるを得ない。
それでもまだ、他の国に比べればはるかにまし、ではあるのだが。
「ご馳走様。食器は入れておくから」
朝食を終え、いつものように食器洗浄乾燥機に、汚れた皿を入れておく。
せっかく美味しいご飯であったのに、渋い顔になっているのは許してもらいたいところだ。
「僕もご馳走さま。久郎、訓練までには機嫌を直しておいてね」
結希の心遣いが、ありがたい。
「あいつ」の怒りに引きずられ、相当頭に血が上っていたようだ。
部屋に戻る。
怒りを鎮めるため、スマホでIT関係の難しい論文を読み、新しい技術の概要をつかむ。
続いてゲームの攻略サイトも参照し、最近の傾向について把握しておく。
どちらも俺にとって、有効なストレス発散の手段だ。
ある程度落ち着いたので、訓練用の服に着替えた。
やはりモノトーンの服が、俺には一番似合っているように感じている。
支度を整え、俺たちは訓練の場である公園に向かうことにした。
まだ少し怒りが残っているが、体を動かすことで発散することにしよう。
実際に、洗脳されているということが後から明らかになるの。
なぜ「シズオカ」だけ洗脳されていないのかは、物語の後半で明らかになるの。
関東圏に住んでいる人には、申し訳ないの。