85・危機
「お嬢様、旦那様が心配していますので早く帰りましよう」
「そうね!今か今かと待ってるかも?」
ロメオのその言葉に、私も笑って同意する。朝からお父様は、今日の皇居行きを反対していた。その理由は…飾られているお母様の写真立てが倒れたと。これは虫の知らせって奴だ~!って騒いでらしたから、早く帰って安心させてあげないとね。
軽快に走り出した馬車は、何度見ても大きくて立派だと感じる城門をくぐって、それから石畳の橋に出た。その橋を渡り切ると、後は皇居前の街中をずっと一直線…あれっ?
先にある通用門から、馬に乗った男が走って来るのが見える。私達が通った正式な門とは違い、使用人や行商の者、荷馬車が通る細い通用門があるんだけど…そこからマントを深々と羽織った男が、馬に乗ってこちらにと駆けて来ている。そして私達が乗っている馬車とすれ違って…
「ええっ…今の男って、ロラン卿じゃないかしら?」
「うん?お嬢様、何と?ロラン…卿ですか」
目の前に座っている二人が不思議そうな顔をして私を見る。何だか嫌な予感がするわ…さっきルシードの護衛二人は、お茶会の場に居たかしら?皇居内を護衛する騎士団の者は見たけど、エルバリンの二人はその中にはいなかったと思うけど…だからその間休みを取っているにしても、こんな時間から出掛けるなんて…可怪しいんじゃないかしら?
「今の騎士がルシードの命を狙っている可能性が高いのよ。エルバリンの王妃のスパイなの!それがあの慌てようは何だか…」
「ダメですよ!これ以上遅いと、旦那様が心配なさいますから」
ロッテが即座にそう言ったけど、私だって分かっている。早く帰らなければと…だけどこのまま放って置いてもいいのかしら?
「ねえ、ちょっとだけ確かめてみない?どこへ行くのかだけでも…。それ以上の危ないことは絶対しないから、少しだけ追いかけてみましょうよ」
「お嬢様、それは~」
ロメオもそう反対するけど…必殺!お強請りポーズだ~とばかりに、さっき見たキャロラインのポーズを真似てみる。確か…両手の握りこぶしをくっつけて、鼻の下に配置。それからキュルルンの瞳で見上げるのよね?
それに二人は、あり得ないほどドン引きしている。うそ~可愛いんじゃないの?おまけに「見なかったことにします!」とか言ってる…酷くなーい?
「だけどさ、人の命がかかっているのよ。私だったら耐えられないわね…命を狙われ続けるなんて。だから手掛かりだけでも見つけてあげたいじゃない?」
それにロメオとロッテは、複雑そうな顔で黙って…
「絶対危ないことはなしですよ?バレたり危ないと判断した時は、即座に引き返しますから!いいですね?」
「分かった!約束するっ。早く、早く~」
はぁーっ、と大きな溜め息を一つ吐いたロメオは、御者席側にある小さな小窓をコツコツと叩く。それにハリスが気付いて、引き返し馬を追うことを告げて…
それからロラン卿を追いかけることになった私達。すれ違ってから暫く時間が経ったことで、遠くの先に見えるのを追うかたちになった。余り近いとバレる恐れがあるから、このくらい間がある方が安全なんだと思う。見失わない程度に馬車を進めると…
「このまま真っすぐ行くと、どこに辿り着く?」
そんな私の問いにロメオは少し考えて…
「帝都を出たら次はアダムス侯爵領です。それを過ぎたら今度はノーベルハム伯爵領、それからグァーデン伯爵領に出ますね。その先はもうエルバリン国との国境です!」
──グァーデン伯爵領ですって?それはルーシーの義父のバーモント子爵家があるところじゃない。確か…国境の町スローン!
それじゃあ、ロラン卿はそこに行こうとしている?もしかしてその先の祖国エルバリンに…
だけどさっきの格好を見た限りでは、それほどの装備はしていなかった。急だったってこと?自分がスパイだとバレか何かで、急遽出なければならなくなったのかも。だってスローンまでだったら、早くても三日、四日は掛かると思うけど。そうなると、それまでの所に拠点があるのかもね?そこがどこだか分かるといいんだけど…きっとそこに密輸の証拠があるわね!
それこそスパイばりにそんなことを考えながら後をつける。それから半刻…そして一時間ほど進む。その間に大きく整備された道だったものが、どんどん足場も悪くなりガタガタ道に…お尻が痛くなってきた!それに行き交う馬車や人なんかもいなくなり、相手は馬車じゃなく馬に乗った人だとしても、後をつけているのがバレバレかも?と思えてきて…
「もうこれ以上は止めておいたらどうでしょう?逃げた方向は分かっていますし、戻ってルシード殿下に伝えておいたらいいと思います!それが分かっただけでも追いかけた甲斐があったと思いますよ?」
「そうですよ!これ以上進んだら、ランドン邸に帰り着くのが暗くなってしまいます。危ないですし…ねっ?」
そう言われて確かに…と思う。これ以上は追いかけても、きっと行先はスローンだろうと思う。対峙するのならまだしも、後をつけるだけならこれが潮時だわね。
「分かったわ!これ以上は危ないわね。お父様も心配なさるし…」
それでこれ以上は無理だと判断した。それでハリスに伝えて、引き返そうと向きを変えていると…車窓から、道端の大きな木の下に馬を降りて立ち、こちらを見ているロランが見えて…ギョッとする!気付いてたんだぁ。
「お嬢様はここにいて下さい。私が降りて話してきますから」
その途端、ロメオはいつもの柔和な笑顔を引っ込めて、厳しい表情をする。そして小声でハリスに命令する。
「ハリス…危ないと思ったら、私を置いてそのまま馬車を走らせろ。止まらず、全速力で走るんだ!頼むぞ…」
そんな緊迫した空気に、私は心の底から後悔した…
あそこでロランを見掛けなければ…私が無理を言って、馬車の向きを変えさえしなければ…と!
怯えた様子の私とロッテに、ロメオはほんの少し表情を緩めて…
「大丈夫です…私だって元騎士です。足の腱を切って、人よりほんの少し走れないだけです…腕は一切鈍っていませんから!」
そうロメオは私達を安心させようと、独り言のように呟いた。それからトレードマークのベストの前を開き、内ポケットから二本のナイフを取り出した。そ、そんなところに…ナイフ!?
驚く私達にフッと笑って、ベストの裏地部分を見せる。すると…そこにはズラリと小刀が並べられている。どうもベストには特殊加工が施されているようで…
その驚きよりも、この秘密をロメオが明かさなければならない状況なことに緊張が走る…ど、どうなってしまうの?
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