表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
怪物から離れたい  作者: 胡蝶 蘭
3/29

第三章 エスカレート

あの朝食から、さらに一か月が経った。

楓は以前より遅刻や宿題の提出が減ったようだったが、それでも完全になくなったわけではないらしい。

楓の担任が私に『最近の楓さんはどう?』と尋ねてきたからだ。

『少しは改善したけれど、まだ遅刻がある』ということなのだろう・・・

正直、私に聞かないでほしい。

私は私で自分のことで精いっぱいなのに、まるで“二人セット”のように扱われるのは迷惑だ。別々の人間なのだから、楓の面倒まで見る余裕なんてない。

だが、楓は徐々に、私を学校で貶めるようになっていった。

最初は些細なことだった。

担任の先生から『この手紙を雫さんに渡して』と頼まれたのに、それをわざと渡さないとか

そんな小さな嫌がらせから始まり、次第にエスカレートしていった。

家で私にされていること――実際には誇張し、嘘を交えた話――を友達に吹聴し始めたのだ。

それを聞いた楓の友人たちは、私を睨むようになった。

最初は、なぜ睨まれるのかわからなかった。

しかし、あまりにも理不尽な態度が続いたことで、楓の友達の一人がついに口を開いた。

「どうして楓ちゃんに酷いことするの?」

「そういう意地悪、やめたほうがいいよ!」

身に覚えのない非難を浴びるようになった。

「そんなこと、してない!」と何度も反論したが、なぜか私の言葉は、その子たちには信じてもらえなかった。

反論すればするほど、楓の友人たちは感情的になり、ますます私を責め立てる。

まるで私が悪者であることが前提になっているようだった。

楓は、人を信じ込ませるのがうまいのだろう。

私は諦めた。

何を言っても無駄なら、放っておくしかない。

そう考え、必要最低限の反応しかしなくなった。だが、それが彼女をさらに刺激したようだった。

楓の嫌がらせは、どんどんエスカレートしていった。

そして、ある朝のこと。

学校に着くと、突然、話したこともない男子に大声で怒鳴られた。

「おまえ、いい加減にしろよ!」

「……は?」

私は今、来たばかりだ。何のことか、まったく心当たりがない。

「……は? じゃねぇよ! おまえ、俺の上履き隠しただろうが!」

「そんなこと、してないけど?」

「嘘つくな! 見たってやつがいるんだからな!」

「何言ってるの? そんなこと、してないから!」

「証人がいるんだよ! 早く謝れよ! 謝れば許してやろうと思ってたのによ!」

「証人って誰?」

私は呆れながら尋ねた。彼の下駄箱の場所すら知らないし、そもそもこの人と話したこともない・・・

なのに、どうして私がそんなことをしなきゃいけないの?

すると、彼は得意げな顔で言った。

「……楓が。おまえの妹が、昨日、おまえがなんかしているところを見たってさ!!」

「……」

「楓は優しいから、今朝、一緒に探してくれたんだ。必死になっておまえのこと庇って、『許してあげて』って謝ってくれたよ。俺、感激したよ」

「……」

私は何も言わなかった。

「おまえ、前から俺のこと好きだったんだろ? 俺の気を引きたかったよな?」

彼はニヤニヤしながらそう言ってきた。

「……」

「なんとか言えよ!」

また怒鳴られる。私は、ふぅ、と一つ息をついた。

そして冷静に言った。

「証拠写真は?」

「……は?」

「誰かが『言った』とか、『楓が見た』とか、そんな話は信用できません。私がやったっていう決定的な証拠を見せてください。でなければ、それはただの言いがかりです」

「そんなのあるわけねぇだろ! 楓はいい子だからな!嘘なんかつくわけないし! おまえが嘘ついてるに決まってるじゃん!」

バカなのか?

「話になりませんね。私は教室に行きます。失礼します」

そう言い残し、私はさっさと歩き出した。

遠くの方で「ふざけんな!」と怒鳴る声が聞こえたが、無視した。

そんなことが何度も続くと、さすがにうんざりしてくる。

ある日は上履き、またある日は筆箱や教科書・・・

でも、楓とは教室が違うし、他の教室にこっそり入るのは難しいし、必ず誰かしらいるのに、そんなこと私にできるわけがない。それなのに、まるで犯人扱い。

面倒くさいから放っておこう。

そう思っていたのに、教室の出入り口でまた誰かが文句をつけてくる。この年頃の男子は、一度思い込んだら言わずにはいられないのか?

