第1話 鮮血の夜
――あの日、私は魔獣を殺さなかった。
――『殺さない』選択をしたことを、今でもずっと後悔している。
目の前に広がる炎に包まれた村。
夜の森を照らすほどの赤い景色の中、逃げ惑う人々に黒い影が容赦なく襲い掛かる。
「誰か助けてぇええ!!」
「死にたくないッ……死にたくないッ!!」
悲痛な叫びが四方から響く。
家屋が焼けた焦げ臭さと血の匂いが入り混じった、死の臭気。
急いで駆け付けた時には、すでに村は魔獣の群れに襲われていた。
黒い狼が流れるように村人の体に食らいつく。
『せめて子供の命だけは』と母が子に覆い被さり、『早く逃げろ!』と叫びながら友や家族の命を庇っていた。
その場で立ち尽くし、目の前の惨劇を見ていることしかできない。
自分の手には鉄の剣が握られている。
それなのに、どうして……?
体が動かない。
(……動け。――動け動け動けッ!)
戦える力も武器もあるのに……どうして?
「はッ……はッ……はッ……」
徐々に浅くなっていく呼吸。息ができない。
自責の念が濁流のように押し寄せてきた。
魔獣とは――100年前に魔王が現れた影響を受けて、動物の姿や体質が変化した生き物。
草食もいれば、人を襲う肉食もいる。
『魔獣には気を付けろ』
それが共通認識だった。
頭では分かっていたんだ。それでも――
(私が、私があの時、見かけた草食の魔獣を殺していれば……)
(ただ『村から追い払うだけでいい』なんてそんな甘い考えが、別の魔獣を呼び寄せることになるなんて……)
『――お前のせいだ』
聞こえてきたのは、何重にも重なった人の声。
幼い子供。背中を切り裂かれた母親。
助けを求めていた誰かの声が、ゆっくりと責め立てるように耳の奥に響いていた。
呪いのように言葉が染み込んでいく。
何度も、何度も――何度でも繰り返す。
『――お前のせいで、みんな死ぬ』
最後に加わったのは冷たい無機質な声。
他人のように投げ捨てられた言葉。
でも、分かる。これは――私だ。
私自身の声も重なって聞こえた。