41・覚悟の皇居行き
朝から気が重かった…だって今日は、皇居へ訪れることになっているからだ。それはこれまでのように皇帝陛下に報告に行くだけなら、こんなに気が重くなったりはしない。もう随分慣れたし、皇帝陛下は私にでさえも非常に気を遣ってくださるからだ。だけど今日は…荒れるわよね?
どう考えてもそうだとしか思えない。殿下の廃嫡が議会で正式に決定されたようだし、皇帝陛下も既に納得されているだろう。だけどそれは、あくまで皇帝陛下としてだ…親としては、まだ苦しんでおられると思う。そんな陛下に掛ける言葉が見つからないもの…
──トン、トン!
そう暗くなっていると私の部屋にノックが響く。ロッテだったら勝手に開けて入って来るだろうし、違う人なんだと分かって「はい、どうぞ!」と返事をする。そうして部屋に入って来たのは、執事のロメオで…
「今日の皇居行き、私がお供させていただきます!今回は長時間になると予想されますし、旦那様も私に付いて行くようにと命令なさいましたので…」
命令…その言葉で事の重大さが窺える。スティーブ殿下の廃嫡を知ったお父様が、もしも私に何かあったら…と、元騎士のロメオに付いて行くようにと言ったのだろう。その方が安全だから…
「旦那様も今日は皇居にいらっしゃいますからご安心なさって下さい!そしてわたくしめは命に代えましても、お嬢様の御命を…御守り致しますことを誓います!」
──おいおい!いつもはそんな仰々しい言葉遣いなんてしないでしょう?頼むから普段通りでいて~やれやれ…
「アハハ…大丈夫だから!そんなに心配しなくてもいいから…ねっ?今日は長時間になるかも知れないし、疲れるだろうから普段通りで!ロメオ、頼むわね」
それにホッとした表情になるロメオ。一体それ、いつまで続けるつもりだったの?
そうは言うけれど、正直私だって緊張している。何だかいつもとは違い、屋敷全体がピリピリとした空気が張り詰めて…
「今日皇居には、前ルーベルト侯爵様もおいでだと聞いています。これはますます安心ですね?」
──ええっ…お祖父様も!?お父様もお祖父様も、どれだけ私のこと心配なのよ?
だけどそんなことをされると、かえって心配が募るけど…
取り敢えず約束の時間に遅れてはならないと、用意を急いだ。そして…
「お嬢様…危ない時はグーパンチで!待てよ…目潰しかな?それからロメオさんの後ろに隠れましょ」
そう何故か武闘派な発言をするロッテを尻目に、ロメオと一緒に皇居へと出掛ける。
そして馬車に乗り込もうとすると、学園の登校でもお世話になっている御者のハリスが、握りこぶしを見せながら「お嬢様頑張って!」と激励してくれる。
この屋敷の人達…今日の皇居行きを何だと思ってるのかしら?一体、どんな噂が拡がってるんだろう…と嫌な予感がしたが、親友達にも私に似て変わっていると言われる使用人達のこと、きっと平常運転なんだわ!と思い直す。
それから馬車に乗って皇居がだんだんと近付くにつれて、思ってるよりも心配はないかも?と思えて来た。皇帝陛下がいらっしゃるし、もう既に廃嫡が決まっている殿下のこと…今更私が何を言おうが変わることでもないし。だから今日招かれた理由はそんなんじゃないと、流石に殿下も分かるだろう…と。
そしていつものように石畳の橋を渡り、閉ざされていた重厚な門が開け放たれる。すると目の前に圧倒的な大きさの皇居が見えて来る。そして正面にスーッと馬車は止まって…
私が降りるのが早いか、こちらに来るのが早いかのタイミングで、侍従長ジャックマンが現れる。いつもはこちらから皇居内に入るまでは、じっと待機しているのに。それを不思議に思って…
「申し訳ございません!この前の皇居でのこと、私の責任でございます。アリシア様には本当に申し訳ないことを…。そして今日も本当に来ていただけるのか、半信半疑で…」
そう言って頭を床に突けるかの勢いで、頭を下げながら謝るジャックマン。私はそれにふるふると頭を振りながら…
