十七話 トレーニング
あれからまたしばらく経ち、すっかり仲良くなった俺と芽凛衣である。今日は登校日で、さきほど帰ってきたところだ。
先日のデートの時以来に彩斗と顔を合わせたが、相変わらずの様子に懐かしさはまったく感じなかった。
ちなみに、彼の "ともだち" である三陰だが、学校が違うので会うことはない。べつに会ったところで話すこともないので、まったくもって関係ないが。
学校を終えて帰宅して着替えを終えたところ、芽凛衣が熱烈な歓迎をしてくれている。暑苦しいくらいに。
ベッドに腰を下ろして、凄まじいほどに抱きついてきた芽凛衣を撫でていると、彼女が顔を上げて言った。
「え待って。更斗くんが学校に行ってる間、もしかしてずって一人?」
「そうだな。だから学校に行ってる間はゆっくりしててくれよ、いつもありがとう」
「えへへ、そう言ってもらえるとぉ……じゃなくてね?」
普段から世話になっているので、芽凛衣には自分の時間を大切にして欲しいと思いそう言った。
しかし、彼女は一瞬嬉しそうな表情をしたあとブンブンと首を振った。なにが違うというのだろうか。
「更斗くんのお世話をするのは、私にとってご褒美だから幸せなんだけど……というか恐悦至極なんだけどさ」
「時代劇でも見たのか?」
変なワードチョイスの芽凛衣にずっこけそうになるが、幸せというのは間違っていないらしい。
っていうか恐悦至極って、光栄とか喜びを表す言葉だろ。合ってんのか使い方?
「だから、離れるくらいならずっとお世話してたいかな。更斗くんの傍が一番の癒しだもん」
「さいですか……でも、そうは言ったってどうやってこっちくるんだよ。転入手続きはしたのか?」
「うっ、してないけど……」
俺の質問に肩を落として答える芽凛衣。
嬉しいことを言ってくれるが、手続きなしで入れるなんてことないだろう。まずは学校にその話をしなければどうにもならない。
「じゃあ無理だろ。せめて今からでもやらないと」
「そうだね、せめて始業式の次の日から登校できるようにがんばる!」
「まぁ、がんばってくれ……」
始業式の次の日って、要するに夏休みが終わって二日目ってことだろ?あと一週間もないじゃないか。転校したことないので知らないが、そんなトントン拍子で進むものなのか?
内心無理だと思いつつ、とりあえず応援の言葉を送っておいた。さすがにもう少しかかるだろう。
「それはまたやっとくとして、今は更斗くんとの時間だもんね。もっとたくさんぎゅってしたいし、なんなら吸いたい」
「なんだ臭うってか。悪かったな汗臭くて」
「ううん、そうじゃないの。すっごくいい匂いだし、吸うってのはそうじゃなくて──」
「待て言わんでいい。どうせ下ネタだろ」
芽凛衣のことなので、下らないことを言うのは明白だった。だから言葉を遮ったのだが、目は口ほどに物を言うというかなんというか、彼女はずっと俺の股間を見つめていた。
その頭にチョップをかましてやる。
「いたっ!」
「そんなにムラついてるなら、今日は全力でやるからな」
「うげっ、またあれぇ?ちょっとは加減して欲しいんだけどなぁ……」
溜まっているんだかなんだか知らないが、変なことをぬかす芽凛衣にはしっかり体力を使ってもらおうと思う。
彼女は青い顔をしながら、ばつの悪そうに目を逸らすが、そんなことは許さない。その欲をしっかり削いでやる。
「いちいち下ネタに走るんだから大丈夫だろ。走り込み、今日は二十分ぶっ続けな」
「ひぃ!まってまってしんじゃう!」
「大丈夫だ。前もいけただろ」
そう、何をやるかというと走り込みだ。こないだのデートの日と、海に行った日の間から週二ペースでやっているトレーニング。走り込みに加えて自重トレーニングも欠かさないが、芽凛衣はまだまだ慣れていない。
やる時間は夜だ。特にこの季節は暑いので、昼間にやるのは自殺行為なのでね。
俺の言葉に芽凛衣はひいひい言っているが、彼女なら大丈夫だということを俺は知っている。今日も頑張るぞ!
「うびぃ……死ぬぅ……」
「これでちっとは落ち着くだろ」
あれから時間が経ち、夜の帳が辺りを包んだ時間。一通りのトレーニングを終えてヘロヘロになった芽凛衣が、青い顔をして大の字で転がっていた。
まずは走り込みを行い、更に腕立て伏せやスクワット、そして腹筋というメジャーなトレーニングを家のリビングで行う。俺一人なら公園で懸垂をしているところだが、それはまた今度だ。
気持ちいい汗を流し終えた後、芽凛衣と共に水を飲んでシャワーで汗を流す。ちなみに、今の彼女はスポーツに適した服装をしている。
要するにスポーツウェアってやつだ。彼女が着ると随分と様になっていて、とてもエロい。
「んじゃ、先に入ってるからな。準備しとけよ」
「あぅぃー……」
指一本も動かせないほどに疲れ果てた芽凛衣に背中を向けて、俺はシャワーに向かった。