78・好奇心
「やだぁ~、キャロラインのドレスってアリシアのじゃない?」
朝学園にやって来るなり、そんなブリジットの声が響き渡る。バレたか…流石オシャレには敏感なブリジットね!私は人のドレスなんて、一着も憶えてないけどね…
「そうなの!借りちゃったぁ。昨日ね、アリシアの家でお泊りしたの。物凄く楽しかったわ!夜中までおしゃべりしちゃたのよ?それに今朝食べたパンケーキが絶品でねぇ」
「ええーっ!ズルい~。私も泊まりたいし、パンケーキも食べたいー!」
キャロラインは私が貸したドレスで、クルッと回って見せている。いつものキャロラインのドレスは、薄ピンクやベビーブルーの比較的柔らかな色合いのものを好んで着ている。私の場合は、曖昧な色万歳!などと前に言っておきながら、普段のドレスは顔の地味さをカバーしようと、赤とかオレンジとか緑のハッキリした色のドレスが多い。だから合わない筈だけど…キャロラインめっちゃ似合ってる!美人ってどんな色でも似合うのね~今度はキャロラインの借りてみようかしら。新しい私、発見!ってならない?
そんな賑やかな私達。だけどチラッと見ると、クリスティーヌは何処か上の空でぼうっとしている。やっぱり悩んでいるようね?きっと決めかねているのだろう。それで…
「今日のお昼だけどね、ルシードがサロンで一緒に食べようと言うのよ。なんでも皇居のシェフが作った特製ランチなんだってよ?」
「えっ、皇居のお抱えシェフが!?凄いじゃない!楽しみ~」
ブリジットはそう大喜びだが、それには訳がある。そう!クリスティーヌの気持ちを聞き出す為よ。誰にも邪魔されずに話すことが出来るからって、ルシードからそう提案されたの。きっとルシードも気になっているんだろうな。
「ねぇねぇ、クリスティーヌ…聞いてる?」
相変わらず目立った反応のないクリスティーヌに、そう声を掛ける。するとビクッと身体を震わせたクリスティーヌは、我に返ったようで…
「うん?ああ…ゴメンね!今度パジャマパーティーするって話よね?」
「全然違うわよ~パジャマパーティーはするけどさ。お昼はサロンで特製ランチを食べるって話よ!」
──うん…ブリジットさん?いつの間にパジャマパーティーは決まったの?まあ、楽しそうだからいいけどねぇ。だけど、クリスティーヌは大丈夫なのかしら?全然いつもの覇気がないわね…
相当悩んでいるんじゃないかと心配になるけど、取り敢えずは授業を!と心を切り替えて、午前中の授業に集中した。そして…お待ちかねランチタイム!
「やあ、よく来たね?私は毎日来てくれても構わないんだが」
そんなルシードの言葉にギョッとしたが、ハハハ…と笑って誤魔化しておく。毎日はヤダなぁ…気を使うし!だけど、こうやって秘密の話がある時や緊急の避難先としてなら、物凄く有り難い所かもね。そう思いながらサロンに足を踏み入れると、豪華なランチが用意されていて…た、食べ切れる?