「いいえ。ジャックマンは私を守ろうとしてくれました。あなたが居なければ、私はもっと酷い目に遭っていたかも知れません。それにあの時、大きな声を出してくれたから…お祖父様もお気付きになったと言ってたわ!」
あれからずっと罪の意識があったのだろう。だからまず謝ろうと待ち構えていたのね?ジャックマンの勇気ある行動があってこそ、私は助かったというのに…
そして私は、ジャックマンの手を取りぎゅっと握る。そして…
「こちらこそお礼を言います!あの時、救おうとしてくれてありがとうございます。そのおかげでこうやって元気にいられるのよ?」
そう言ってニッコリと微笑んだ。そんな私にジャックマンは目に涙を一杯溜めて「そう言っていただけて…」と感無量な様子だ。そしてそれでも悪いと思っているのか、時々後ろを振り返りながらいつもの皇帝陛下の執務室へと案内するジャックマン。もういいのに…と思いながら、それに付いて行く。そして…
「本当によく来てくれたね?アリシア。さあ、ここに座ってくれないか」
扉を開けた途端、まず私の目に飛び込んで来たのは皇帝陛下の胸辺り!ジャックマンと同じく、扉の前で待ち構えていたようだ。それに思わずフッと笑ってしまい、そのおかげで雰囲気な和んだ。それからいつものソファに身を沈める。
「本日もお招きいただきまして、ありがとうございます。ランドン伯爵家アリシアでございます!」
まずは!とセオリー通りの挨拶を済ませる。それには皇帝陛下は、少し困った表情をした。
「大丈夫か?今日は迷惑ではなかっただろうか?私に呼ばれて、嫌だけど頑張って来たんでは…」
「フフッ…いいえ、大丈夫です。お招きいただけて嬉しかったです!」
固い言い方をすると余計気を遣われるかも?と、ワザと少し砕けた言葉で答える。そして嬉しかった…だが、この気持ちは嘘ではない。殿下とは色々あったが、もう今となっては済んだこと…廃嫡となったのならば、もうキャロラインとの婚約は必然的に解消となる。だからこれ以上のミッションはないということ。そうなると今回のことで親として傷付いている皇帝陛下に、更に追い打ちをかけるのは忍びないと思った…
「そう言って貰えて本当に嬉しいよ。まずはスティーブがアリシアに対してやってしまった非情な行いに、親として謝る…済まなかった!それに再度学園で騒動を起こしたことも…本当に申し訳ない!」
そう言って皇帝陛下は私に頭を下げられた。親としての責任はあるだろうが、それはあくまでスティーブ殿下が起こしたこと…これをこうやって真摯に謝罪していただいて、有り難いと思う。
「はい。もう既にスティーブ殿下からも謝罪を受けています。それにもう…制裁は受けているかと」
それに陛下は、暫く黙り込む。そして…
「聞いているのだな?アリシア。そうだ…スティーブを皇太子の地位から降ろした。それは…あれの希望でもあるのだ」
そう言って私を見つめる皇帝陛下。あれの希望ですって?それはつまり…スティーブ殿下から、廃嫡を望んだってことなの?その思ってもみなかった真実に信じられない!といった面持ちになって見つめる。
「アリシアのその反応は尤もだ。誰が考えたってそうなんだと思う。だが、本当なのだ…スティーブから私に廃嫡を願い出た。私はその器ではない…と言っていたよ。それでなんだが…」
その事実だけでもビックリだが、この後皇帝陛下はとんでもないことを言い出した!それに私は非常に驚き、目を見開いて…
「それでだが…もし、アリシアが嫌でなければ、あれと少し話してやってくれまいか?スティーブ自身もそれを望んでいるのだが…」
「ええっ!嘘ですよね?」
驚き過ぎた私は、ここが皇居だということも相手が皇帝陛下だということも忘れて、そう言ってしまっていた。
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