序章 閑話 結希の気持ち
結希の視点から、久郎について述べているの。
彼は彼で、色々抱えているみたいなの。
Side 結希
母に体を整えてもらい、僕は部屋に戻った。
久郎……ではなく、その中にいる「彼」の言葉を思い出す。
久郎は「ひどい」と思う。
僕との戦績が悪化していることに、苦しんでいたのは分かる。
けれど、僕が久郎に唯一勝てる分野でなお、ここまで迫られているという怖さも分かってもらいたい。
久郎は小学生の時から、異常な子供であった。
僕が来る前の話だが、誕生日のプレゼントに六法全書や、プログラミングの本、ことわざ・四字熟語の辞典、医学書を願ったというのは、普通ではない。
更に小学生の時点で、簿記3級とITパスポート、ビジネス実務法務検定2級などに合格しているというのだから、天才と呼ばれるのも当然だと思う。
最年少記録ではなくても、ジャンルが異なる試験で次々に合格する姿は、十分注目されるだけの価値があるだろう。
学校のテストでは、すぐに解き終えて後の時間は眠るか、ボーっとしていたというし……僕とは根本的に頭のできが異なるのだろうな、と感じている。
そんな久郎の中には、もう一つの人格があるらしい。
しかし、本人曰く勉強中はともかく、テストの時には手を貸してくれないとのことだ。
つまり実力でそれらに挑み、合格しているということになる。
実際、試験範囲の内容を問われても即答しており、彼と相談している様子は見られない。
ただ、小学校6年生の時に、かなり大きな事件が起きた。
学校のグラウンドにバグが現れ、犠牲者を出してしまったのだ。
その時久朗は、犠牲者のすぐ近くにいたらしく、かなりのショックを受けていたのを覚えている。
あの時から、久郎の中で将来の生き方について、変わったように感じられる。
「ヒーローになったからといって、それでずっと生きていけるという保証はないだろう?」
この言葉が、そのことを端的に示している。
久郎はその時から、手に職をつけることを考え始めたようだ。
中学校に入ると、久郎は更にその才能を伸ばしていった。
基本情報技術者を皮切りに、IT系の資格を次々と取得。
また簿記2級も取り、更に法律関係にも手を伸ばし始めた。
加えてヒーロー見習いとして、バグとの実戦も経験していた。
おまけに、このころからゲームを始めていたのだから……どう考えても、一日24時間では計算が合わない。
本人に聞いたところ、学校の授業は彼に任せ、本人は別の勉強をしていたとのことだ。
そのため授業で指名されても、問題なく答えることはできていたらしい。
人格が二つあるからこそできる、離れ業だ。
それでも、中学生とは思えないほどの負荷がかかっていたのは、間違いないだろう。
二つの人格で睡眠時間を調整しながら、何とかやりくりしていたらしい。
中学1年の時に、行政書士試験に挑戦していた。
その時は他のことに時間をとられ、体調不良もあって不合格であった。
悔しそうな顔をしていたが、周りから見ればむしろ当然、だと思う。
しかし、2年の時にリベンジ。
今度はしっかり、合格している。
しかも学校のテストと同様、試験時間の半分は眠っていたというのだから、異常さが際立っている。
最年少合格者として地方紙にも取り上げられ、知る人ぞ知る天才少年として名を刻んだ。
それに対して僕は、中学3年の時に剣術の全国大会に行き、準優勝したくらいだ。
加えて変異種のバグと戦い、単独討伐も成し遂げている。
もちろんこれらも快挙であり、新聞でも報じられた。
とはいえ、実績という点で明らかに劣っているのは間違いない。
しかも、僕は勉強があまり得意ではない。
平均より上の成績を取っているのは事実だけれども、久郎のようにトップ争いに参加するのは、夢のまた夢という感じだ。
テスト前、久郎につきっきりで試験範囲を教えてもらっていてなお、なのだから……。
久郎の方は、むしろ飛び級制度を利用したほうが良いのでは? という話も、何度となく聞かされていた。
それでも利用しなかったのは、僕に合わせて一緒に進級、卒業したかったからとのことだ。
ある意味で、既に僕は久郎の足を引っ張っていたことになる。
そして、実戦においても久郎は、十分な成績を残している。
機体よりも大きなバグと戦い、勝利をおさめているのだ。
ゲームで銃の扱いに慣れていたから、何とかなったと本人は言っているが、それだけで倒せるほどバグは甘い相手ではない。
更に、今日の模擬戦。
距離を取られてからは、かなり一方的な展開であった。
幸いとどめを刺そうとして、こちらに近づいてきた。
そのため辛うじて、相打ちに持ち込むことができたのだ。
しかし、徹底して遠距離から攻撃されていたら、多分僕は負けていたと思う。
銃はまだ3回しか使っていなかったので、弾も残っていたはずだ。
近接戦闘に移行したのは、僕の反応速度を確かめるためで、負けてもそれはそれでいいと考えていたのではないか、と感じている。
それに模擬戦で僕の勝率が高いのは、フィールドが狭く、久郎が得意とする遠距離攻撃の間合いを保つことが難しいことに、起因していると思っている。
制限なしの戦いだったら、恐らく互角に近い成績になるだろう。
万が一、ヒーローとして戦えなくなったとしても、久郎は進む道が無数にある。
それに対して僕は、戦えなくなったら終わりに近いだろう。
本当にひどいよ。久郎。
追いつかれないように必死になっているのは、僕の方なのだから。
最年少記録については、現在では13歳になっていたと思うの。
とはいえ、そのあたりは大目に見てほしいの。
この物語は、現実の時間とはずれている可能性もあるの。