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怪物から離れたい  作者: 胡蝶 蘭
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第九章 パーティー

しばらくの間、私は「磐長姫命いわながひめの守り木」を見つめ続けていた。


どれくらいの時間、そうしていたのか。

気がつけば、時間の感覚が曖昧になっていた。


—— まるで、時が止まっていたかのように・・・


しずく!」

突然、後ろから 和流まるの大きな声 が響いた。

「ずっと、ここにいたの? 時間になっても来ないから、見に来ちゃったよ!」

私は ゆっくりと振り向く。

「……ごめんなさい。ここにいたら、時間の経つのも忘れちゃったみたい」

和流は 軽くため息をつく。

「雫ってほんと、ここが好きだよな」

「なんか……この岩と木を見ていると、落ち着くのよね」

私は 静かに岩とクスノキを見上げる。

「僕は、毎日ここにいるからかな……何にも感じないけど」

「この空気感が、私には合っている気がする」

「ふーん……僕、よくわかんないや」

和流は 首を傾げる。


「そういえば?・・・なんで私の前だと 『僕』 なの?」

和流は 一瞬、きょとんとした顔をする。

「……女の子の前だと、『僕』の方がいい感じがするから」

「男の前だと?」

「俺!」

和流は 少し得意げに答える。

「……なんで?」

「……だって、ちびだから」

和流は 気まずそうに目を逸らす。

「『僕』だと、男には舐められるだろ?」

私は じっと和流の顔を見つめる。

「そうかな? ご家族といるときは?」

「……俺」

「じゃあ、私の時も 『俺』でいいわよ」

そう言いながら、私は 口元に拳を当てる。

肩がわずかに震えた。

「……ふふふ」

声を出さないようにしたつもりだったけれど、微かに笑みが漏れる。


「—— あっ!!」

突然、和流が 何かに気づいたように声を上げる。


「……ん?」


「貴重な雫の、貴重な姿、拝めたぁ〜!!」

そう言うなり、両掌を擦り合わせながら拝む仕草をする。

私は、照れながらそっぽを向いた。

けれど・・・ほんの少しだけ、心も体も温かくなった気がした。


「早く行こ!!父ちゃんと母ちゃんが待ってるから!!」

和流まるは 私の手首を掴むと、そのままぐいっと引っ張った。

「……うん」

私は和流と一緒に、神社の奥にあるお家へと早歩きで向かった。


「「「いらっしゃい!(いらっちゃい!)」」」

玄関に着くと、和流の お父さん、お母さん、そして弟のしょうくん が、そろって私を迎えてくれた。

「雫ちゃん!」

勝くんが 私の腰あたりにぎゅーっと抱きついてくる。

つい、坊主頭をなでなで してしまった。

—— なんとも言えない撫で心地。気づけば、無表情のまま ぐりぐりと撫でていた。

勝くんが ちらっと和流を見る。

そして 得意げにニヤッと笑う。


「……?」


その瞬間——


ベリッ!!


和流が 勝を容赦なく引き剥がした。

「撫でてほしいなら、俺が撫でてやる!」

そう言って、勝の頭を わしゃわしゃと強めに撫で始めた。

「兄ちゃん、やめろよ! 俺は雫ちゃんに撫でてほしいんだぁ!!」

「はいはい、残念でした〜」

二人は わちゃわちゃとじゃれ合いながら、頭を撫で合っている。


—— なんて、微笑ましい・・・


でも、羨ましい……


そう考えた瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられ、目の奥がじんわりと熱くなった。


—— 泣きそう・・・

私はそっと まばたきを繰り返し、気持ちを落ち着かせた。


「お邪魔します」

私は靴を脱ぎ、家の中へ入る。


リビングに足を踏み入れた瞬間——


「……!!」思わず、息を呑んだ。


そこには 天井に届きそうなくらいの、大きなクリスマスツリー が飾られていた。


キラキラと輝く、たくさんのオーナメント。


ふわふわの綿雪の飾り。


てっぺんには、大きな金色の星。


「……おっきくて、すごく綺麗!!」

私は ツリーを上から下までじっくり眺めながら言った。

和流が 得意げに胸を張る。

「俺たち自慢のクリスマスツリーなんだ!! 雫に見せたかったんだ!」

勝くんも 胸を張ってアピールする。

「俺も手伝ったんだよ!」

その姿が可愛くて、つい頭を撫でた。

(……撫でていいか聞かなかったけど、さっき喧嘩してたし、まぁOKだよね?)


リビングのテーブルには、ご馳走が並んでいた。

—— ローストチキン、ピザ、サンドイッチ、色とりどりのサラダ。


そして——


中央には、いちごがたっぷり乗った二段重ねのクリスマスケーキ。

「……すごい」

普通の家庭って、こうやって みんなでクリスマスをお祝いするんだよね?


……ん?