しょうがないから適当に対応していると、殴ろうとしてくる輩まで現れた。

――そんな時、いつも助けてくれる男の子がいた。

殴ろうとしていた男子の腕を掴んで止めてくれたり、さりげなく「ここで手を出したら、おまえの方が悪い奴になるからな」

一片ひとひらは、やってないって言ってるだろ?」

「俺、見てたけど、一片はずっと教室にいたぞ。いつ盗む時間があったんだ?」と冷静に対処してくれる。

正直、助かっている。

彼の名前は 湊優弥みなと ゆうや

小学校1年生の時から同じクラスだったけど、ちゃんと話したことはない。

でも、学年で一番人気の男子。

曲がったことが嫌いで、優しくて、カッコよくて、背も高い。

私の中の好感度はナンバー1……だけど……

いつか彼も楓の毒牙に落ちるかもしれないなぁ~

そうなったら、ショックなので考えないようにしよう……

うちは、浅草の仲見世からは少し離れた所だけれど、湊君の家は浅草の仲見世 でお店をやっているらしい。

昔ながらの江戸っ子気質だからか、誰かの話を鵜呑みにせず、自分の目で見て判断するタイプのようだ……そう思いたい。

今日は 彼と同じ日直の仕事 で、放課後教室の黒板を消したり、先生の手伝いをしたりしていた。

今は、二人だけだし、一度ちゃんとお礼を言っておこう。

「湊君、いつもありがとう。助けてくれて……」少し恥ずかしくて、つい下を向く。

「一片も大変だな・・・なんであんなことばっかり起こるんだろうな? 一片にちょっかい出すのって、もしかして可愛いからじゃね?」湊君はそう言って、椅子に腰掛けた。

「へ?」……しまった。変な声が出ちった。

可愛い? 私が?親にだって言われたことないのに?

驚きすぎて変な顔になったのか、湊君は満面の笑みで 「うぉっ、レア顔!」 と笑った。

(うゎっ!!ま、眩しい……!)思わず顔を覆いたくなったけど、何とか耐えた。

「私、別に可愛くないです。ああいうの、みんな面白がってるだけですよ。でも……いつも助けられてるから、お礼言いたかったんです」必死に平静を装いながら言う。そう言いながら、また俯いた。

「……なぜに敬語?」湊君がクスクス笑う。

「俺には普通に話してくれない? あとさ、優弥でいいから。ほれ、言ってみ?」

「ゆ、ゆ、ゆう……や君……とにかく、いつもありがとう」いつもより高くて大きな声になってしまった。

事実、助けられている。だから、ちゃんと伝えた。この笑顔に騙されちゃダメだと自分に言い聞かせる。

「俺、ああいうの大嫌いなんだよ」不意に、湊君が真剣な顔になる。

「何も悪いことしてないのに、誰に言われたのかわかんねぇ~けど……盗ってないのに盗ったとか言われるとかさ。そんなの、証明してみろって話だろ?」

「うん。本当に、そうですね」共感しながら言うと……

「あっ、また敬語!」湊君がまた笑った。

……でも、不思議と今日は少しだけ、気分がすっきりした一日だった。


♢♢♢


冬弥君の家に、雫と二人で遊びに行ったあの日。

冬弥君が見せてくれた時計――彼のお父さんがお土産に買ってきたという、大事な品。

『この時計を盗んで、雫のせいにすれば……』

私の心に悪魔の囁きが響く。冬弥君は優しい。でも、雫が盗んだとしたら……?

そして、雫を嫌いになれば、必然的に私と過ごす時間が増えるかも?

『うん、やってみよう』私はジュースを取るふりをしながら、雫のカバンを横目で確認した。そして、ほんの一瞬だけカバンのファスナーを開ける。

「雫、そこのジュース取って?」

「あぁ、うん」

雫が背を向けたその隙に、私は素早く時計を彼女のカバンの中に忍ばせた。そして、カバンのファスナーをほんの少しだけ開けたままにする。見つかったときに雫が持っているように装う。

(これでいい……あとは、帰る前に回収する)

家を出る直前、私は再び雫のカバンに手を伸ばし、時計を抜き取った。何事もなかったかのように……


翌日、私は冬弥君の家を訪ねた。

「楓、一人?雫は?」

『また雫のこと? なんでそんなに気にするの?……』少し苛立ちながら、私は真剣な表情を作った。

「ちょっと、相談があって……二人きりで話せないかな?」

「え?」

「……ここでは話せないから、冬弥君の部屋に入れてもらえない?」

冬弥は怪訝そうにしながらも、私を部屋へ招き入れてくれた。

「ホント、どうしたの?」

私は小さく息を吸い、目を伏せた。そして、震える声を作る。

「……ごめんね、こんなこと言ったら、嫌われるかもしれないけど……」

「なに?」

私はゆっくりポケットから時計を取り出した。

「これ……昨日、雫の部屋で見つけたの。私もびっくりしちゃって……どうしてお姉ちゃんが持ってるのか分からなくて……」

冬弥の目が見開かれる。

「……これ、俺の時計だよな?」私は涙を滲ませながら頷いた。

「私、お姉ちゃんがこんなことする人だなんて思わなくて……でも、昨日、お姉ちゃんに消しゴムを借りに行って、机の引き出しを開けたら、これが、出てきて……なので、返しに来ました……ご、ごめんなさい」

