7・アリシアvs皇太子殿下
まさか見も知らぬ令嬢が、そんな不遜な言い方をすると思ってもみなかったのだろう。皇太子殿下は唖然として私を見つめている。
「な、何を?」
そう一言言うのがやっとのよう。そしてそのやり取りを近くで見ていた取り巻きの令息達は、チラチラと殿下と私とを見比べて、口を挟むべきかと迷っている。その人達の中で口を開いたのは、意外な人物で…
「こちらの令嬢は、ランドン伯爵家のアリシア様です。何か誤解をなさっているのではないでしょうか?」
その人物はそう言って、しきりに目を泳がせている。そしてその言葉には、この場にいる全員がギョッとた顔で私を見つめて…
──誤解…ですって?それはないわ!おまけにそんなに目を泳がせているなんて、心にやましい事でもあるのではないの?
そう思った私は、その人物をフフンと鼻で笑う。
そして目の前の挙動不審の人物は…私の婚約者ロブ・ガーイン!
この一団の中にロブを確認した時、私は全てのことに納得がいく。やはりロブは、私に会いに来れなかったのではなくて、会いに来なかったのだと。それはそうでしょうね…この人はヒロインに御執心なのだから!私のことなど頭の隅にも無かったのよね…
もしもあの時、病気を治す薬が見つかっていなかったとしたら、私はロブを想いながら孤独に死んでいた。それが今、嫌と言うほどに分かった。それを証拠にロブは、皆の前で私を婚約者だとは紹介してない。きっとそこのピンク頭にバレるのが嫌なのよね?そう理解する。
「ですから、何を根拠にキャロライン様が嫌がらせをしたのだと思われたのですか?それをお聞きしていますの。誤解も何もないことではありませんの?」
その言葉は皇太子殿下に向けたものだが、顔はロブだけをしっかりと見ていた。それにおかしなことなど一切言っていない自信がある。そして明らかに動揺する殿下が…
「そうか?それは失礼したようだ。すまなかったねキャロライン。そして…ランドン令嬢?」
納得してなどいないのが、ありありと分かるその言葉。それでも謝っていただいたからと、殿下に向けて頭を下げる。
「いいえ。お分かりいただけたようで大変嬉しいです。キャロライン様は私にとって、いわば恩人のようなお方です。そのような方にあらぬ疑いなど、以ての外ですからね」
それから私は膝の痛みなどスッカリと忘れてすくっと立ち上がり、そしてキャロラインの手を取る。
「では、ご一緒いたしましょう!」
そう精一杯微笑んで、それから呆然とした面々に深々と頭を下げる。そして同じく呆然としているキャロラインの手を引きその場を去って行く。振り向きもせずに進んで、やがてその一団が見えなくなって…
「すみません!私のせいで嫌な思いをされましたよね?本当に申し訳ございませんでした!」
そうキャロラインに謝る。そんな私にキャロラインはハッと気付き、フルフルと首を横に振る。
「いいえ…こちらこそ!私、本当に驚きましたわ。皇太子殿下に対してあれほどの物言いをなさる方を初めて見ました。なんてお強い!」
そう言ってキャロラインは、私を不思議そうに見ている。お強い…そうよ!こんな理不尽許しておけないもの。皇太子かなんか知らないけど、だからって何を言っても良い訳じゃないと思う。ホントあの人馬鹿じゃない?
そう思って、ハッと気付いた。私って、前世の時の性格と融合してません?きっと前世を思い出したばかりで動揺しているのよね…それにまさかこの世界が、あのピンク頭をヒロインとする乙女ゲームの中だなんてぇ…詰んだ!
確かあのゲーム、途中でつまらなくなって止めたのよ。だって、大して悪いこともしていない悪役令嬢が毎回断罪されて、それに対してかなり悪どいことをしているヒロインが必ず幸せになってしまう…。だから何周目かした後、アホらしくてヤメた。それでも憶えていたのは、その作画の良さ!物凄く美麗な世界観で、スチル画面だけを繰り返し見ていた。だからさっき頭の中に流れ込んできた映像が、この世界なんだと分かったんたけどさ…
──だけどこれは大問題よ!よりによって、転生先がこのゲームだと?めっちゃ不満ー!
おまけに私は、名もなき人物だよね?アリシア・ランドンなんて聞いたこともないわ。それになんだか地味な茶髪で、瞳も緑だか茶色だか分からない榛色…暗過ぎるっ。おまけにヒロインの攻略対象が婚約者なんだよ?やってらんないつーの!
──カラーン、カララ~ン。
そう心の中で毒づいたところで、始業を告げる鐘の音が。
「うわ!ダルっ~」
思わずそう呟いて、だけどこの世界の私は行かなきゃね…ここは切り替えて令嬢モードで行くぞ!
「キャロライン様、急いで入学式に参りましょう。遅れてしまいますわ!さあ、ご一緒に」
心の中とは裏腹に、令嬢モード全開でキャロラインを誘う。そして一緒に講堂へと駆けて行った。
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「今年入学される生徒の皆さん。この帝都学園は、皇帝陛下より賜った学びの場であります。ですから皆さんは、陛下の期待に応えるべく勉学に励み、将来は帝国に貢献できるような人材になるように努力するように!」
学園長のありがたい言葉を、胸に刻み込むべきなのは分かる。分かるけど…まだ完全に自分の置かれている状況に理解が追いついていない私は、どこか違う世界のことを見ている気がしていた。そしてここには百名ほどの入学生がいる。なかなかの大人数よね?そして三つのクラスに分かれて学ぶのだと聞く。キャロラインと同じクラスだといいな?そんなことを思ってぼうっとしていた私は、次の瞬間凍り付くことに…
「それでは入学生代表挨拶。首席入学のアリシア・ランドン。前に!」
──何だと?首席で入学?私が…
帝国に暮らす貴族のほぼ全てが学ぶことになるこの帝都学園。事前にクラス分けの為の試験がある。それを受けたのが、ここ帝都に来た直ぐの一ヶ月前。準備が出遅れている私は、絶対勉強が出来ないだろうと思っていた。だから猛勉強はしてきたよ?恥かいちゃうし。それなのに首席ですって!どんだけ同い年の連中勉強出来ないのよ。それか私が天才…なのかしらねぇ?
そして名前を呼ばれた手前、前に出ない訳にはいかない。だけどね、普通は事前に言っとくべきだと思わない?小心者だったら倒れる人だっているかも知れないよっ。だけど私は…ちょっと違う女!
「今ご紹介に預かりました、アリシア・ランドンと申します。わたくしは、最近まで死の病に伏せっておりました…それを何と!皇帝陛下の温情で、命を救っていただきましたの。皆様、この帝国の皇帝陛下は、いち家臣の娘を救おうとなさるほど、大変情に厚い素晴らしい方でございます。わたくし達は、そんな皇帝陛下のお力になるべく、勉学に…そして友情という強い絆でもって、この先帝国を盛り立てていこうではありませんか!それを誓いまして、代表の挨拶とさせていただきます」
それを皆は、ワーッと拍手喝采で応える。先生方…感動で目頭押さえてない?
──チョロい!皆様チョロくてよ?
そしてこの挨拶はきっと皇帝陛下のお耳にも伝わるはずだわ。それならここまで来た目的の一つが達成~
だけど待って!あの例の一団だけ、こちらを見ながらポカンとしているわ。フフフ…せいぜい驚くがいい!
こうして先が思いやられる私の学園生活は始まったのだ。
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