十六話 安心
ナンパ男たちの魔の手から逃れた俺たち。しばらくすると、芽凛衣が足を止めたので、なにがあったのかと振り向いて、そちらを見る。
「更斗くん、大丈夫?なにもされてない?」
何を言うかと思えば、単純に心配だったみたいだ。先ほどの剣呑な様子を考えると、随分と可愛らしい。
肩を掴まれた以外、別に何をされたわけではないので、俺は頷いて大丈夫という意図を示した。
「それなら良かったけど……ほぉんとにさぁ、ああいうのってムカつくよね。キモいしウザいし面白くもないのに、どうして私が着いていくと思ったのかな?」
「ああでもしないと女にありつけなかったんだろ?脅しみたいなことしないと見向きもされないタイプ」
どんな理由かはさておいて、まともな行為ではないことは火を見るより明らかだろう。カップルを見つけたら、彼氏の方を三人で取り囲んで足止めして、彼女の方を二人で連れ去る。
やってることは誘拐そのものだ、ありえないにもほどがある。
「人間性磨けばちょっとくらいは相手にしてもらえるだろうにね。あんなバカみたいなことしてるから、いつまで経ってもダメダメなんだよ」
「この話、もうやめない?もっと明るい話題が良いよ。帰りにアイスでも買って食べよう」
嫌な奴らのことを思い返してイライラするのは、時間の無駄だし精神衛生上良くないので、楽しい話題に切り替える。
すると芽凛衣が、ふっと笑って頷いた。
「……ふふ、そうだね!ごめんね、変なことばっかり」
「まぁ俺もアイツらにはムカついたから、お互い様ってことで」
そんなこんなで、道中にあるコンビニに寄り適当なアイスを買って、食べ歩きをしながら家を目指す。
アイスじゃあ火照った身体は冷やせないが、冷たい食べ物が身体に染み渡るようだ。やっぱりこれだね二人で言い合って、どちらともなく笑い合うのだった。
あれから一週間と経過し、夏休みも終盤へと差し掛かる。時たま二人で出かけることもあったが、先日のデートや海の時ほどではなく、目立った出来事は特にない。せいぜいハグをしたくらいだ。
そうこうしていると課題も終わり、やることはなくなったので随分と気楽になった。宿題に終われたのは中学の時までさ、さすがに高校生になって同じ轍を踏むわけにはいかないのだ。
「宿題終わった記念にエッチでもする?」
「揺るがねぇなおめぇは」
相変わらずの脳内ピンクだが、もはやいつものことなので呆れもしない。芽凛衣さんというおバカちゃんだが、あんまり気にしても仕方ないのだ。
ほっとけほっとけ。
「えーだって、結婚したら子ども欲しいじゃん」
「はいはい。それはまた今度な」
今はまだそんなつもりなど毛頭ないのだ、その気がなさすぎてたちまへん。
ただ、俺のそんな返答に芽凛衣はふーんと、にんまり口角を上げた。どうせ"また今度"の部分でしょ。
「また今度ぉ?つまりぃ、エッチしないってわけじゃないんだぁ♪」
「えっ、そうだけど……嫌だというならこの話はな──」
「嬉しい嬉しい嬉しい!」
にんまりさせるのもアレなのでと、なかったことにすると言おうとしたところで、芽凛衣が飛び込んでくる。
ものすごく嬉しそうにぎゅううと俺を抱き締めながら、彼女は喜びを全身で表現している。心なしかたくさんのハートを放っているように見えてくる。
「今からすっごく楽しみ!赤ちゃん何人作ろっかぁ♪五人?十人?それとも百人?」
「落ち着け死ぬぞ」
経済的に。
どこぞの法人からの支援があるわけでもないというのに、百人の面倒なぞ見れないだろう。食事代だけで破産するぞ。
というか部屋はどうするのか、マンション一棟丸々買うというのか。そもそも芽凛衣が持たないのでは?メリーさんだから大丈夫か。
明らかにはしゃいで言っただけの言葉なのに、あれやこれやと細かいことを考えてしまう。なんとなく落ち着かないぞ。
「──んふふ♪更斗くんったら、エッチなこと考えてるんだぁ♪」
「なんでだよねぇよ」
ふと、こちらを見上げた芽凛衣がニンマリと言った言葉を否定する。
「うっそだぁ♪だって更斗くん、すごいニヤニヤしてるよ♪」
「えっ」
気付いていなかったが、どうやら俺は芽凛衣との関係を楽しんでいるみたいで、彼女の言うとおり口角が上がっていたようだ。
でも、いつぞやに抱いた不安はそこになく、心の底から楽しいという気持ちを自覚し始めた。
すると不思議なもので、段々と芽凛衣のことが愛おしく見えてくる。だから、思わず彼女を抱き締めて、これが俺の本当の気持ちなのだと。
安心して、そう信じることができた。