冬弥君の表情が曇った。

「楓が謝ることないじゃない……見つかってよかった。ありがとう」

彼は優しく微笑みながら、私の頬に流れた涙を指で拭った。

計画は成功した。


次の日、学校が終わると、冬弥君が家の前で雫を待っていた。

「ちょっと話があるだけど」

「……どうしたの?」

「この時計……知ってるだろ?」

そう言って、とても不機嫌そうな顔をし、冬弥は手のひらの上に問題の時計を乗せた。

「……これがどうかした?」雫の表情が一瞬固まる。

「それ、お父さんのお土産でしょう?」

「楓が、お前の部屋で見つけたって言ってた」

「……は?」雫は明らかに呆れたように冬弥を見た。

「待って。私の部屋で見つけたって? 楓が言ったの?」

「そう……」

「……」雫は短くため息をつき、冬弥をじっと見つめた。

「ねぇ、冬弥君。私の部屋に入ったことある?」

「え?」

「私の机の引き出し、鍵がついてるの知ってる?」

「……」冬弥は一瞬、言葉に詰まった。

「まさか、楓は鍵を持ってたの? それとも、私がそういうことを人間だって思ってるの?」

「いや、でも楓が……」

「楓が言ってたから、私が盗んだって?」

冬弥の言葉を遮るように、雫が静かに言った。

「冬弥君、私のこと信じてくれないんだ。私は盗んでない」

「……」冬弥は何も言えなかった。

「いいよ!……もういい」雫はそれだけ言うと、踵を返して歩き去った。

冬弥はただ、彼女の背中を見送ることしかできなかった。


雫が私を無視するようになってから、思った以上に生活が不便になった。

朝、起こしてもらえないから二度寝が増える。宿題もやってもらえないから、提出が遅れる。先生に叱られる回数が増え、祖母からも小言を言われるようになった。

最初は雫を疑っていたのに、最近の冬弥は何かを考え込むような顔をしていた。

「冬弥君、最近元気ないね」

冬弥と同じクラスの女子たちが話しているのを聞いて、私は嫌な予感がした。

(……まさか、雫が何か言った?)

そして、決定的な出来事が起こる。

放課後、私は冬弥に宿題を教えてもらおうと声をかけた。

「冬弥君今日も算数、教えてほしいんだけど、ダメかな?」

「……あぁ、いいよ」彼は微妙な表情を浮かべながら、私をじっと見つめた。

「楓さ、最近ちょっと……」

「え?」

「いや……なんかさ、雫のこと、嫌ってる感じがして……」

「そ、そんなことないよ!」私は慌てて笑顔を作る。

「雫がさ、ちょっと気になること言ってたんだよね。『盗んでない』って。」

(……っ!!)

私は焦りを覚えながらも、表情は崩さない。

「冬弥君も私のこと、信じてくれないのね……」

「いや、そうじゃないけど……」私は、ゆっくりと視線を落としながら、小さく震える声で言った。

「……酷いよ、冬弥君。私、何もしてないのに……雫の嘘を信じるんだね……」

「え……?」

「うちのお母さんも、おばあちゃんも、みんな雫を信じるの……私の方が出来が悪いからって……」

私は目を伏せ、少しずつ涙を溜めていく。

「家でもいつもそう。誰も私のことを信じてくれない……」

「楓……」

「私、それでもいいの……冬弥君だけ信じてくれればって……そう思ってたのに」私は顔を上げ、泣きそうだけど必死に耐えている表情を作る。涙は頬を伝う直前で止まり、唇を噛みしめる。冬弥の手が、迷うように宙を彷徨う。

「……ごめん。俺、どっちを信じていいのかわからなくなっちゃって……」

「……ううん、いいの。うちの家の人たちが信じてくれなくても……冬弥君が信じてくれれば、それでいい」

私はわざと少し震えた声で言い、微笑もうとする――けれど、上手く笑えないフリをする。

「俺、楓を信じるよ」冬弥は、私の涙を拭ってくれた。

「ありがとう。うれしい」と私が言うと彼は私の頭も優しくなでてくれた。


『あっ、いいこと考えた』私は心の中で新しい計画を練りながら、静かに笑みを浮かべた。

雫を完膚なきまでに叩き潰す方法が、無限に思いつく。

(次は……どうしてやろうかしら?)私は、一人になると自然とニヤけてしまうのを止められなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