「うわ、凄い!ルシードってば、こんなの毎日食べてるの?」
分厚いハムと新鮮トマト、それにとろ~りチーズのパニーニに、カリッと焼いたベーコンと目玉焼きのサンドがとっても美味しそう!それにジャガイモとオニオンのクリームスープに、ローストビーフのサラダ、こんがりきつね色のハッシュポテトなど、食べやすさに拘ったメニューながらも、材料は最高級のものを使ってあるよう。それに一気にテンションが上がるっ。
まずは腹ごしらえ!と美味しくいただいて、それからデザートタイムに。オレンジのソルベに、まるで宝石のような色合いのフルーツが添えられている。そして香り高い紅茶を共にいただいて…
「あのね、今日はクリスティーヌに聞きたいことがあるの。だけど最初に言っておくわ!言いたくなかったら言わなくてもいいから。その場合はもうこれ以上は聞かないでおく…だからそれは自分で判断してちょうだいね」
この前の失敗を教訓に、そう決めている。だから無理やり聞き出そうとは思ってない…もしも助けが必要な時には頼って欲しいから、敢えて聞いてみようと思う。それにクリスティーヌと、何も知らないブリジットはポカンとして…
「な、何それ…私も知らないことなの?」
ブリジットは何事なんだろうと、私達とクリスティーヌの顔を交互に見つめて困惑しきりだ。クリスティーヌも同じく困惑しているが、私が真剣にそう言っているのが分かって、小刻みに頭を前に動かして頷いている。それで…
「クリスティーヌがウィリアム殿下の妃として、求められていることを聞いたの。そしてそれをどうするか、決めかねていることも…。もちろん私達はそれについて意見出来る立場じゃないのは分かっているけど、心配なのよ…あなたの親友として!」
そして私達は、クリスティーヌを見つめる。それにクリスティーヌは、どうして知っているのかを尋ねもせずに、ちょっと困った顔をしてクスッと笑う。
「なーんだ、知ってたんだ?実は私も、朝から何て言おうかと悩んでたんだよね…だから手間が省けたわ」
そう言って笑うクリスティーヌの顔を見て、ちょっとだけ拍子抜けする。思ったよりも、悩んで…ないの?そしてクリスティーヌの本心を聞きたいと、更に耳を傾けて…
「卒業パーティーの時、実はウィリアム殿下からパートナーの申し込みがあったの。その時はビックリしちゃって、学部の違いを理由にお断りしたのよ?思ってもみなかったし…だけど先日、皇后様とのお茶会で正式に打診があって…。ウィリアム殿下が皇太子になった暁には、私に妃になって欲しいと…」
もちろんキャロラインから聞いて分かっていたことだけど、改めてクリスティーヌの口から聞くと、ことの重大さが胸に伸し掛かかってくる。それに既に、パートナーに誘われていたですって?そう言えばクリスティーヌは、三人から誘われていると言っていた。そうなると、三人目がウィリアム殿下だったんだ!じゃあ殿下本人が、そう望んでいるってコト?
「だけどそれでいいの?クリスティーヌが皇太子妃になりたいと言うなら、反対はしないわよ?だけど…私が言うのもなんだけど、自分の好きなことが出来なくなるというか、自分であって自分じゃない存在になるわ!そうなるともう、ロウブルグ家に戻れなくなるのよ?」
キャロラインはそう強く訴える。かつて自分が歩んで来た道だから…
多くを語らずとも、その言葉に全てが集約されている。『自分だけど自分じゃなくなる…』大袈裟に聞こえるけど、間違いなくそういうことだもの。そのくらいの気持ちがないと、未来の皇后になんてなれないわ!
それに一番は、ロウブルグ家の存続にも関わる。私と同じで、将来婿を取って家を継ぐ予定だったクリスティーヌ。そうなるとどうなるのかな…クリスティーヌが皇子皇女を生んだとしたら、その中の一人が継ぐ?
「なんだかさ、要約するとウィリアム殿下次第ってことだろう?なら、全員で会ってみればいいんじゃない。君達のお眼鏡にかなう人だったら問題ないと思うけど…違う?今度私がお茶会に誘うよ…そしてウィリアム殿下にも同席して貰うから!」
それには、ここにいる全員がバッとルシードを見つめる。そんなに簡単に…決めていいわけ?確かにルシードは、同じ皇居に住んでいるから会ってはいるんだろうけど…それほど交流があるのかしら?
よく考えたら、この中でウィリアム殿下と会ったことがないのは、私とブリジットだけ。キャロラインは従姉弟だからもちろんあるだろうし、クリスティーヌもパートナーの申し込みの時に。どういう人なんだろう?出来るなら、お会いしてみたい気もする。あの皇帝陛下と皇后様のお子様だから、きっと見目も麗しい方なんだろうな…
だけど私はこの時、まだ分かっていなかった…
この好奇心が帝国全体を巻き込む、あの重大な事件を引き起こすキッカケになるなんて!おまけに私の命をも脅かすことになろうとは…
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