95・ジャックマン子爵の告白
今日はランドン邸に、お客様が来ることになっている。少し前に連絡があった…ルーシーとジャックマン二人から!おっと、もうジャックマン子爵様とお呼びしなきゃね?それにルーシーは既に、ジャックマン令嬢となったそう。
あれからルーシーは一度も学園には通っていないんだけど、どうするのだろう?これから…それが今一番に聞きたいことだわ。それから約束の時間の少し前に、我が家にやって来たのは…キャロライン!
何故かルーシーから、キャロラインも呼んで欲しいと言われていて…だから私の部屋で待っていて貰うことに。
何を言うつもり?そう気にはなるが、キャロラインの相手はすっかり仲良くなったロッテに任せて、先にジャックマン父娘の話を聞いてみようと思っている。すると真新しい馬車に乗って現れたのは…ルーシー!?
トレードマークといえるピンク頭…それが物凄く短くなっている。腰の辺りまで伸ばしていたのに、肩先までくらいの長さしかない。それには驚いて…
「フフッ!驚いた?私、長い髪好きじゃないのよ。なのにあの人から強制されて…だから切っちゃったー!」
相変わらずのルーシー節っていうか、ざっくばらんな物言いに拍車が掛かかっている。だけど気取っているよりはいいわね!その方がずっとベリーらしい。その後ろから降りて来たのは…侍従長ジャックマン改め、ジャックマン子爵様だ。元々子爵の身分だったけど、この度侍従長の職を離れて、新たに事業を興すことにしたようだ。
皇帝陛下はきっと淋しいでしょうが、長年の労に報いて小さいながらも所領を与えられたそうだ。そこできっと昔のように、事業をすることになるのね?その領地って、帝都からは遠いのかしら…
「ジャックマン子爵様に、ジャックマン令嬢、今日はようこそおいで下さいました!」
「いやいや、アリシア様。どうぞ今までのように、ジャックマンとお呼び下さいませ」
ええっ…本当に?とは思うが、長年染み付いた丁寧な言葉遣いも急にやめられないようで…ではジャックマン様とお呼びしますね!と答えた。それから三人で客間へと移る。それからいつものようにロメオがお茶を入れてくれて…
「ルーシーお嬢様、うちのアリシアお嬢様を助けていただいて、本当にありがとうございます!」
そう言ってロメオは笑顔を向けると、ルーシーは恥ずかしそうにしながら…「はい」と小さな声で答える。それには、いつもの元気はどうした?と笑って…
「だって、こんなふうにお礼を言われたのは初めてなのよ。それもアリシアを助けて…なんて!元々、巻き込んでしまったのはこっちなのに…」
「それは言いっこなしよ!私達の間には、あなたが助けようとしてくれた事実があるだけよ」
そう言って二人に微笑みかけた。それにはジャックマンも恐縮したように…
「こちらこそ、我が娘を助けていただいてありがとうございます!妻と娘と意図せず離れ離れになり、事業もどうにもならずに途方に暮れていたところに、声を掛けていただいたのは実はランドン伯爵様なのです。皇居で侍従になってみないかと言われて…」
「ええっ!それは本当ですか?お父様が!だけどそれに意図せず…とは?」
それは全く知らなかった…だけど二人は、顔見知りではあったと思う。うちの領地のルブランに仕事で住んでいたんだものね?知っていても不思議ではない。でも今、意図せず…って言っていたけど、それは離婚のことなのかしら?
「ええ実は…話せば長くなるのですが、ルブランである時、偶然に前の婚約者に会ったのです。それに妻は何故だか浮気だと決めつけて…精神的に不安定になってしまいました。妻はずっと実家で虐げられて育ったようです。それがきっと影響していたのでしょう…もう私が何を言っても信じてくれませんでした。その時妻の兄から一年だけ離婚して、お互い離れてみてはどうかと提案されました。その間に落ち着くだろうから、その後また復縁すればよいと。それが間違いの元だったのです!」
そう言ってジャックマンはガックリと項垂れる。何ですって?それじゃあ、本当は離婚するつもりは無かったってこと?なのに何故あんなことに…
「妻の兄にしてみたら、利益も充分にあげられない子爵家に嫁がせているよりも、金回りの良い家に再度嫁がせ直そうと思ったようです。元々その女性とは円満に婚約を解消していたのですが、何故か私の前に現れて…きっと妻の兄に頼まれてそうしたのだと思います。それに気付かずにまんまと騙されてしまって…。一年たった後、迎えに行ったらもう再婚した後でした。おまけに二人には真実は伝えられずに、もうこれより先は遠くから見守るほかはないと…」
なるほど…ここにも金の亡者の被害者がいるのね。貴族の結婚は、家同士の結びつきだという風潮がある。だから望まぬ結婚もあるのだろうな…今ならまだしも、昔なら尚更だろうと思う。
「それでずっと皇居で働きながらルーシーを見守っていたのですね。それではルシードの従者のマーティンに頼んだのはジャックマン様なんですね。学園での様子を探ろうと?」
それにジャックマンは、大きく頷く。そして次の瞬間、苦い表情に変わる。
「私は妻や娘が幸せならばそれで良かったのです。それが疑いに変わったのは中等部の時の怪我です、合宿中でスティーブ殿下が原因の…。校医によると、その怪我は遅くとも半年で完治するものでした…それなのにルーシーが再び学園に戻れたのは一年も後です。それは余りにも可怪しいと…虐待されているのではないかと疑いました。そして高等部に入ってからルーシーの行動はエスカレートしました…それはアリシア様が一番ご存知ですよね。そしてそれと同時に、バーモント子爵も怪しい行動をするように…ですからマーティンさんに、見守ってくださるように頼んだのです」
そういう訳があったのね…ルーシーの怪我によって、バーモント家では冷遇されているのを知ったんだ。それはジャックマンも、気が気じゃなかったに違いない。
「良く分かりました。そしてこれからはどうされるおつもりなのです?ルーシーはまだ学生ですし、領地の方へはお一人で?」
それに首を振ったのはルーシーで…ええっ?どうするつもり!
「私も一緒に行くことに決めたの!私はアリシアと違って、勉強が苦手じゃない?だから退学して、領地でお父様を手伝うわ!それに…お母様と弟も一緒なの」
「た、退学?それに…再婚なさるの?」
それには驚いた!確かに学園は、入学の義務はあるものの卒業の義務はない。時々、どうしても勉強についていけず退学する生徒もいる。別の理由がある場合も…だけど思い切ったわね。ずっと離れ離れになっていた家族だもの。その方がいいのかも…
「はい!ルーシーの望みなので。それと妻とやり直そうと思います。それに長男の方も、私の実子として育てようと思っています。そして…幸せになろうと!」
そしてジャックマンとルーシーは、顔を見合わせてニッコリと笑った。本当に嬉しそうに…そして肝心なことを尋ねる。ずっと今日気になっていたから。
「分かったわ!ちょっと淋しいけど、私もルーシーの気持ちを尊重する。だけど…今日キャロラインと会いたいというのはどういうことなの?今私の私室で待っていて貰ってるんだけど…」
そう言うとルーシーは、途端に暗い表情になる。そしてジャックマンはそんなルーシーの肩をポンと優しく叩くと…
「謝りたいの!私、本当に申し訳ないことをしたから…あれからずっと後悔していた。もうこれで会うのは最後になるかも知れない。だから…会わせてくれない?キャロライン令嬢に」
そういうことか…学園を去るとなると、本当に最後になるかも知れないわね。だけど…キャロラインは、会ってくれるだろうか?
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