私は ふと考えそうになった思考を、慌てて振り払った。


「さぁ〜! みんなで美味しいお料理を食べましょう!」和流の お母さんの華さん が、取り皿やグラスを配る。

お子様用のシャンパン風ジュース、大人はスパークリングワイン。

それぞれのグラスが揃うと——


「「「「「かんぱ〜い!!」」」」」


私も、小さな声で乾杯した。

みんなで グラスをぶつけ合いながら、少しずつ飲み物を口にする。

—— この空間が、温かくて、眩しくて。

少しだけ、胸が苦しくなった。


でも、ここにいられることが、ただただ嬉しかった。あんなに決心していた・・・というのに・・・


「ここは神社なのに、クリスマスなんだね?」私がそう言うと、和流が ケラケラと笑いながら肩をすくめた。

「神社の中でも、クリスマスをしたっていいんだよ」

「……でも、神様が違うから、やっちゃいけないのかと思ってた」

そう呟くと——

「まぁ〜……確かに、境内の真ん中にツリーを飾るのはできないけど」穏やかな声が聞こえた。

振り向くと、和流のお父さんの鉄太てったさん が、楽しそうに笑っていた。

「でもな、ここは俺たちの家だからな。家の中なら大丈夫さ。神様は、そんなに心が狭くないよ」

そう言って、グラスの中のスパークリングワインを軽く揺らす。

「……そうなんだ」

私はもう一度、大きなクリスマスツリーを見上げた。

「私の家には、クリスマスツリーが……ないから……」

ふと、ぽつりと呟く。

「普通は、毎年こうやって、お祝いするんですよね?」


—— その瞬間。


岩鉄一家のみんなが、ふっと 顔を見合わせた。


「……?」


なんか、変なこと言ったかな?


すると——

「雫ちゃんちって、みんなでチキン食べたり、ケーキ食べたりしないの?」

しょうくんが 不思議そうに首をかしげながら聞いてきた。

私は 少し考えてから答える。

「……クリスマスしないし、ケーキなんて家じゃ食べたことないし……」


その瞬間——

ぎゅーっ!!

勝くんが、また 私の腰のあたりにしがみついてきた。

「今日は一緒に、ご馳走いっぱい食べよう!」

「……いいの?」


私は そっと、鉄太てったさんとはなさんの顔を伺う。

二人は、ふわりと 優しく微笑みながら頷いてくれた。


—— あ、また……。


また 涙が出そうになった。私は 慌てて勝くんの頭をぐりぐりと撫でた。


「ん〜〜〜ぐりぐりぐり!!」

「わぁぁ! 兄ちゃんより力強い!!」

勝くんが ジタバタと暴れる。和流が優しく微笑んでいた。


「まだお昼には少し早いけど、みんなで早めにいただきましょう!」華さんが、朗らかな声で言う。

「「「うん!(はい!)」」」

私たちは元気よく返事をした。

そして、その瞬間、私は初めて『クリスマス』というものを楽しめた気がした。


あんなに『誰も信用しない』と心に決めていたのに、早くもその決意が揺らぎ始めている自分がいた。

岩鉄一家なら、少しは信じてもいいのかもしれない……

でも、もし和流も、楓の言葉を信じてしまったら?

そして、みんなも……?

そんな疑念を拭い去ることは、まだできそうになかった。


「はい、ケーキどうぞ」


華さんが、どのケーキよりも大きな一切れを私の皿にのせてくれた。

私はスプーンですくい、一口ぱくっと食べる。


「……美味しい!!」

思わず声を上げた瞬間、みんながポカンと口を開け、私をじっと見つめた。

……え?

何かおかしいのだろうか?

不思議に思いながら首をかしげる。そんな私の様子に、最初に反応したのは和流だった。

「もっと食え食え! ほら、これも!」

そう言って、自分の皿にあったいちごをスプーンに乗せ、私の口元へと差し出してくる。

(……これは、食べろってこと?)

そっと口を開けると、甘酸っぱいいちごが口の中に広がった。

「んんーー!」

「俺のもー! 俺のもー!」

今度は勝くんが真似をして、またいちごを差し出してくる。

私はもう一度、ぱくりと口に含んだ。


みんなが笑顔で私を見つめていた。

気づけば、涙が頬を伝っていた。


「あらあら、まあまあ」

華さんが優しくハンカチを差し出してくれた。

けれど、渡された途端、溢れ出す涙は止まらなくなった。

今までずっと我慢していた涙が、堰を切ったようにこぼれてきた。


そんな私の頭を、和流が優しく撫でてくれた。


「ぐすっ……ぐすっ……」

鉄太さんは、もらい泣きをしたらしく、泣きながらケーキを食べていた。


「……ぷっ」

その姿を見たら、不思議と、涙の中に笑みが混じる。

子どものようにえぐえぐと泣く鉄太さんを見ていると、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。


私は今日、初めて——心から、笑えた気がした。


そんな楽しいひとときは、あっという間に過ぎていった。

名残惜しいけれど、そろそろ帰る時間だ。


「今日は、本当にありがとうございました」

私は深々とお辞儀をした。

「はい、これ! メリークリスマス」

華さんが、優しく微笑みながら小さな包みを差し出してくる。

「……えっ?」

驚いて動けないでいると、そのプレゼントを和流がすっと受け取り、私の手の中にそっと押し込んだ。

「みんなで、雫に似合うものを選んだんだ。あとで開けてみて」

「……っ」


胸の奥が、じんと温かくなった。


私は、また涙がこぼれそうになり、もう一度深くお辞儀をした。

ぽたぽたと落ちた雫が、玄関の床に静かに染みこんでいった。


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