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十話 冷や汗

 芽凛衣(めりい)と二人の世界に入った後、どちらともいわずに歩きだして、水着を売っているお店にやってきた。彼女は海をご所望である。


「おべんと作るから、二人で行こうね♪」


「あぁ、楽しみだな」


 先程のやり取りもあってか、随分と心が軽い。きっと無意識に、芽凛衣が離れることに強い不安を抱いていたのだろうが、それが彼女の言葉で落ち着いたということだろう。

 あれだけハッキリ言われちゃ、疑うのは失礼というものだ。


 季節なのもあって、見渡せばそこかしこに水着が売っている。芽凛衣に着いてきたため、視界に入るのは女性用の水着ばかりだ。

 彼女は並んでいる水着を物色して、うんうんと唸り声を上げている。


「んー、どれにしよっかな?」


「芽凛衣ならなに着たって似合うだろ」


「ぐはっ」


 だって芽凛衣だぞ?と思って言ったのだが、彼女は胸を押さえて、苦痛に顔を歪めた。なんだいったいどうしたというのだ?

 顔を歪めている割には、どこか恍惚としているように見える。顔も赤い。


「ふ、ふふふ……更斗(さらと)くんってばいきなり口説いてくるなんて、さすがだね。我が生涯に一片の悔いプフッ──」


「バカ言ってねぇで早く選べ」


「はい」


 胸を押さえながら、悲しいほどにしょうもないことを言い出した芽凛衣の背中を軽く叩き、正気に戻す。

 気を取り直して選び始めた彼女を見て、俺も自分の水着を買おうかと、男性用の水着コーナーへ移動する。


 海岸沿いの街に住んではいるが、俺自身はそこまで海に遊びに行くような性格ではなく、学校用の水着しか持ち合わせはない。

 なので、どんな水着が良いのか迷ってしまう。


 芽凛衣の隣に並ぶわけだから、あんまり地味すぎるのも良くないだろうが、かといって派手すぎるのも趣味じゃない。

 そもそも、水着どころかそれ以外にも身嗜みが中途半端だ。ハッキリ言って、垢抜けていないと言って良いだろう。

 折を見て美容室にでも行ってみるか?



 あれこれ考えながら、並ぶ水着を物色する。しかし、どうにも集中できていない。上の空だ。

 心にある違和感が、そうさせていることは明白だった。


 どうして俺は、芽凛衣にここまで意識を向けているんだ?


 好意にも近い感情を抱き始めている俺に、思わず眉根に力が入る。彼女との関係が始まってまだ一週間程度だ。

 普通に考えて、そんな短期間でここまで気を許すなどあり得ない。たしかにその期間は、ほぼずっと一緒にいたのだ。

 関わってい時間の密度や、積極的に話しかけてくる芽凛衣のことを考えると、納得してしまいそうになるが、まるで呑みこまれそうな安心感に気付くと、冷や汗が吹き出てくる。


 俺はなにか、ヤバイものに足を突っ込んだのではないのだろうかと。取り返しのつかないことになるかもしれない。


「…ら……くん……さ……と…ん」


 まさかとは思うが、俺の心が捻じ曲げられている?芽凛衣との出会いを考えたらおかしいとも言いきれない。

 警戒心がいつの間にか解かされて──


「更斗くん」


「っ!」


 思考を切り裂いたのは、芽凛衣の声だ。彼女の声と同時に、右肩をガシッと掴まれてハッとする。


「大丈夫?顔色悪いよ?」


 眉尻を下げた芽凛衣が、俺の顔を覗き込んでジッと目を見つめてくる。その翡翠の瞳はとても綺麗で、とても怖かった。

 このまま見つめていたら、いつの日か飲み込まれそうで、思わず目を逸らす。


「あぁいや、ちょっと考え事してて……芽凛衣はもう決まったのか?」


「決まったっていうか、もう買ったよ。ほら」


 芽凛衣はそう言って、購入した水着が入っている袋を掲げて、にこやかな笑顔を向けてくる。

 いつの間にそこまで時間が経っていたのかと、考え事に耽っていた自分に気が付いた。


「マジか、んーじゃ取り敢えず、コレにするか。芽凛衣はどう思う?」


「んゅ?んー、アリだと思うけど……」


「よし。ほいじゃ買ってくるわ」


「うん」


 気を取り直して、さっきまで視界に入っていた水着を手にとってレジへ向かう。アリだと言ったその時に、芽凛衣がスッと目を細めていたこと、俺は気が付かなかった。


「……ふぅん」


 俺を見送った芽凛衣は、何かを察したように声を出す。しかし、俺はレジにいるためソレに気付かない。



 間違いなく、違和感を察知している芽凛衣。でも彼女は、その後も何かを言うことはなかった。

 そのまま帰宅して、芽凛衣と一緒に部屋に入り、椅子に腰を降ろす。ちなみに、彼女はずっと俺の部屋で過ごしている。他に空き部屋がないのでね。


 そして芽凛衣がふと、真剣な表情で話しかけてくる。


「なに考えてたの?」


 いつもより硬い声色で尋ねられたソレは、明らかに先ほどの店でのことだ。冷や汗をかいて、現状に違和感を抱いているときのこと。

 それに俺は、どう答えればいいのか頭を抱えた。

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