第4章 冬弥
俺は何かを見落としているのか?
あの日から、すべてが変わってしまった。
どうすればよかったんだろう? どうしたら、あの日の前に戻れる?
大人になった今でも、ずっと考えている。あの時、俺はどうすればよかったのだろう?と・・・
松城冬弥。
俺が初めて、隣に住む双子の雫と楓に会ったのは、6歳の春だった。
母とお隣の一片さんのおばあちゃんが世間話をしている間、俺は部屋でゲームに夢中になっていた。
そんな俺に、母は昼ご飯の最中に言った。
「明日、お隣の一片さんのおばあちゃんが出かけるんだって。それで、双子ちゃんを少しの間見ててくれないかって頼まれたのよ」
「……そう。頑張ってね」
「冬弥も一緒に遊んであげるのよ。ゲームばっかりしてないで、たまには外で遊びなさい」
「えぇぇ……!」
「私はおやつを作るし、意地悪なんかしちゃダメよ」
「しないけどさ・・・」
非常に面倒くさい。
それが、当時の俺の正直な気持ちだった。
翌朝、10時頃。
おばあちゃんに連れられて双子がやってきた。
おばあちゃんの陰から、ふたりがちょこんと顔を覗かせる。
(……何この子たち、めちゃくちゃ可愛いじゃん)
一人はニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべ、もう一人は恥ずかしそうにこちらを見ていた。
二人とも背中まであるストレートの髪に、そろったぱっつん前髪。そっくりだけど、じっくり観察すれば違いが分かる気がする。
俺は、その日から彼女たちに目を奪われた。
最初は面倒だと思っていたのに、気づけば楽しい時間を過ごしていた。
一緒に昼ご飯を食べ、お母さんとお茶をし、おやつを食べ、テレビを見ながらおしゃべりをする。退屈どころか、むしろ充実していた。
いつもニコニコしているの方が楓。恥ずかしがり屋なのが雫。
雫のほうが姉らしい。
雫は、あまりおしゃべりをしない。表情もほとんど変わらない。
でも、美味しいおやつを食べたとき、ほんの少しだけ口角を上げることがある。
それは満面の笑みとも違う、ただの微かな変化。だけど、その一瞬がやけに貴重に思えて、目が離せなかった。
一方で、楓はいつも楽しそうに笑っていた。
だからこそ、俺は自然と『雫を笑顔にすること』に夢中になっていた気がする。
楓をないがしろにしていたつもりはない。
けれど、俺の時間は気づけば雫を中心に回っていた。
今、思えば――俺は、雫のことが好きだったんだ。
なのに・・・
時計を盗んだと知った瞬間、頭に血が上った。もの凄くショックだった。
そして、楓の言葉を信じ、雫を問い詰めてしまった。
それが、すべての始まりだった。
あれ以来、雫は俺に話しかけなくなり、家にも来なくなった。
学校で顔を合わせても、目すら合わせてくれない。話しかけるタイミングをつかめず、ただすれ違うだけの日々が続いた。
楓は変わらず遊びに来ていたが、雫のことを聞くと決まって言う。
『酷いこと言って、意地悪ばっかりするから、お姉ちゃんとはしゃべんないんだ!』
それを言われると、何も言い返せなかった。
最近は、楓と一緒に宿題をするようになった。
でも、彼女はあまり考えようとせず、答えを聞きたがることが多かった。
俺もやりたいことがあるし、楓の宿題ばかり見ていられない。
そう思いながらも、口には出せず、たまに『友達と遊ぶ約束がある』と断るようになった。
3回に1回は断る。
一緒に宿題をするときも、まずは自分で考えさせ、どうしても分からないところだけ教えるようにした。
楓が取り組んでいる間に、俺も自分の宿題をするようになった。
ある日、登校すると、下駄箱の前で楓が同級生の男子と話しているのが聞こえた。
「もしかしたら、お姉ちゃんかもしれない……」
楓は、不安そうな声で続ける。
「昨日、この辺でお姉ちゃんが何かウロウロしてたみたいなんだけど……宿題もあったし、そのまま帰っちゃったんだ。お姉ちゃんだったら、ごめんね。私も一緒に探すから、許してください」
そう言って、楓は深々と頭を下げた。
「楓がやったんじゃないだろ!」
「だって……だって……」楓は目をうるうるさせ、泣きそうな表情だ。
「俺、お前の姉ちゃんに言ってやんよ!」
「それだけはやめて!」
そう叫ぶと、楓は男子の腕にしなだれかかり、耳元で何かを囁いた。
最後の方はよく聞き取れなかったけど、妙に甘えた声だった。
……なんだ、これ。
まるで、安っぽい三文芝居を見せられているような気分になった。
これ、俺の時もこんな感じだったのだろうか?
第三者の視点で客観的に見ると、妙な違和感があった。
そういえば、家で遊んでいた時も、楓は俺の気を引こうとして大げさに言ったことがあった気がする……
もしかして――時計の時も?
もし、雫じゃなくて楓だったら……
『もし?』なんて考えても仕方がない。
でも、もしそうだったとしたら――俺は、とんでもない間違いをしていたんじゃないか?
……わからない。
何が本当で、何が嘘なのか。
楓と雫、どちらが正しかったのか……
今日の出来事を思い返すと、楓のほうが怪しく感じる。
でも、今さら蒸し返したところで、証拠もない。
結局、俺にできることはひとつだった。
――少しずつ、楓と距離を置くこと。
そして、もうひとつ。
俺は、真実を見極める目を養わないといけない……