十一話 ごめんね
芽凛衣と買い物をしていた先ほどのこと。俺は彼女との関係のことで、強い違和感を抱いた。
彼女とは出会って一週間程度だが、すでにその関係に愛着を抱いている。出会ったばかりと言っても過言ではないのに、いくらなんでも早すぎはしないかと。
そう疑問を感じてから、凄まじい違和感に襲われてしまい、俺の意識になにが起こっているのかと恐怖にも近い感情を抱いた。
買い物の途中にそのことで頭がいっぱいになり、考え込んでいたところを芽凛衣に見られてから、彼女の様子が少し硬い。まるで緊張しているような感じだ。
そして買い物を終えて帰宅した今、彼女からそのことを尋ねられたのだ。
「なに考えてたの?」
たった数文字の質問だが、その雰囲気は硬い。そのようすに、まるで見抜かされているような錯覚に陥る。
再び冷や汗が滲んでくるが、かといって逃げるわけにもいかない。腹を括って、先ほど考えていたことを芽凛衣に話すことにした。
「芽凛衣がウチに来てから、一週間経ったよな」
伏し目がちに、芽凛衣とは目を合わせず、少し右に視線をずらしてそう問いかける。
「うん」
「確かにその一週間のほとんどは、芽凛衣と一緒にいた。時間の密度でいえば、結構なものだと思う。だけどな、思ったんだよ……」
ここまで言って、言葉が詰まる。先ほどより冷や汗が増えて、心臓の鼓動が強くなる。
少し息を深く吸ってから、ゴクリと息を呑んで呼吸を整えてから、芽凛衣の目を見て俺は言った。
「不自然なくらい、俺は芽凛衣が好きになりそうになってる。それこそ、好意を抱きそうなくらいに……だから、それが怖いんだ。まるで俺の心が捻じ曲げられているようで」
「っ!」
言った、言ってしまった。それを聞いた芽凛衣が、ほんの少しだけ驚いたような、悲しそうな顔をした。
そして、僅かに開いた口をキュッと結んだ彼女が、服の胸元をギュッと握って、口を開く。
「……それは、私が更斗くんを好きだからだと思う。私の生まれは、ちょっとおかしいから……」
芽凛衣から告げられたのは、そんな要領を得ない答えだった。まるでふざけているのかと言いたくなるような前半と、意味の分からない後半。
しかし、彼女との出会いは異常そのものだった。もしかしたら、芽凛衣にはなにかオカルトじみた空気があって、俺はその影響を受けているのだろう。
明確にならないまでも、そんなことをぼんやりと考えながら、彼女の言葉の続きを待った。
「私の生まれは、まだ言えない……けど、いつかそれはちゃんと話したいと思ってるの。まだまだ更斗くんにはたくさん伝えなきゃいけないことはあるよ。それこそ、私が更斗くんを愛してる理由とかね」
意味が分かるような、分からないような芽凛衣の言葉に、なにも頷けないでいた。とはいえ、好意を向けられる理由だけは、とても気になるものだった。
なんとか理解しようとするものの、頭に入ってくる言葉は断片的で、理解にはやけに時間がかかった。
ようやく理解できたかという時に、彼女は更に言葉を続けた。
「ごめんね。苦しいよね、怖いよね。私はメリーさんだもん。更斗くんがおかしくなってるのは、たぶんそのせい。実を言うと、まだ私も未熟だから、この身体というか、存在というかオーラというか、そういうののコントロールができなくて、そのせいで更斗くんの意識が影響を受けてるんだと思う」
なんだそれ。催眠術や洗脳とでも言うつもりか?そんな言葉が頭をよぎり、しかし口にすることはなかった。
視界が白んだような錯覚に陥り、意識がぐらつくような気がする。なんとなく、ぼーっしてるような。
「もっと頑張って、更斗くんには自然に好きになってもらうようにするからね。だからそれまで、エッチも我慢するから、待っててほしいの。私はそれまでずっと待ってるから、更斗くんを大好きなままで」
俺の目は既に、芽凛衣の瞳だけしか捉えることはできていなかった。ぼやける視界、滲む背景。
彼女の告げた言葉だけが意識に残り、いつしか視界が暗くなっていた。
しかし、俺は自分の異変に気が付かないまま、彼女をずっと眺めていた。
ひどく浅い呼吸で、呆然とした頭。いつの間にか彼女は俺の目の前で膝を着いて、そっと手を重ねていた。
「私は更斗くんが大好きだよ。だけど、無理矢理好きにさせたりなんてしない。できるだけ自然なままで、好きになってもらえるように頑張るから……だから今は、少し寝てね」
その言葉を最後に、俺の意識はパッタリと途絶える。椅子から崩れ落ちたことも気付かないまま、最後に耳に残ったのは、芽凛衣の言葉だった。
「ごめんね」
そして俺は、眠りについた。深い深い眠りに。