九話 離れたりしないから
予想外に冷たい態度で返した芽凛衣に、彩斗と風夏は困ったように苦笑い。
俺はというと、驚きの光景に芽凛衣の顔を見て固まってしまった。そんな俺を見て、彼女はアハハ…と力無く笑う。
「ごめんね更斗くん。別に怒ってるわけとかそういうわけじゃなくて、ちょっと緊張しちゃって……」
「セフレがどうとかの下りで……?」
「それもあるけど、なんかその……盗られるんじゃないかって思って……」
芽凛衣がそう言って、俺の腕をギュッと抱き締める。その言い分から察するに、俺が誰かに盗られると言うことになるのだろうが、いまいちピンと来ない。
「その、三陰さんに……」
「え、私?」
「いやなんでだよ」
どんな勘違いなのか、芽凛衣は俺が三陰となにかしらの関係になると思ったらしい。言っておくが、初対面である。
「だって、三陰さんが更斗のこと見てるとき、なんかすごい……値踏みする感じだった」
「えっ、ごめんそんなつもりじゃなくて、ただ彩斗から話を聞いてたから、ちょっと気になってただけ」
「彩斗?」
いったいどんな話をしたのかと、彩斗に視線を向ける。彼は気まずそうに頬を掻きながら、視線を逸らして言った。
「いやその、別にへんな話をしたわけじゃなくて、ただ気に入ってる友達のことを話したかっただけで、深い意味はねぇんだ」
「アンタ、更斗くん大好きだもんね」
「うるせ」
なんとも照れ臭い話である。彩斗だって、別に友達が少ないわけじゃない。俺たちはただ、高校に進学してから、名前が似てるからというきっかけから、妙にウマが合って親しい仲になっただけだ。
彼には、俺以外にも友人はたくさんいる。
そんな友人たちの仲でも、俺との関係を気に入ってくれているということだ。マジで良い奴。
「そういや、彩斗のこと話してなくね?」
「そういやそうだな。俺は北島 彩斗だ、よろしく」
「よろしく」
幾分か態度の柔らかくなった芽凛衣が、会釈の要領で頭を下げる。三陰は別だが、彩斗とはこれからも会う可能性は高いので、彼との顔合わせは知っておいて損はないだろう。知らんけど。
「さ、挨拶も済んだしそろそろ行こうよ。紫崎さんも更斗くんとの時間に水差されたくないでしょ」
「それもそうだな。んじゃ、そろそろ行くわ」
「おう、じゃあな」
「さよなら」
三陰の気遣いを合図に、俺たちはここでお別れだと挨拶を交わす。芽凛衣は相変わらず硬めの態度だったが、最後にふっと笑って見せた。
暴力的なまでの魅力的を見せた芽凛衣を見て、彩斗たちは目を見開かせて言葉を失っていた。
彩斗たち二人と別れた後、近くのショッピングモールにやってきた俺たちは、気になった店を適当に回っていた。
気が付けば芽凛衣とはガッツリ手を繋いでおり、彼女の放つ独特な雰囲気も相まって、周囲からの視線をすごく集めていた。
「そういえば、今夏休みじゃん」
「どうしたいきなり」
当たり前のことに今さらながら気が付いた芽凛衣が、驚いたような声を上げた。こんだけクソ暑い上に学校にだって行っていないのだから、わざわざ言うまでもないことだと思うのだが。
「来週あたり海に行こうよ!」
「正気か怪談女」
仮にもメリーさんなのだから、人前に出すぎるのは遠慮ほしい。見られすぎて消えてしまったりはしないだろうか?
「ちょっ、怪談女ってなにぃ?私傷付いちゃうなー」
「そうか、そりゃあ大変だなメリーさんがよ」
「たしかにそうだけどさぁ……」
メリーさんというワードに言い返せなくなり、しょんぼりとする芽凛衣。ちょっと言い過ぎたかと思わなくもないが、彼女のような可愛すぎる女の子に理由なく好かれているという時点で、まるで夢を見ているようなものだ。
現状に愛着を持ち始めている今、覚めて欲しくない夢だと思ってしまう。気が付けば一人になっていそうだ。
「大丈夫だよ」
芽凛衣は足を止めて、ハッキリとそう言った。強い眼差しで目を見つめながら、見透かしているかのように。
「私は絶対、更斗くんから離れたりしないから」
あぁ、完全に見透かされているみたいだ。いつの日か芽凛衣が、俺の傍からいなくなるかも知れないという不安を。
そんな彼女の言葉に、俺は頷いて答えた。
「だから私のこと、いつかきっと愛してね」
芽凛衣は、優しい笑みを浮かべながら、優しくそう言った。なかなかどうして、安心感を抱かせる。
たぶん、これが好きになる予兆なのかもしれない。