プロローグ
銀に輝く綺麗なストレートヘアが、ふわりと風に揺れる。腰ほどまでに伸びたその髪をそっと撫でると、サラサラと柔らかい感触があった。
それを堪能している俺を、目の前の女の子が微笑みながら、静かに見つめている。
そんな彼女の瞳は、とても綺麗な翡翠色だ。そして、シミひとつホクロひとつも見当たらない、スベスベとした真っ白い肌。
どれをとっても、綺麗という言葉しか出てこない。
彼女と出会ってから、まだひと月経ったかどうかといったところであるが、既に俺は心を奪われている。それは決して、彼女が綺麗だからというだけではない。
なにせ、最初は警戒していたのだから。
「ねねっ、ギュッてして良い?」
突然、彼女は俺の胸にそっと手を添えて、上目遣いで問いかける。断るという選択肢を奪うような、判断力を奪う仕草。
断るなんてのはありえない。
「いいよ」
俺はそう言って、彼女の背中に手を回して抱き寄せる。胸に抱かれた彼女は、待ってましたとばかりにギュッとしてきた。
ぐりぐりとその額を胸に擦り付けて、喜びを表現している。相変わらずリアクションが大きい。
「ん~~ッ♪んふふ、大好き♪」
何度も何度も、事あるごとに出てくる言葉だが、今回ばかりはドキッとしてしまう。俺も大概チョロいということなのだろうが、そりゃあ仕方ないというものだ。
出会ったその日に告白されて、甲斐甲斐しく世話をされて。いつか振り向かせてみせるというその気持ちに影響されるなど、そんなに不自然な話ではない。
むしろ、器量も良く外見も人間離れするほど可愛い女の子にそこまでされてしまえば、誰だって心が揺れるというものだ。
しかもデートに来て、良い景色を見ながらのやりとりだ。これでなにも思わなかったら、なにかしらの感情が欠如している可能性もある。
少々大袈裟かもしれないが、あながち間違っているとも言えないだろう。
変わらない好きをくれる彼女に心を奪われるなど、なんらおかしくはない話だ。
夕陽に照らされながら、それなりに長い時間が経過して、そろそろ良いかと彼女に声をかける。
「そろそろ帰ろうか」
「んっもう少しだけ……」
顔を埋めたままの彼女が、小さな声でそう言った。暑いし汗もかいてるから、それを自覚したせいで恥ずかしくなってきた。
臭くないだろうかと不安になっていると、彼女はすぐに顔を上げた。
「んっ、おっけ♪ありがとね、更斗くん!」
「どういたしまして、芽凛衣」
そんなやりとりをして、彼女はスッと離れ手を繋ぐ。眼下に広がる景色に背を向けて、俺たちは家へと歩き出した。
海沿いにあるこの町のちょっとした観光スポットにもなりそうな場所だが、意外と穴場だ。実際、ここにやってくる人たちの大半は、俺たちのようにこの町に住んでいる。
つまり、地元の人たちに知られているデートスポットというわけだ。眼下には街並みが広がり、その向こうには海も見える。夜景だって綺麗なので、それを見るために夜に訪れる人たちだっている。
なぜこんな場所に来たのかというと、それは彼女が来たいと言ったからだ。どこで、この場所のことを耳にしたのだろう?
そんなことを考えてしまうが、気にしたところで仕方ないだろう。なにせ、謎だらけの女の子なのだから。
「えへへ、いい汗の匂いだったよ♪」
「うるせぇ言うな恥ずかしい」
撤回だ。謎じゃなくて、ただの変な人ってだけだった。そりゃああれだけくっつけば分かるでしょうね。
楽しく会話をしながら、そう時間のかからないうちに家に着いて、彼女は夕食の用意をはじめる。食事の用意はいつも任せているので、その分ほかの家事をしたり、課題をしたりで時間を潰している。
手伝えることはないのかと言われると、正直ないのだ。というか、あんまり傍にいたくない。
だって、色々と見えるからな。普通にエプロン着けりゃあ良いのに、どうしてか素肌の上に着けたがる。
まぁ、もう見慣れたものだが。
謎の出会いから始まった彼女との関係、結婚を前提のお付き合い。随分と積極的なアプローチ。
考えはじめればキリがない。出会う前から好かれているなんて、意味が分からないだろう。
でもそれで良い。きっといつか、その理由が分かるはずだから。
「更斗くーん、ごはんできたよ♪」
「はいよー」
リビングで課題を進める俺に、彼女が声をかける。手を止めて立ち上がり、綺麗に彩られた食卓を前にして、腰を下ろす。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
二人で手を合わせて、箸を手に取る。もう何度目かも分からない、そんな一幕。
すっかり馴染んでしまった彼女との日々は、これからもずっと続く。