八話 デート(2/2)
行きつけのカフェに芽凛衣と共にやって来た今日。二人で窓際の席に座って、運ばれてきたドリンクとフードを摘まみながら、のんびりとした時間を過ごす。
顔見知りのスタッフに、彼女だと勘違いされてからとても嬉しそうな芽凛衣。ご機嫌な彼女は、周囲から視線を集めている。
「いいね、こういうの」
「あぁ、静かな時間は好きなんだ。週一で来るくらいには気に入ってる」
「これからも一緒していい?」
「喜んで」
落ち着いた時間を過ごしているからだろう、芽凛衣が一緒にいることが、とても素敵なことだと思えた。だから、彼女のそんな小さなお願いに、迷うことなく頷いた。
それが嬉しかったのか、彼女は顔を真っ赤にしつつ、小さな声で ありがとうと言ってニマニマとしたが、照れてしまったのか俯いた。
とても穏やかな時間。交わす言葉は少ないが、そんな静かな時間を気まずさもなく共有できる芽凛衣。
こんな時間も、悪くない。
落ち着いた時間を堪能し、例のスタッフに会計をお願いする。お釣りなく二人の金額を渡して、レシートは断った。
同い年くらいの彼女は、先ほどからずっとニヤニヤしていて、それが気になってしまった。
「なっなんですか?」
「いえいえー、幸せそうに見えたので」
「そうですか……別に付き合ってるってわけじゃないですからね」
「ふふ、分かりました♪」
余計な誤解を解くために釘を刺してみるが、まるで糠に打ったような返事が返ってきた。多分信じてないな。
とはいえ、これ以上ムキになっても恥を晒すだけになるので、素直に踵を返した。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたー♪」
「ありがとうございましたー♪」
芽凛衣とスタッフが仲良く手を振り合っているのを尻目に外に出て、軽く買い物でもしようかと、更に賑やかな方へ向かう。
芽凛衣は俺の隣で歩き、手を繋ごうとこちらの様子を窺っていた。
仕方ないので繋いでやろうかと思ったところで、不意に聞き覚えのある声に呼ばれた。
「よう、更斗」
「あっ、彩斗……ってまたお前は」
その人物は彩斗であった。相変わらず女を侍らせている彼に、呆れとも言える声が出てしまう。
それを察したのか、彼はケラケラと笑って、俺の後ろにいた芽凛衣に気付いて、俺の手を掴んで彼女から離れる。
そして、ズイッと俺の耳に顔を寄せた。
「おいおい、更斗こそなにやってんだよ。滅茶苦茶可愛いコ連れやがって、どこで引っかけた?
「引っかけたわけじゃねぇよ、例のメリーさんだ」
「え……」
あの電話の正体を知った彩斗が、チラリとそちらに顔を向けた。芽凛衣と彼の連れの女の子も、俺たちの方を見ている。その表情は怪訝そうだ。
「声からして可愛いとは思ってたけど、ありゃあ別格だな。正直俺のセフたちよかずっと可愛いわ」
「あぁそうかい。んで、連れてくのかよ?」
もしや狙うつもりか?という俺の問いかけに、彩斗はピシリと動きを止める。数秒の間俺の目を見つめて、ダラダラと汗を流しはじめた。
「いっいやいや、連れてかねーよ!俺だってそこまでクズじゃねえって。人の女は盗らねぇし離れてく娘は絶対追いかけねぇ!やめてくれ!」
「それもそうか」
言葉の意味を理解した彩斗が、手をブンブンとさせながらそう言った。複数の女の子とそういうお友達になるのはどうなのかと思ったが、お互いにそこの認識のすり合わせができているのなら、問題はないのだろう。
チャラいところはあるが、自分の中の一線を越えない程度にはしっかりしているので、女の子たちからは人気がある奴である。余裕もあるしな。
俺としては、芽凛衣との関係は心地よく感じ始めてきたので、連れていくことはないと知って、少しだけ安心した。
「とりあえず、紹介してくれよ」
「おう」
ほっといたままだった女の子たち二人のところに戻り、彩斗がそう言った。芽凛衣の背中にそっと触れて、二人に向けて口を開く。
「紫崎 芽凛衣です。更斗くんとは、結婚を前提としたお付き合いをしています」
「けっ……!」
芽凛衣の自己紹介に二人が目を見開かせる。そりゃ当然だろう。
こちとら会って間もない上に、普通ならそこまで考えはしないのだ。知らない人が聞いたら絶句ものである。
「お前、尚更連れてけねーよ。洒落にならんぞ」
「なんの話?」
「あぁいや……」
先ほどの内緒話からそう言った彩斗だが、内容を知らない芽凛衣が首を傾げる。当然まともな内容ではないので、彼は答えられなかった。
「どうせ紫崎さんをセフレにしようってんでしょ?」
「いや、ちっちげーって!さすがに人のは盗らねぇよって話!」
隣の女の子にチクリと刺された彩斗が、少しだけ悲痛な声で弁明した。芽凛衣の表情は硬くなっている。
「更斗くん以外の男の子は、死んでも嫌だからね。言っちゃ悪いけど、皆ブサイクにしか見えないから」
「だからちげぇってば……」
芽凛衣からもチクリと刺され、彩斗がガックリと項垂れる。少し可哀想だが、フォローはできない。
「私は三陰 風夏、彩斗の "ともだち" だよ。よろしくね、紫崎さんと更斗くん」
「よろしく」
「よろしくお願いします」
俺と合わせて返事をする芽凛衣だが、彼女は随分と硬い声色をしていて驚いた。さきほど行ったカフェのスタッフへの対応と比べると、随分とそのテンションに差がある。
そんな芽凛衣を見て、二人とも気まずそうに苦笑した。