第七章 放課後のゴミ捨て場
冬休みが近づいていた、ある日のこと。
掃除の後、ごみを捨てるために学校の裏にあるごみ捨て場へ向かおうとすると、何やら 言い争うような声 が聞こえてきた。
校舎の角からそっと覗いてみると、真ん中に 小さな男の子 がいて、三人の男子に囲まれていた。
—— 和流じゃない!?
何をしているんだろうか?
すぐに飛び出すべきか迷いながら、少し様子を見ることにした。
すると、一番体の大きな男の子が 吐き捨てるように言った。
「おまえ、調子に乗ってんじゃねぇぞ! 女子に 可愛い って言われたからってよ!」
……たしかに、和流は可愛い。
小っちゃくて、坊主頭で、一度は撫でたいと思う気持ちはよくわかる。
というか、今も撫でたい……。
「おまえ、女みてぇだな! ちびだし、女より体ちっせぇもんな!」
「女ならメソメソ泣いてみろよ!」
和流は、ふんっと鼻を鳴らして 堂々とした態度で言い返した。
「ふざけんな! おまえの方こそ、女子にモテないもんな! カッコいいわけでもないし!」
「俺って 可愛い からな! 悔しかったら、可愛くなってみろよ!」
……あら? 自分で可愛いって認めちゃったわ。
やっぱり、あの男の子たちもモテたいのね。
「これから 和流子ちゃん って呼ぶことにしようぜ」
「和流子ちゃ〜ん! ハハハ!」
馬鹿にしたような口調で、他の二人も笑い始める。
けれど、和流は怯むことなく キッと睨み返した。
「おまえら、そんなんだから女子にモテないんだよ! そんなんじゃ一生無理だわ!」
「なにをーーー!!」
体の大きな男の子が 拳を振り上げる。
—— その瞬間、私は踏み出していた。
「やめなさい。」
静かな声だったが、はっきりとした強い口調で。
「思い通りにならないからって、暴力はよくないわ」
男の子たちは 驚いたように振り向いた。
「誰だ、お前!!」
そう叫びながら、私の姿を見て バツの悪そうな顔 をする。
「おまえも小っせぇなぁ〜! 俺より小っせぇくせに、偉そうにしてんなよ!」
私は いつもの無表情のまま、淡々と答えた。
「あんたより小さくたって、歳は上なのよ。だから、あんたよりお姉さんなんだから」
静かに、睨みつけながら冷たく言い放つ。そして、男の子たちをまっすぐに見据えた。
「お前には関係ないだろ! あっちに行けよ!」
男の子が苛立ったように言い放つ。私は無表情のまま答えた。
「ゴミ捨て場がこっちにあるの。邪魔だから、向こうでやってくれる?」
そう言って、正門の方を指さす。
「……あんな目立つところで、やれるかよ!ここだったら職員室から見えないから、できるんじゃねぇかよ!」
「男だ女だ言うんだったら、正々堂々と真ん中でやりなさいよ」
私は肩をすくめながら、呆れたように言い放つ。
「せこいわねぇ~」
そして、ふと思い出したように 付け加えた。
「……あっ、そうそう」
男の子たちが警戒したようにこちらを見る。
「さっきのやり取り、動画に撮ったから」
「……は?」
「また、同じようなことやってるの見かけたら、その顔をSNSに流してやる から、今後、しないように」
「ちきしょー!! 覚えておけよ!」
そう吐き捨てると、彼らは 悔しそうに去っていった。
和流は 大きなため息 をつく。
「はぁ~……殴られるかと思ったぁ~」
そう言いながら、安堵の表情を浮かべる。
「サンキュ!雫!」そして、ちらりと私を見上げて ニヤッと笑った。
「あいつ、体だけはデカいんだけど、意外と気は小さいんだな?それにしても……」
「……何?」
「だって、あいつ体デカいから、ひとひねりで雫なんかぶっ飛ばせるぞ?」
「大丈夫よ」私は さらりと言い放つ。
「また難癖つけてきたら、『あんたの顔、拡散してやる』って脅してやるから」
「雫って、意外に大胆だな」和流は 感心したように頷く。
「で、その SNSの動画、僕にも頂戴!」
「……えーっと……」
私は 視線をそらす。
「ん?」
「……な……い……けど」
「……えっ?」
「ないわよ」
「えーーー! はったりか!」
「人聞きが悪いわね」
私は 冷静に言い返す。
「嘘も方便 って言いなさいよ」
「ふふふ……うぁはははー!!」
ひーひー言いながら、しばらくの間 お腹を抱えて笑い続ける。
……そんなに面白かったかしら?
私は無表情のまま、彼の様子をじっと見ていた。
「あっ、そうそう!」
和流が 思い出したように顔を上げる。
「父ちゃんが、23日の土曜日、神社に来れるか? って聞いてた」
「大丈夫だけど?」
「なんか、用事があるみたいなんだ。いつ頃来れそう?」
「10時ごろには行けると思う」
「じゃあ、父ちゃんにそう言っとく!」
そう言い残すと、和流は ぱっと笑って、走り去っていった。
和流とは、自然とよく話すようになっていた。
彼は、学校が休みの土日になると 神社の掃除を手伝っている ので、私が参拝に行くたびに、境内で掃除をする姿を見かけた。
そのうち、和流のお父さんの鉄太さんに神社や祀られている神様の話を聞かせてもらうようになった。
鉄太さんが忙しくないときは、和流と一緒に話を聞いたり、時には和流のお母さんの 華さん が昼食をご馳走してくれることもあった。
和流には 2歳下の弟 がいる。
和流とそっくりの 坊主頭 で、とても可愛らしい子だ。
彼は、私のことを 「雫ちゃん」 と呼んでくれる。
こんな家族が私の家族だったら……と思わない日は……ない。
楓は、私がずっと図書館に行っていると思っているだろう。
神社にお参りに行っていること。
岩鉄家に招かれることがあること。
それを もし知られたら、また あの時みたいに何かされるかもしれない。
……だから、絶対に言えなかった。
このことは、和流にも話していない。
双子の妹がいることも、今は言えない。
—— いつか話せる時が来るだろうか?
和流には、学校ではあまり話しかけないように と伝えてある。
『なんで?』
そんな顔をしていたが、和流は それ以上追及してこなかった。
もしかしたら、何か 察していたのかもしれないけど、ありがたいことに、彼は それ以上何も聞いてこなかった。