80・秘密
ルシードの侍従であるマーティン。最初ルシードは、マーティンだけは間違いなく自分の味方であると思っていたようだった。それが暫くすると、その信頼していた筈のマーティンさえも怪しいと…何か理由があるんだよね?
それが今、私が目撃していることと関係があるのだろうか。マーティンはただ無表情で、ルーシーを見ている。その顔には特に感情なんてないように見えるけど…
それじゃあ、この前街へ行った時に噴水広場で見ていたのは
、バーモント子爵じゃなくてルーシーだったってコト?
私やルシードは、当然王妃のスパイはバーモント子爵と面識があるんじゃないかと考えた。王妃の実家であるモルド公爵家と密輸で関わりがあるのがバーモント子爵であり、スパイであったならその件を知っていても不思議じゃないから。だからそれを確かめる為に、それとなく動向を見ていたけど、それによって怪しいと位置づけられたのは二人いた。この侍従マーティンと、護衛騎士の若い方であるロラン卿。そのうちどちらかが、もしくは両方?なんて思ってたんだけど…
そして確信めいて思うのは、マーティンは違うような気がする。ルーシーを監視?しているけど、その眼差しを見ていると特別な思いがあるとも思えない。恐れ、思慕、憎しみ…そんな感情が一切見えてこないのだ。それって…どういうこと?
「どうした?アリシア…」
小声でそう声を掛けられ振り向くと、アンドリューがいつの間にかすぐ側まで来ている。ち、近いわよ?とそれに驚いたけど、口に人差し指を当て、しーっ!ポーズをする。それから窓から見えるルーシーと、廊下の先にいるマーティンを交互に指差した。それにアンドリューは、何を見ているのか理解したようだけど、首を横に傾げて何だ?といった顔をしている。そしてその後ろにもフィリップがいるのが見えて、このままではバレるのも時間の問題だわ!と、合図しながら生徒会室まで戻って、ドアをパタリと閉めた。そして一息つく。
「今の何だと思う?マーティンがルーシーをそっと盗み見ていたのよ。あれってどういう意味なんだろう?」
それにアンドリューもフィリップも、困惑したような表情になる。そして…
「知り合いにしては、街であの人に会った時に全く反応無かったですよね?ルーシーは。それなのにマーティンの方はというと、知っているようです」
フィリップが街でのことを思い出しながらそう言うけど、ホントにその通りなんだよね…マーティンだけが知っている。
「ルーシーって、そういうの誤魔化せるタイプじゃないからなぁ。本当に知らないんだと思う。じゃあさ、本人に聞いてみたらいいんじゃね?危ない人じゃないんなら、聞いても良くない?」
そのアンドリューの言葉にハッとする。そうねぇ、危なくないのなら聞いた方が早いかも知れない。それにここには私だけじゃなく、フィリップにアンドリューという心強い味方だっているし…
「そうしましょう!!」
善は急げよ!私達は、何だ?と唖然とする生徒会長の机の上に無言でアンケート用紙を置いて、直ぐにここを出て行く。後ろから「な、何だってー!」と情けない声が聞こえるけど、今はごめんなさい!無視させていただくわっ。それから廊下をズンズン進んで、まだ窓辺に立っていたマーティンの前まで行く。そして…
「マーティンさん、ごきげんよう!」
それにマーティンは、ビクッと身体を震わせる。それはそうでしょうね?もう生徒は殆どいない時間帯だし、完全に気を抜いていたのだろう。いつもは完璧なまでの冷静さを誇るマーティンでさえ、動揺を隠せないようで…
「こ、これはアリシア様…あと、フィリップ様にアンドリュー様ですね。まだ校内にお残りに?もう皆様お帰りになっているものとばかり…」
そう言っていつものようにニッコリと微笑むマーティン。だけどほんの少し口元が震えていて、何か疚しい思いがあるのは間違いない!それは一体何だろう?
「単刀直入にお聞きします。今、ルーシー・バーモント令嬢をこの窓から見ていましたよね?それにこの前街に一緒に行った時も、あなたはルーシーを見ていた…違いますか?」
「はあっ?み、見てらしたのですか!それは…」
これには明らかに動揺するマーティン。早く白状した方が楽だわよ?と思いながら見つめると…
「それは私も聞きたいなぁ」
突然のその声には、全員が驚く。振り返ると…ルシード!い、いつの間に?そして一転、その成り行きを見守る側になる。
「マーティン、君はこの帝国に来てから少し行動が可怪しくなったよね?それにはずっと疑問だったんだ。何か隠し事をしているのじゃないかと思って…違うかい?」
それにマーティンは、フッと息を吐いて観念したように目を閉じる。そして再びその目を開けると…
「はい、申し訳ありません!お気付きだったのですね。実はある人から、頼まれていたのです。私がこの学園に毎日のように来ることを知っている人から、ルーシー・バーモント嬢を見守ってやって欲しいと。見守る…といっても、何か危ない目に合うとか様子が可怪しいとかなければ、報告することはありません。ただ、見ていて欲しいと頼まれて…」
──見守って欲しい…ですって?監視じゃなくて、見守り?その違いは何を意味するのだろう。その頼んだ人も気になるけど…
「その方は何者なのですか?あなたとはどういった…」
思わずそう聞いてしまっていた。分からないことだらけだからだ!
「名前は…ご容赦下さい。決して悪い方ではございません!それは私が保証致します。昔、国でお世話になった方なのです…恩人ともいえる方なので、詳しいことは何も聞いておりません。だけど、恐らくは親族なのではないかと…」
「ええっ!親族?それでは…ルーシーの実のお父様ってこと?」
それにマーティンは、無言で頷いた。これもまた、確証はないけど確信のあることなのだと理解する。昔、ルーシーを捨てるようにして去ってしまったことを後悔して?それにそのお父様は今、エルバリンにいるのかしら?
「そういうことなら、続けたらいい。教えて差し上げておくれ…これからも」
ルシードはそう言って、一定の理解を示している。それと同時にホッとしているだろう。一度は信用していたマーティンが、自分への反逆を企てる人ではないことが分かって…
でも、これはある程度分かっていたのでは?と感じさせる。もしもマーティンが王妃が差し向けたスパイで、毒を盛っていたとしたら、今の時点でルシードはいないだろうと思う。これだけ近くにいて、食べる物にも容易に近付ける者だったとしたら、とっくに死んでいるんじゃ…と。おまけに私達をサロンでのランチに誘った時点で、その疑いはなかったのだろう。その理由が分からなかっただけで…
だけどそうなると、このルシードという王子。なかなか侮れない人だわ!優しげな顔の裏には、冷静さと人を観察する目を持っているのじゃないかしら?それときっと冷酷さも…
そして今、ハッキリとする。王妃の手先はロラン卿だということ。今後、あの人の動向に気を配るべきなんだわ!それから…
ルーシーの父親が、実は娘を想っていたことが意外なところから分かった。今のままではルーシーに明日はない…何とか連絡を取れないかしら?願わくば、救ってあげて欲しい!
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