86・後悔
私は馬鹿だ…家族のように大事なロメオやロッテ、それにハリスを危険に晒す行動をしてしまった…
ロラン卿一人とはいえ、相手は騎士だ。もしも剣を抜かれたとしたら、あっという間に刺殺されてしまうだろう。それにこんなに細い道まで追いかけて来てしまった為に、馬車が方向転換するのに時間がかかることを失念していた。それなりに距離があったとしても、馬だったら直ぐに側まで来てしまう…私は何て愚か者なんだろう?
そして馬車の窓から、ドキドキしながら二人を見つめる。ロメオが先に話し掛けているけど、何と言っているんだろうか?だけど…何だか様子がおかしい。どれだけ険悪になるのかと思えば、そういう雰囲気でもないの?
二人は何かを真剣に話し合っている。だけど表情は厳しいものではなくて…。時折ロメオは驚いた表情をし、考え込んでいる…どうしたんだろうか?そして二人が同時に馬車の方へ顔を向けると、何故か驚愕の表情をしていて…
──ガチャッ!
窓の反対側の、馬車の扉が開く音がする。それで私は、ハリス?と後ろを振り向くと…あ、あなたは!
「アリシアお嬢様、あなたは本当にじゃじゃ馬ですね?色んなことに首を突っ込みすぎですよ…それがこんなことを招いてしまうなんて」
そこにはルシードの護衛騎士であるマクスウェル卿が!おまけに後ろには、何人もの傭兵らしきならず者達を連れている。
「あ、あなた…マクスウェル卿!あなたの方がスパイだったの?」
それにマクスウェルは、ニヤリと嫌な笑いを浮かべる。いつも真面目にルシードの護衛をしている人の、豹変ぶりに驚いて…ゴクリと息を呑む。
「ロランは囮です。あんな若い者に、スパイなど無理だと思いませんか?素直なだけが取り柄の奴なので、俺の言う通りに動いて…捨て駒ですから!ハハッ」
私はそれを震えながら聞いていた…完全に騙されていた!まさかこの人の策略だったなんて。ルシードも?私のように完全に騙されているのだろうか。そうじゃないことを祈るしか…
シャリン!と鋭い音が響き、私の首に剣が突き付けられる。そして馬車から降りるように促されて…。だけどその瞬間、ロッテはマクスウェルに飛びかかって…
──バシン!
そんな乾いた音が響いて、ザザッ!という音と共にロッテの身体が飛ばされる。
「キャーッ!ロッテ…」
恐怖で震えが止まらない!ロ、ロッテ…
ロッテは唸りながら身体を動かそうとしているが、頬を張られた痛みと投げ出された衝撃とで動けなくなっている。そしてロメオとロラン卿は、私の首元で光る剣のせいで一歩も動けずにいて…
──ああ、ロッテ…私のせいで!どうしよう?誰か大丈夫だと言って!
次から次へと流れ落ちる後悔の涙。それにお父様…言いつけを守らなかった、私をお赦し下さい!
それから間合いを詰めた傭兵達が、ロメオをロラン卿に襲いかかる。それに反撃する二人。ロメオは何とか私の方へと来ようとして…
──ドカッ!
突然のその後頭部に感じる衝撃…その瞬間、目から火花が散った!そして目を見開いたまま、崩れ落ちる身体が…そのまま私は気を失った。
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「ここは何処だろう?それにロメオやロッテは無事なのかしら…」
不安と恐怖が襲ってきて、壁に背中を付け膝を抱えて座り込む。一番後頭部が痛いけど、背中や足など、あちこちに痛みを感じる。あれから徐々に思い出してきたけど、何故私を攫ったのだろう?あの状況では殺されていたかも知れない…そのくらいの緊迫した場面だった。それに…マクスウェルが言った言葉が気にかかる。
あの時、ロラン卿は囮だと言った。私ははじめ、マクスウェルが疑われない為に怪しい行動をさせて…の意味での囮なんだと思った。だけど…今思うのは、私を攫う為の囮だったんじゃないかということ。ワザと私が帰る時を目がけて、ロラン卿を行かせたのじゃないかと思う。それに…私に対する発言もそれを裏付けている。
『何処でも首を突っ込むじゃじゃ馬』それを分かっているマクスウェルは、私がきっとロラン卿を追いかけるだろうと思ったのだと思う。それにまんまと引っ掛かって…
だけどそうなると、何を目的に?身代金でも取ろうというのだろうか?確かにグァーデン伯爵やバーモント子爵は、密輸に手を染めていた。違法を犯してでもお金を手に入れたかったのだろう。だけど…それならエルバリンの王妃は?目的はお金じゃない筈よ。そう!ルシードの死…
だけどいくら私が友達だと言っても、ルシードをおびき出す理由になり得るだろうか?私はそうは思わない!だったら他に目的がある筈だわよね?
そこまで考えて、この場所を見渡す。窓は一つもない…ということは地下じゃないかと思う。落ちる水音を辿ると、小さな洗面台があった。それにその横には便座もあって、そのことが涙が出るほどホッとした。
だから水分は取れるけど、食べ物までは…どうだろう?恐らく地下倉庫みたいだから、保存食とかはあるのかも…落ち着いたら探してみよう!
ああ…でも、目的が分からないからどうにもならない。もう既にお父様や皇帝陛下、そして皆んなも知っただろうな…きっともの凄く心配していると思う。そして全力で捜索してくれているのだと思うけど…本当に申し訳ない気持ちになる。そう反省していると、突如足音のようなものが響いてくる。
──トン。ト…トン!
あ、足音かしら?もしかして、誰かがここに!?それには心臓がギュッとして緊張が走る。そして…
──ギ、ギィーッ!
この部屋の扉が開き、そこから僅かな光が漏れてくる。そして人影が!誰?そう思ってその一点を見つめていると…
扉の外から現れたのは、フードを被った痩せた女性だ。明るくしない為にワザとなのか、ロウソク台を持っている。その揺らめく炎では、その人の表情はもとより年齢さえも伺い知ることは出来なくて…
そしてこの部屋には入ってこないが、扉の向こうにもう一人いる気配がする。見張りだろうか?そしてその女性が、ゆっくりと私の前まで来て…
「頭の手当てをします。それとこれを!」
落ち着き払った声でそう伝えてくる。年はかなりいっているよう…叔母様くらいかしら?そして手渡されたのは、お盆にのったパンや果物、そしてオムレツ?薄暗過ぎて何かはハッキリとは分からない。それから私は大人しく、頭の手当てをしてもらうことに。
薬瓶を開けて、脱脂綿をその液体に浸す。それを頭に当てられて…ズキン!い、痛い~
傷が思ったよりも深いのか、薬を塗った途端物凄く染みる!それでも手当てして欲しいと我慢して…そして頭を包帯でぐるぐる巻きにされる。これで何とか出血は止まるだろうとホッとしていると…
「終わったのなら出ろ!」
扉の外の男が、その女性に声をかける。そしてその女性がロウソク台を手に取り立ち上がる。その瞬間、フワリとフードが落ちてその人の顔が露わになって…
──ええっ?この人…見たことがある。誰だったろう?この綺麗な横顔は、どこで見たのだろうか…中年の女性だが、スッとした綺麗な人だ。その時、突如昔の映像がフラッシュバックする。今は面影は殆どないが、美しい笑顔で娘を抱いて…そうだ!この人は…ルーシーのお母様じゃない?
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