第1章 第8話 対戦相手
この二人は、地元でも有名だったの。
対戦する相手が見つからなくて、仕方なくこうなったらしいの。
端的に言おう。
結希の紙には、対戦相手として「古賀守」が。
俺の紙には、同じく「藤花舞」が記載されていたのだ。
しかも、全試合が終わった後に行われる、いわばエキシビションマッチのような扱いをされている。
眼をこすって何度見直しても、文字が変わることは無かった。
「久郎、ちょっと頬をつねってちょうだい。信じたくないよ!」
「残念ながら、既に俺も試した後だ。痛いということは、現実ということだな」
当然のことであるが、普通はヒーロー見習いが相手として指定される。
試合にならないほど差がある場合には、追加で同じく差が生じた見習いと戦いを行わせることで、両者の技量を判定することになっている。
そうやって、実技試験の順位が決められるのだ。
明らかに、他のヒーロー見習いと扱いが異なる。
こんな特別扱いなんて、要らない。
「せめてタッグ戦であれば。シンクロニティが使える分、優位性があったのだが」
シンクロニティは、大きな弱点がある。
二人が同時に戦闘態勢になっていないと、発動させることができないのだ。
なぜそのような制約があるのかは、俺たちですら分からない。
ただし、一方の当事者のみが戦闘中の場合、観戦していたとしても発動不能なのは確認済みである。
それを抜きにしても、さすがに勝てる戦いとは思えない。
正式なヒーローと、ヒーロー見習いの間には超えられない壁が存在している。
その状況でどれだけの間、戦い続けられるかという判定方法なのかもしれないが。
一番の問題点は、機体の性能差だ。
ヒーローが使う「第三世代」の機体と、見習いの使う「第一世代」。
アニメに例えるならば、主人公たちの専用機と、量産機レベルの差が存在する。
加えて、俺たちはかなりの戦闘経験があるとはいえ、あくまでも見習い。
対する先生たちは、正規のヒーローとして実戦経験も豊富。
確かに俺たちは、ヒーロー見習いの中では突出した実力があると、自負している。
しかし、この状況はどうあがいても絶望としか、言いようがない。
とりあえず、もう一度紙に書かれていることを読み返す。
すると、いくつかこちらにとって、救いになることが記載されていた。
「ふむ。教師たちも、ディサイプルを使用するのか」
「少しだけ、ホッとしたかも。これで瞬殺される可能性は、低くなったと思うから」
機体の性能差がなくなったのは、かなり大きい。
出力の違いもあり、恐らく舞が使った「フレスベルク」のような大技は、発動できなくなっているだろう。
更に、敗北条件も大きく異なっていた。
俺たちの敗北条件は、戦闘不能に陥ること。
これに対し教師たちの敗北条件は、一定以上のダメージを受けたと判定されること。
こちらにとって、かなり有利な条件となっていた。
これならば、何とか勝機を見出すことができるかもしれない。
「とりあえず、俺は試合を見に行く。「切り札」を準備しておく必要があるからな」
「ああ、あれね。僕も見に行くことにするよ。整備スタッフを信じる!」
俺たちは、グラウンドに向かうことにした。
この高校は、他にもさまざまな地形を再現したフィールドがあり、そこでも試合は行われている。
そちらはグラウンドに設置された、モニターを通して確認することにしよう。
グラウンドでは、激しい戦いが随所で繰り広げられていた。
ヒーロー見習いといっても、それぞれのレベルは大きく異なる。
機体が同じであるため、ある程度は均等化されるものの、それでも圧倒的な試合を繰り広げる猛者は、何人か存在している。
「あ、メッセージが入っていたよ」
「なになに……ああ、これは助かる」
送信者は、舞だ。
俺たちがスマホを渡した際に、電話番号を取得したようである。
機体登録の入力を代行してもらったのだから、個人情報の悪用とはいえないだろう。
それに、内容は俺たちにとってありがたいものであった。
守と舞の、戦闘スタイルについて記載されていた。
こちら側が、教師の戦闘スタイルを知らないまま対峙したとした場合、教師の側が一方的に有利になる。
こちらの戦闘スタイルを、試験関係者はデータとして保有しているからだ。
その状態では、エキシビションマッチは盛り上がらない。
そのため、ある程度の情報は提示した上で、対処方法を考えることが求められているようだ。
守は、シールドを二枚装備して戦うとのことである。
一見奇妙なように見えるだろうが、一方のシールドを「鈍器」として使用し、もう一方を防御用とするのであれば、ある程度理にかなっている。
鉄壁のディフェンスをどう崩すかが、結希の課題のようだ。
舞は、風属性の魔法のみ使用するという「縛り」を設けるようだ。
恐らく母と同じように、全属性の魔法を使いこなすのだろう。
それでは戦いにならないため、機体もこちらと同じものを使い、かつ属性を縛るという二重の制約を課しているようだ。
ただし、風属性は魔法の種類が多い。
攻撃魔法だけではなく、防御魔法、バフにデバフ、移動用まで存在しているのだ。
今回のルール上、回復魔法の出番はないと思われるものの、それ以外のすべてに対応することは極めて困難である。
何より、遠距離主体の俺とは相性が悪い属性だ。
風の防御魔法は、特に遠距離攻撃に対して高い効果を発揮する。
それをどう攻略するかが、俺の課題ということになるだろう。
「せめて、戦う相手が逆であればな。結希の突撃力ならば、舞に届かせることも可能だろうし」
「うん。久郎ならいろんな方法で、相手の防御を崩せるからね」
ともあれ、ぼやいていても仕方がない。
俺は必死に考え……そして、グラウンドで行われている試合から、一つの方法を思いつくことができた。
急いで必要な能力を有する者の試合を観察し、発動を確認する。
これで「切り札」の用意は整った。
「これでよし。とりあえず、こちらのやり方は決まったぞ」
「あ、準備が整ったんだね。それなら、バスに乗っていた人たちの試合のところに行こう。どんな戦い方をするのか、この目で見てみたいから」
俺たちが戦い方を模索している間にも、試合は進んでいく。
試合一覧のデータを確認し、まずはもうすぐ戦うことになる、漣のところに向かうことにした。
歩きながら、心の中で俺は結希に謝罪する。
この切り札は、恐らく反則として扱われるだろう。
最悪、ヒーロー失格として扱われ、隣に立つことができなくなるかもしれない。
それでもなお、俺はこの方法を使う。
この状況を作り出した、お前、又はお前たちの思い通りにはならない。
それがこの対戦を強いたものに対する、俺なりの答えだ。
久郎、覚悟完了しすぎなの。
そんなに生き急ぐのは、良くないと思うの。