38・私の秘密
「せ、生徒会長様だわ!だけど…妹?お兄様?」
令嬢の誰かが、思わずそう言って困惑している…
ここにルーベルト侯爵家嫡男であり、この帝都学園の生徒会長であるディラン・ルーベルトが現れた。この一年の教室に最上級生が現れたことだけでも驚きなのに、おまけにこの学園の長である生徒会長だ。この学園始まって以来の絶対的な人気と実力…そして完璧なまでの美麗な姿。そう呼び声も高いルーベルト令息。そんな人が私を、妹と呼んでいる。
それでは頭の中がハテナ?よね。それはあの人も例外ではないようで…
「せ、生徒会長…ルーベルト令息?あの方の孫。そして…ランドン令嬢が妹?」
殿下は先程までの怒りは何処へやら、そう戸惑いまくっている。それにディラン・ルーベルトといえば、自分が唯一恐れ敬っている前ルーベルト侯爵の孫だ…そしてそんな人が私を妹だと言っている。そんなの混乱するなというのが無理だわね?そしてやっぱり知らないんだ…と確信する。
もちろん皇帝陛下や、そして侍従長のジャックマンは知っている。それに少し調べれば誰でも分かること…私の母がルーベルト侯爵家出身だということを。別に秘密じゃないし、隠そうともしていない。それなのに、皇太子殿下が知らない方がおかしいんじゃない?おまけにお祖父様には幼少期から学んでいたくせに…
聞くところによるとそれは殿下だけでなく、若き日の皇帝陛下も例外ではない。対外的には知識量が物を言うこの世界。そんな中皇帝陛下は、更なる知識と叡智を得るため、お祖父様に教えを請われたそう。
きっとその縁で殿下の教育係にもなられたのだろう。だけどどれだけ天才なの?お祖父様って。若い時には各国に留学して、見聞を広めたそうで…だけどそのプライドが、去って行くお母様を赦すことが出来なかった一因でもあるだろう。
「私の母は、ルーベルト侯爵家出身ですから。そして正確には従兄ですが、私は大好きなディラン様のことをお兄様とお呼びすることをお許しいただいてますのよ?」
それにはクラスメイト達だけでなく、じっと成り行きを見守っていた私の親友達も驚く。あらら…皆んな口、ポカンと開いたままですわよ?閉じて、閉じて!
「そうです。アリシアは私の大事な従妹であり妹です。ここにいる皆もそれは努々お忘れなきように!ですがこの騒動は…どうなさったのです?それに見たところ、妹が責められていたようにお見受けしましたが…お答えによっては看過できません!」
これは…血筋ね?こんな時だがまたまた感動していた。お兄様ってば、お祖父様にそっくり!おまけに何だろうこの迫力は…こんなの最強でしょう?はあぁ~カッコいい!
そう感動に浸っていると、私の腕の中に収まっているキャロラインも「ええっ…ディラン様と?」と驚いている。流石のキャロラインでさえ知らなかったようね?
もしも学園内でバッタリ…とかあったなら、間違いなく皆んなに紹介していたと思うけど。だけど不思議なくらい会わなかった。お兄様ってば普段はどこに?と思ってしまったくらい。たまに遠くに見かけても、山積みの書類を持っていたり、猛スピードで廊下を駆け抜けていたり…そんな状態では声すら掛けられなかった。そんなお兄様を見ながら私は、絶対に生徒会には入らない!って決心したもの…あんなに忙しいのは嫌だわ!
あっ…また意識が脱線しちゃったけど、それに殿下は何と答える?有耶無耶にしちゃうんだろうか…
「待って下さい!ルーベルト令息。違うんです…誤解というか?ご令嬢達のいざこざに巻き込まれた…という感じなんです。ですから私は関係ないと…」
今まで見たこともないような情けない顔で、苦し紛れにそんなことを言う殿下。それには開いた口がふさがらない!何を言ってるの?と。
──巻き込まれた…だと?あなたが勝手に、自ら巻き込まれに来たと思うけど?おまけに関係ない…なんて正気かしら。関係アリアリだったから、あんなに怒ってたんでしょうに!まったく…
「関係ない?関係もないのに、妹を批判するのですか?このように怯え震えているご令嬢二人に向かって、声を荒げていたように見えたが?ハァ…祖父の言っていた通りですね…何とも情けない!祖父は可愛い孫娘をあのような目に遭わされ、もう二度とお目にかかるまいと申しておりました」
そのお兄様の言葉に殿下はバッと頭を上げ、顔はみるみるうちに蒼白になってゆく。そしてガクガクと足元さえも覚束なくなって…
「それは…それだけは勘弁して欲しい!お願いです…ルーベルト令息。どうか前侯爵様にとりなしていただけませんか?あの方にまで見捨てられたら…私はどうしたらいいのでしょう?私の師匠であり、親とも言える方なのに…。それに知らなかったのです!ランドン令嬢が孫だったなんて…」
そう言って再び項垂れる殿下。それにしても…師匠であり親?それ程の強い繋がりだったのだと驚く。お父上が側にいない殿下にとって、まさしくその代わりだったのだろう。そう考えると少しだけ可哀想な気もする…。おまけに驚くのは、学園の生徒であるお兄様に対しても、非常に気を遣い礼節を保っている。一人の令息に対するそれとはまた違う、やっぱりお祖父様と同じく尊敬…なんだろうな。
「それなら謝って下さい!皇居でのことと、今回のこと。そうしていただけるなら、祖父に謝罪していただいたこと…伝えましょう。どうなさいます?殿下…」
この場の緊張がピークになる。皇族であるスティーブ殿下が、いち令嬢に対して謝る?そんな馬鹿な…と。それは普通では考えられないことだからだ。だけど今回はともかく、前回の皇居でのことは間違いなく否は殿下にある。これまで結局、一言も謝られてはいない。きっとお祖父様もお兄様も、それに相当お怒りなんだわ!そしてお祖父様は…このままになるとしたら、一切の付き合いを断つおつもりなんだろう。だけど殿下はそれを、受け入れられるのだろうか?
「……すまない。皇居でのこと、私の不徳の致すところだった。ランドン令嬢を苦しめ、そして療養を余儀なくさせてしまったこと、申し訳ない!そして今日も…」
私はそれを信じられない!という思いで見ていた。私に対して殿下が、謝ったの?と。それは皆も同じだったようで、この場はシーンと静まり返る。
「どうする?アリシア。謝罪を受け入れるか?」
その声にビクッとして、お兄様を見上げる。すると…凄く優しい表情をしていた。それに安心して、大きく頷く。
「わたくしはスティーブ殿下の謝罪を受け入れますわ。謝っていただいて、ありがとうございます!」
そう答えて隣に立つお兄様と顔を見合わせて微笑み合う。そして…
「それで結構です。祖父には私から、とりなしておきましょう。そして殿下…祖父はあなたを憎くてそう言っているのではありません。立派な皇太子になって欲しい…その想いのみです。でなければ幼い頃からお教えした殿下に、そのように厳しく言えますか?それを分かっていただきたい!」
お兄様の言葉はそれまでの強固なものではなく、優しく慈愛に満ちたものだった。それに殿下は泣いている。だけどそんな殿下の姿を見て笑う者などいなかった…
その姿はまるで幼い子供のように小さく見えた。それは祖父と初めて出逢った頃のように…
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