三話 メリーさんのメール
「生活費は置いてあるからね」
「いきなりが過ぎる」
ニコニコの父さんがそう言って、母さんが頷く。場所は玄関にて、二人を見送りに来た。
これからどこに行くのかといえば、それは出張らしい。性格には赴任らしいが、九月までは家にいないみたいだ。
つまり夏休みの間ずっと一人ということだ、メリーさんか何かの相手をしてもらおうと思ったのに。
ちなみに生活費はとは、その間に必要なお金を封筒に入れて食卓に置いてあるらしい。またしばらくしたら銀行に振り込むみたいなので、お金の心配はいらないとのこと。
そんなことより、メリーさんとかいうヤツの相手してくれ。もし本当に来たらどうしよ、ちょっと怖いぞ。
お化けがどうとかってより、もしかしたら変な詐欺とかだったらどうしよ。もしかしたら強盗かも?なんて思ったり。
随分とご都合主義的な流れで一人になってしまった訳だが、その日の夜に相変わらず電話がかかってきた。
着信音を響かせながらブルブルと震えているスマホを見て、ふと素朴な疑問を抱いた。着拒したらどうなるんだろ?
そう思って今の着信を拒否し、着信拒否リストにいれようと思ったが非通知だった。なら非通知拒否にしよう。
設定を終えてスマホを置き、しばらく放置しておいた。
なんと着信がなくなった!静かで良いことだと思います。そう思って安堵したのも束の間、電話はかかってこなくなったが、代わりにメールが来てしまった。
【oningyou-sanmelly@mmeli.com】というアドレスだった。なにがお人形さんメリィだやかましい。しかもmメールって、いったいどこのキャリアだというのか。しかもメリーって綴りそれなの?
いくつか気になることがあったので、ついつい本文の存在を忘れていた。なんか書いてある。
【やほやほ!今最寄り駅にいるからね!あと着信拒否したでしょ、ひどい!またあとで電話かけるからね、それまでには解除しとくよーに!じゃね!】
なんだコイツ。寒いノリの友達みたいな感じが鬱陶しいので、メールは削除の上、アドレスは拒否リストにぶち込んだ。
しかもやほやほってなんだよ馴れ馴れしい。電話の時もタメ口だったし、思い出すとイライラしてきた。
もう絶対相手してやんねぇ。
それから一時間、家の最寄りからならすでに家に着いてる時間だが、連絡も来ないことから着信拒否が効いているようだ。冷静に考えればおかしい。
仮にもメリーさんの名前を借りているのなら、もうちょっと頑張ってほしかったな。
そう油断したのも束の間、メリーさんらしき相手からスマホに着信があった。
【onongyoumelly-san@mmeli.com】というアドレスのようだ。えっ、まさかのフリーメール?
キャリアではなくフリーだったという想定外にすっかり忘れていたが、内容も大概であった。
【ねぇねぇ、アドレス拒否しないでよ。新しくドレス作るの大変なんだからね!それと、もうすぐそっちに着くから、用意しといてね!】
もうね、アホかと。まるで友達の家に泊まりに来るようなノリだが、俺は呼んではいないので迷惑だ。
しかも誤字っているのか、アドレスではなくドレスを作っているようだ。そりゃあ大変だろう。仕立て屋か?んなわきゃない。
また連絡来ても嫌だし、このアドレスも拒否してやろうかと思ったところで、続きのメールが来てしまった。
【もしもし、私メリーさん。今あなたのお家の前にいるの】
もしもし て、メールやろがい。というかいきなり正気を取り戻すな。
いったい何を彼女はふざけているのかと思ったが、それはそうと窓際に向かって、家の前を見てみる。
しかし、当然だが人影はなく、質の悪いイタズラてあることはすぐに分かった。
しかし、メールはまだ止まらない。
【もしもし、私メリーさん。今あなたの家に入ったよ】
そんなわけがない。鍵を開けてないというに、どうして入ってこれるというのか。もしそうなら泥棒だってできてしまうではないか。
しかし、なんとなく落ち着かなくて、窓際から離れて続きを待つ。
【もしもし、私メリーさん。今2階に上がったよ】
上がってくんな。というか、足音がない時点でコソコソしすぎである。メールの頻度もかなり早く、もはや目の前であることに半ば諦めを感じていた。
ベッドに腰を下ろして、続きを待った。
【もしもし、私メリーさん。今あなたの部屋の前にいるの】
扉を隔ててその向こう側。その数メートルもない距離に、メールの相手がいる。ちらりと視線を向けてみるが、人の気配は感じなかった。
怖いはずなのに、不思議とそうは感じない。
そして、メールが送られくる。固唾を飲んで、その内容に目を通す。
【もしもし、私メリーさん。今あなたが後ろにいるの】
その内容を見たとき、遂に来たかとすぐに後ろを見た。そこには誰もおらず、ホッと息を吐く。
だが、俺は勘違いしていた。
彼女は、"俺が" 後ろにいると送ってきていたのに、"俺の" 後ろにいると思ったのだ。
一息ついた俺は、振り向いていた身体を元に戻した。