序章 第2話 結希との会話
ある意味、もう一人の主人公が登場するの。
作者は元々、こちらを主人公にするつもりだったけれども、どうしてもうまく書けなくて断念したらしいの。
「あれ? 久郎……なんだか顔色が悪いよ。いつもの嫌な夢?」
洗面所から歩いてきた美少女……もとい、美少年が、俺に声をかけてきた。
寝起きで着崩れたパジャマからチラッと見える肌が、色気を感じさせる。
ショートの金髪はサラサラで、ブルーの瞳を中心とした顔立ちも、非常に整っている。
寝起きの今の状態ですら、下手なアイドルよりずっと可愛らしいと感じるほどだ。
彼女……もとい、彼の名は「結希」。
俺にとって、弟のような存在である。
彼もまた「ヒーロー見習い」であるため、相棒として行動することが多い。
ちなみに正式には「御門結希」という。
彼もまた、神崎夫婦に救われた者の一人だ。
俺が小学4年生の時に、神崎夫婦によって連れてこられた。
両親を失った彼は、引き取ろうとする親族もなく、児童養護施設に入ることになった。
しかし、そこでの彼は他人との交流を行おうともせず、一人訓練に勤しんでいたらしい。
鬼気迫り、自暴自棄にしか見えないその姿は、他の児童に悪影響を及ぼすと判断された。
困り果てた施設長と神崎夫婦が話し合った結果、家庭という安定した環境で心身の回復を図るとの判断のもとに、引き取られることになったのだ。
家に来た当初の彼は、非常に不安定な状態であった。
神崎夫婦のいうことも聞かず、力を得ることに執着し、ボロボロになっていく心と体。
それを見かねた俺の言葉に反発し、殴り合いの喧嘩になったこともある。
雨降って地固まるではないが、その結果少しずつ心を開くようになってきた。
そして今では完全に、家族の一員としてなじんでいる。
ところで、人によっては名字に、違和感を覚えたかもしれない。
実はこの世界の日本では、夫婦別姓、及び養子になる者の前氏継承が認められている。
バグによる被害が大きく、少しでも人口減少を抑えるための策として導入されたらしい。
「まあ、そんなところだ。悪夢ももう少し、手加減してくれるとありがたいのだが」
結希の問いかけに、俺は答えた。
「あ、この事件、生き残った人がいたんだ。良かった~」
結希の素直な感性が、うらやましい。
彼を前にすると、自分のひねくれた考え方が、嫌でも浮き彫りになる。
「とはいえ、生き残った者たちが「何」を食べていたかを考えると、素直に喜べないがな」
「え、それってどういうこと?」
俺のゆがんだ心が、こういう言葉になって出てしまう。
自分でも酷いと理解しているが、なかなか治せそうにない。
とはいえ、この状況で生き残るためには「何か」を、口にせざるを得なかっただろう。
サバンナという場所に放り出された者たちが、植物だけを食べて生き残ったとは考え難い。
そして、今回バグによってさらわれた人間の中には、生命力の弱い子供もいた。
そこから導き出される嫌な予想は、おそらく間違っていない。
サトゥルヌス、という単語から導き出されるおぞましい情景が脳裏をよぎり、それが口から出たという感じだ。
結希には、その「裏」なんて分からなくていい。
彼には、真っ直ぐなそのままでいて欲しい。
俺は、話の方向性を変えることにした。
「こうしてみると、明らかにバグの行動には知性が感じられるな。単に敵対するだけの生き物であれば、こんな行動をするはずがない」
「だね。まあ、何でこんな行動をしたのかは、僕たちには分からないけれども」
バグに知性があるのかどうかは、学界でも議論されていた。
そして、今回の事件は明らかに知性、そして悪意を感じさせるものである。
もしかしたら、人間と同レベルの思考能力があるのかもしれない。
「ところで、結希の調子はどうだ?」
「うん。僕は問題ないよ。最後の調整、頑張ろう!」
明日の試験に向けて、今日は軽めに調整を行う予定だ。
いつも通り、模擬戦をしようと思っている。
「久郎は大丈夫なの? 訓練のあと、ゲームもやるつもりだけれど」
「問題ない。気分転換したほうが、悪夢をみなくて済むかもしれないからな」
俺たちは、とあるVRMMOにハマっている。
この世界ではフルダイブタイプのVRが存在しており、モニターでプレイするのとは、臨場感が段違いだ。
「あいつ」のいる世界では、VRの技術はそこまで発展していないようであり、最初にプレイした時に、 いつもの冷静さを失うほど興奮していたことを思い出した。
「訓練の後は、銃弾の補充を忘れないようにね。久郎はたまにやらかすから」
……耳に痛い指摘であるが、ありがたく受け取っておく。
俺「たち」は意外と、忘れ物などをすることが多い。
とある大会で、選手として出場する際、必要なコントローラーを忘れ、前日の夜に気づいて慌てふためいたことがある。
結局、母が始発の新幹線でそれを持ってきてくれたため、何とか参戦することができた。
この事件は、今なお我が家の語り草となっている。
当然であるが、結希は「俺」の中に「あいつ」がいることを知っている。
とはいえ、「あいつ」の人格が表に出ることはまずないため、「久郎」だけで今のところ問題になったことはない。
もっとも今回の忠告は、「二人」に対して、という形なのだろう。
「あいつ」も分かっているようで、苦笑いの感覚が伝わってくる。
「二人とも、ご飯ができたわよ~! こちらに来て、手伝ってちょうだい~!」
おっと、いけない。
母の声が聞こえてきた。
俺と結希は頷き、キッチンに向かうことにした。
久郎は、過保護だと思うの。